2018年11月30日金曜日

ファンタスティックビースト

『ファンタスティックビースト』は『ハリー・ポッター』原作者が脚本を書いた。略称はファンタビ。『ハリー・ポッター』と同じ世界の物語である。『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』が第一作。
ファンタビは動物愛護の要素がある。動物虐待で金儲けするペット引き取り屋などの対極である。一番恐ろしい生物は人間とのセリフは真実を突いている。
巻き込まれた男性がヒロインの役回りとは日本のライトノベルに追従している。金曜ロードショーで11月30日にノーカットで放送した。
ハリポタの方が面白い点はスネイプ先生やマルフォイのような敵キャラが存在するところだろう。
イギリスは魔法省であったが、アメリカは魔法議会である。人民の国にふさわしい。魔法議会に黒人がいる点は政治的正しさの配慮だろうか。

つづきをヨロシク

『ドラえもん』てんとう虫コミックス41巻にはミニドラが登場する。ミニドラは可愛い。玩具のドラえもんの人形と同じようなサイズである。人形のドラえもんを可愛いと思っている人にはミニドラが可愛く感じるだろう。
「つづきをヨロシク」。本人に代わって作業を続けてくれる秘密道具である。のび太が調子にのって秘密道具を活用し、思わぬしっぺ返しを受けるパターンである。しかし、落ちは、のび太が道具を使った上手い解決法を導き出す。
11月30日にアニメが放送された。21世紀になってアニメを見ると、RPAの野良ロボット問題と重なる。ドラえもんの先見性を再確認した。

中野相続裁判

着物や預貯金、現金、株式について反訴した。現金は原告が持っているため、不当利得の返還を求めた。林田の同意を得ず、預金を引き出したり、株式を売却したりした。
これを読んでから主張しなさい。色々な問題が原告にある。権利濫用を裏付ける証拠を出した。陳述書を裏付ける証拠を出した。母を大切にしていなかったと説明した。遺体まで大切にしなかった。当事者尋問する意思で出した。権利濫用との裏付けを主張したい。
相続財産は全て相続人に明らかにしなければ不味いのではないかとの意見が出た。
普通の人ならば原告夫婦の対応に対して相続させたいと思うだろうかと陳述書は結んだ。

2018年11月28日水曜日

バサラ5巻

田村由美『バサラ』5巻は青の王との対決である。高度な文明が20世紀末に滅びてしまい、王の一族によって支配されるようになっていた未来の日本を描く。
青の王のレースに無理矢理参加させられる。青の王は外道な支配者である。世界をどうこうしようというビジョンはなく、自らの享楽と保身しかない。無能公務員が社会悪になった現代日本に重なる。
青の王は愚かな支配者であるが、無能公務員と同じような狡さを持っている。民に真実を隠すことで権力を維持しようとする。真実が明らかになることで民が放棄し、支配が崩れさる。この展開は心地よい。ここに政治の真実がある。情報公開は改革の一丁目一番地である。
大津波が襲い、東京は海の底に沈んでしまった。高層ビルの廃墟が海から顔を出している。ビルの歴史は浅く、老朽化するとどうなるかは分かっていない。想像していたよりも脆いのではないか。既に日本では外壁の落下が問題になっている。何百年も耐えられないのではないか。ビルが地域のお荷物になる時代がすぐに来そうである。

2018年11月26日月曜日

パートナー

『パートナー』は双子の姉妹と双子の兄弟を主要キャラクターとする少女漫画である。最初は恋愛漫画らしい展開である。双子の姉妹は同じ男子を好きになる。しかし、姉は妹のために自分の気持ちを押し殺す。
ところが、SFサスペンス的な展開になる。かなりダークな内容である。このような作品が『りぼん』に連載されたことに驚かされる。『週刊少年サンデー』にハードボイルド劇画の『ジーザス』が連載されていた 以上の衝撃である。『ジーザス』は絵も劇画的で浮いていたが、『パートナー』の絵は、あくまで少女漫画である。内容がシリアスである。怖くて眠れなくなる読者もいるのではないか。
第1巻の時点で衝撃的な展開であるが、分からないところも気持ち悪い。主人公の同級生もグルであり、旅行に誘ったこと自体が罠ではないかとの疑念がある。

シャーマンキング

武井宏之『シャーマンキング』(集英社)は現代日本を舞台にシャーマンの活躍を描く漫画である。視点人物まん太がシャーマンの麻倉葉に出会い、色々なことに巻き込まれる。ボーイ・ミーツ・ボーイの物語である。
本作品のシャーマンは霊を見たり話したりでき、霊の力を自分の力に取り込むことができる。最初は一話完結の問題解決の話であったが、第1巻の終わりでシャーマン同士のバトルが展開される。長編バトル化しそうである。
ここでシャーマンの王、シャーマンキングとの言葉が登場する。シャーマンキングの意味は謎のままである。
本作品は週刊少年ジャンプに連載されたが、打ち切られた。最終回のプリンセスハオは読者に衝撃を与え、伝説の最終回となった。無理矢理な終わらせ方は逆に清々しい。別媒体での連載再開というパターンも生まれた。

ブラック・ラグーン

『ブラック・ラグーン』は東南アジアの架空の都市を舞台に裏社会の運び屋を描く漫画である。主人公は日本の会社員であったが、あっさりと会社に切り捨てられる。日本の組織の保身体質が出ている。このため、主人公が会社の裏取引を暴露する展開があっても良かった。その方がカタルシスになる。ヤクザ漫画の『白竜』ではシノギを目的としながらも社会悪の悪事を明らかにして相手を破滅させる展開がある。
第1巻ではレヴィの表情が硬い。まだ描き慣れていない感じである。『ドラえもん』も『ワンピース』も第1巻は同じようなものである。
本作品はアニメ化された。アニメのエンディング曲は昔からの曲を使っているが、作品に合っている。現代の曲としても通用するメロディーである。哀愁を感じさせる演奏法もあるが、エンディング曲ではアップテンポである。平原綾香『ジュピター』など昔の曲の発掘は面白い。

2018年11月25日日曜日

ジョジョの奇妙な冒険・黄金の風

『ジョジョの奇妙な冒険』第5部「黄金の風」はイタリアのネアポリスが舞台である。ジョルノ・ジョバァーナがギャングのボスを目指す。ジョルノにとってギャングが正義を体現する存在になっている。警察が腐敗しており、その考え方は理解できる。
ブチャラティは依存性薬物を子どもに売られている状況に憤りを抱いている。その思いを知ったジョルノはブチャラティを良い人と評価する。薬物はアウトローの世界でも悪である。日本のヤクザ漫画『白竜』も薬物は禁止する。
ジョルノは、ジョースター家の宿敵DIOの血を継ぐ息子である。DIOの肉体はジョナサン・ジョースターの肉体であった。その子どもは、どちらの子どもなのだろうか。漫画『寄生獣』では人間の頭に寄生した生物が子どもを生む。その子どもが人間なのかと同じ疑問になる。

2018年11月24日土曜日

ハリー・ポッターと死の秘宝の下巻

ダンブルドアには大目的のために個人の犠牲はやむを得ないという割りきった姿勢を感じる。有用なスネイプを利用して使い潰すようにも見え、あまり好きになれなかった。個人主義が徹底した欧米ではダンブルドアのような考え方も新鮮かもしれないが、個人主義が未発達で後進的な日本では村社会を強化する方に働かないか。
村社会という点では誰それがブラック家の出身で、誰と誰が親戚であるという話が結構ある。そのようなものに郷愁があるのだろうか。階級社会のイギリスでは今も生きているのだろうか。
母親の力は物語のテーマである。モリー・ウィーズリーは最強の副官レストレンジを倒した。マルフォイ家がヴォルデモードと運命を共にしなかったことは母親の動きが大きい。子どもを守ろうとするリリーの力はヴォルデモードを撃退した。家族の絆を描くことは必然であるが、それは一族という個人を抑圧する前近代的要素につながりやすい。
ヴォルデモードは悪のカリスマというほどの凄みは感じなかった。異種族を支配下に入れた点は凄いが、魔法使いは恐怖で支配しているだけという印象である。ルシウス・マルフォイは穢れた血を差別し、純血を誇る貴族的な存在であるが、ヴォルデモードの配下では専制君主の顔色をうかがう奴隷と変わらない。ブラック企業や公務員のソンタク組織である。
スターウォーズの皇帝パルパティーンのように正義の側の人物を悪に引き込む凄さはない。逆に自分の陣営にダンブルドアのスパイを入れられている。

2018年11月23日金曜日

やきとりセンター

「夢のいいとこ鶏」は、やきとりセンターの名物料理です。凍らせた手羽唐です。富士山は30本です。チョモランマと比べると高くありません。台形の形です。
濃い抹茶ハイを飲みました。宇治抹茶を使用しています。本当に濃いです。実際は溶けていますが、粉を飲む気持ちになります。
抹茶ハイや緑茶ハイ、烏龍ハイは、お茶を飲む感覚でお酒が飲めるものですが、ここまでお茶が濃いと逆にお茶とアルコールが混ざらず、アルコールも強く感じます。このため、お酒が弱い人よりも強い人向きです。
やきとりセンターはホットジャスミン茶やホット烏龍茶、鶏スープと温かい飲み物が充実しています。そこは飲み物で温まりたい向きには嬉しいです。
やきとりセンター浦和西口店は埼玉県さいたま市浦和区高砂の埼玉県林材会館にあります。焼鳥の串は林材であり、林材会館にふさましい店と言えるでしょう。

絆ジャパン募金活動

高田馬場駅早稲田口で福島県浜通りの児童養護施設の子ども達にクリスマスプレゼントを送る募金活動に参加しました。来年4月に小学生になる子ども達にランドセルをプレゼントします。絆ジャパンの活動です。12月に浜通りの温泉旅館でクリスマスイベントを開催します。この活動は東日本大震災後に毎年行われており、今年は8回目になります。
皆様の温かいお心を沢山いただきました。本当にありがとうございます。
声をかけた人から、半官の慈善団体には集めた募金を天下り公務員の給与や退職金に使われるところがあり、そのような問題を指摘して欲しいとの意見が寄せられました。善意を食い物にする天下り公務員利権への不満の強さを感じました。募金する側として、そのような団体には募金したくないでしょう。支援対象に届く活動を目指します。

2018年11月22日木曜日

ジョジョの奇妙な冒険・ダイヤモンドは砕けない

荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第四部「ダイヤモンドは砕けない」は日本の地方都市を舞台とする。第三部は「冒険」のタイトルに相応しく世界を旅する物語であったが、第四部は日常の中の非日常という雰囲気がある。
ジョセフ・ジョースターの隠し子の東方仗助が主人公である。第三部の主人公の空条承太郎よりも名前がジョジョっぽい。
第一部の主人公ジョナサン・ジョースターは英国貴族精神の体現者であったが、第三部と第四部は不良であり、落差がある。第三部の主人公の空条承太郎は海洋学者になっている。勉強ができる不良は漫画の中の存在だろう。
第三部と同じくスタンドの話である。スタンド名はタロットカードとは無関係である。ロックバンド名などが使われる。仗助のスタンド「クレイジー・ダイヤモンド」は他人を治すことができるという便利なものである。自分は治せないという限界はあるものの、死なない限り味方を回復できるため、味方が窮地に陥っても大丈夫という便利さがある。凄い能力を持っている上に格闘能力も高い。これは空条承太郎の時を止める能力のスタンド「スタープラチナ」にも当てはまる。特殊能力が高いと汎用的な戦闘能力が低くなるというようなバランスはないのだろうか。
この点で冨樫義博『HUNTER×HUNTER』の制約と誓約は考えられている。念能力の発動条件を厳しくすれば威力が強力になる。
第三部は最初から倒すべき敵が明確であった。これに対して第四部はオムニバス形式で進む。しかし、終盤ではラスボスの存在する大きな話になる。このラスボスは世界征服を企むようなステレオタイプな悪役とは異なる存在であった。よくも悪くも世界をどうこうしようと考えることはなく、怠惰と保身ばかりの無能公務員が社会悪になった現代社会を反映した悪役である。

2018年11月21日水曜日

鳴門鯛焼本舗

イトーヨーカドーで焼き鳥を十本買って食べました。塩とタレがありますが、今回は全て塩にしました。一本ずつ販売されており、好きな種類を好きな本数購入できます。十本購入すると割引があります。

鳴門鯛焼本舗で鯛焼きを買いました。十勝産小豆鯛焼き180円と鳴門金時いも鯛焼き200円です。皮はパリッとしていて、餡はしっとりしています。甘過ぎません。鳴門金時いも鯛焼きには本当に芋が入っています。
鳴門鯛焼本舗は鯛焼きのチェーン店です。さいたま市には浦和店と北浦和店があります。
天然鯛焼をセールスポイントにしています。鯛焼きに天然も養殖もないと思いますが、天然鯛焼は一匹ずつ丁寧に焼く一丁焼きという焼き上げ製法で作られたものと言います。

永遠の0

百田尚樹『永遠の0』は第二次世界対戦の日本軍の零戦パイロットの生き方を追う小説である。現代の司法試験浪人が特攻で戦死した祖父を調べる形で物語は進む。
著者はTwitterなどでの政治姿勢が強烈であり、作品も同じイメージで評価されがちであるが、日本を賛美する作品ではない。個人に負担を押し付け、個人の頑張りで何とかさせようとする日本の問題体質が浮き彫りになる。これはブラック企業に重なる現代的問題でもある。頭ごなしに戦争を繰り返してはならないと言うよりも21世紀を生きる日本人に刺さる。
日本軍のパワハラ体質と言えば陸軍が悪名高いが、海軍の方が酷かったとする。陸軍の場合、酷すぎる上官は戦場で後ろから弾が飛んでくることになるため、一定の自制が生まれる。これに対して海軍は士官と下士官や兵との格差が大きかった。司馬遼太郎史観からは脱却した方が良い。
パイロットに「防御力のある飛行機が欲しい」と言わせる。米軍のダメコンを評価させ、「米軍は搭乗員の命を本当に大事にする」と感心させる(313頁)。
「日本軍には最初から徹底した人命軽視の思想が貫かれていた。そしてこれがのちの特攻につながっていったに違いない」(326頁)。

2018年11月20日火曜日

タイタニア完結

田中芳樹『タイタニア』は銀河英雄伝説と比べると女性キャラクターの存在感が大きい。銀河英雄伝説は優れたスペースオペラであるが、女性の存在感が乏しいところに20世紀の作品という時代制約を感じる。ラインハルトの側にもヤン・ウェンリーの側にも傑出した女性が登場するが、結局は英雄の妻になった。タイタニアでも後世の歴史書で語られる活躍は男性ばかりであるが、様々な女性がイキイキと活躍する。フランシアは内助タイプに見えるが、最後に相互主義を表明した。この相互主義の考え方は『創竜伝』で示された。
前巻のラストで一方があっけなく倒れ、英雄同士の対決とならなかった。はるかに小物と思われた存在が厄介な敵として立ち塞がる。ラスボスの動機も、世界の支配者としては非合理なものであった。しかし、世界をどうこうしようと考える英雄よりも人間らしい。銀河英雄伝説が書かれた時代よりもハイエクの人間観が広く受け入れられている状況を反映している。
銀河英雄伝説はハードウェア信仰を否定したが、本書では大艦巨砲主義が主人公側に一定の打撃を与える。一定の脅威になるという点は現実的である。結局は批判されるが、福島原発事故を起こした無策を連想させる記述がある点が面白い。

2018年11月18日日曜日

グローバルに進むいのちの切り捨て

質疑応答で私は家族の意見が分かれる場合について質問した。家族の総意が必要との回答であった。

守田憲ニ「脳死と判定された人は生きている」では基準に基づかない粗雑な脳死判定がなされていると指摘する。脳死判定を誤る原因として薬物の影響がある。麻酔や鎮痛剤は脳神経の機能を低下させて脳死と似た状態をもたらす。脳死判定から長時間生存し、循環や呼吸、内分泌機能が良好な状態に保たれていれば、薬物が排泄され、脳死判定基準を満たさなくなる患者が増えるとする。

児玉真美「グローバルに進むいのちの切り捨て」は「死ぬ権利」論と「無益な治療」論が両輪になって命の選別と切り捨てを加速していると主張する。「死ぬ権利」論の恐ろしいところは、それがデフォルトになってしまうことである。もともと「死ぬ権利」は自己決定権が根拠になっている。それならば生きたい人には生きる自己決定権を尊重することが相互主義である。
「無益な治療」論は恐ろしい。患者や家族が望んでいても、治療の一方的な停止や差し控えの決定権を問答無用で認める論拠になっている。論者は自己選択の強調に否定的であるが、このような状況には自己決定権が対抗する拠り所にならないだろうか。

和田心臓移植から50年

小松美彦「和田移植とその歴史的構造」。和田心臓移植は七三一部隊や九州大学医学部生体解剖事件とつながっている。しかし、戦争に帰してはならない。すべては医療・医学の構造的問題であり、人間の命と体への権力問題である。患者は実験材料であった伝統が医学にある。
現代医療の闇を七三一部隊などの延長線上に位置付ける見解は珍しくない。安易に過去を水に流す非歴史的な日本では重要な視点である。しかし、そのような論調は戦争が悪いで終わってしまいがちである。
和田心臓移植の問題は、自発呼吸も心音もあるのに絶望的と判断され、生きているうちに心臓を摘出された蓋然性が高いことである。仮に合法的な心臓移植を考える立場に立ったとしても、和田心臓移植は肯定できない。ここに現実の医療問題を追及する場合の難しさがある。心臓移植は許されない、許容される心臓移植ではないという二つの方向からの批判が成り立つ。これら二つの論点をそれぞれ独立して吟味すれば良いが、ごっちゃにされがちである。追及される側は意図的にごっちゃにして、批判側が論理矛盾しているように見せて責任逃れする。

史上最強の弟子ケンイチ

松江名俊『史上最強の弟子ケンイチ』は、いじめられっ子の白浜兼一が道場・梁山泊での修行や様々な武術家との戦いで成長していくバトル漫画である。少年漫画の王道であるバトルを中心に、お色気やギャグ、感動ドラマなど少年漫画の要素が盛り込まれている。週刊少年サンデー連載作品。
『史上最強の弟子ケンイチ』5巻は不良グループの幹部に敗れたケンイチが、梁山泊の住み込みの内弟子になる。表紙は岬越寺秋雨が大きく描かれる。いかにも猛者というタイプよりも、彼のような一見ぼうっとしたタイプに面白さがある。
そこそこ強くなった主人公の敗北はバトル漫画で珍しくない。すぐに再戦してリベンジがお約束の展開である。ところが、本書では主人公の打撃やトラウマを丁寧に描く。リアルなバトル漫画である。この巻では再戦は描かれず、再戦しようとの動きも見えない。
梁山泊の修行はスパルタである。現代では流行りにくい、ど根性タイプであるが、ギャグテイストのために漫画としては楽しめる。ケンイチも逃げ出そうとしており、奴隷根性に染まっていない。そもそも内弟子を承諾した動機は邪なものであった。
敵の中に友情に熱いタイプがいることもバトル漫画のお約束である。

2018年11月17日土曜日

貧乏神が2巻

貧乏神が2巻は新キャラクターが登場し、それによって話を回す。1話だけのゲストや新たなレギュラーが登場する。
ラッキーガールの桜市子と貧乏神の紅葉のやりあいが面白いが、流石にそれだけではネタが続かないか。恋愛話では新キャラが登場したが、最後は紅葉が市子をからかうパターンになった。満面の笑みで心理攻撃する。それが面白い。現実のマンションだまし売りなどと異なり、清々しい対立である。この話ではタイトルの「貧乏神が」との怒りの叫びが出てくる。
終盤は全てに恵まれていると思っていた市子が欠けているものに気づく。このままシリアスな展開になるのだろうか。
最後の紅葉の市子に対する行動は良い人になっている。紅葉は市子の成長を促す役回りになるのだろうか。ジャンプ流に読者の反応を見ながら試行錯誤しているのだろうか。

タイタニア5凄風篇

田中芳樹『タイタニア5凄風篇』(講談社、2015年)はスペースオペラの完結編である。著者のスペースオペラでは銀河英雄伝説が有名であるが、ポスト銀河英雄伝説に恥じないスペースオペラになった。
銀河英雄伝説は専制と民主主義を対比したが、ヤン・ウェンリーは民主主義の代表者には見えない。むしろ、個人主義や自由主義を大切にしていた。本書には、その自由主義的な幸福を端的に表現する台詞がある。
「最高の幸福とは、つねにベストの選択ができる、ということ」(38頁)
ヤンは、この選択の自由が保障されないことに対して戦った。ゴールデンバウム朝の専制だけでなく、査問会体質の自由惑星同盟も問題である。民主主義は、みんなで決めたことに、みんなで従うことであり、個人の選択の自由と衝突する場合もある。ヤンの専制に対する民主主義の利点の主張も自分達が選んだ政治家というところにあった。しかし、自分が一票を投じた政治家が当選するとは限らない。そうであるならば悪政は自分の選択の結果とはならない。
本書の面白いところは、フランシアという英雄ではない存在に存在感を与えていることである。「ジュスランさまが、わたしの申しあげることをきいてくださらないのなら、わたしも、ジュスランさまのおっしゃることをききません。それが対等というものだと思います」(210頁)。ここには健全な相互主義がある。
個人の選択の自由という点では通俗的な価値観に振り回されず、個人が良いと感じるものを良いとする。貴族が「一番お粗末で一番おいしいオムレツ」に感嘆する(107頁)。
以下の表現もある。「サルベスタン産のコーヒーは、上等すぎて海賊たちの口にはあわなかった。バーティヌ産の安物で充分である」(24頁)。食材の価格と味が比例するという浅ましい拝金主義はとらない。
本書は完結までに長い時間がかかったが、福島第一原発事故を踏まえた記述もある。人類史の中で「原子炉は絶対に事故をおこさない」という利益追求者の発言は、すべて虚言であった(135頁)。

ハリー・ポッターと死の秘宝

ハリー・ポッターと死の秘宝(Harry Potter and the Deathly Hallows)。本シリーズは学園物の要素があったが、本書は闇の帝王との戦い一色である。しかも、目の前の敵を倒していくという単純なアクションではない。むしろ逃避行である。そのために重苦しい。物語の完結編だから読むが、児童文学のハリポタファンには挫折した人もいるのではないか。
ロンは大きく成長したキャラクターである。『ドラゴンクエスト・ダイの大冒険』のポップのようなキャラクターである。
魂を別の場所に保管することで身の安全を確保する防御策は『ドラえもん。のび太の魔界大冒険』の魔王を連想する。保護呪文は石ころ帽子のようである。
穢れた血など人種差別批判の要素がある。ナチスの害悪は欧米社会に大きな影響を与えていることが理解できる。
本書のタイトルは出版に先行して出版元のブルームズベリー社がウェブサイトで発表した。時事通信は「ハリー・ポッターと死の聖人」と訳した(「ハリポタ完結編は「死の聖人」」時事通信2006年12月22日)。タイトル発表当時、著者は自身のウェブサイトで、主要キャラクターが完結編で殺害される可能性のあることをほのめかしていた。

本シリーズは世界的人気のファンタジー小説である。第6作までは全世界で計3億部も売り上げ、63言語に翻訳されている。作者のJ・K・ローリングは、英国で最も収入の多い女性になった。シリーズを原作とした映画もヒットを重ねている。

2018年11月16日金曜日

林田球『ドロヘドロ』

林田球『ドロヘドロ』は漫画。2018年に完結した。
魔法使いが襲ってきて人間を魔法の練習台にする世界を描く。荒廃した世界である。理不尽と混沌の世界である。魔法使いが登場するが、中世ヨーロッパ的なファンタジー世界とは大きく異なる。
主人公カイマンは魔法使いによって頭部を爬虫類に変えられ、記憶を喪失した。自分が何者か探している。何故か魔法が効かない属性を持ち、襲ってくる魔法使いを返り討ちにする。どのような経緯で、このような世界になっているのか。主人公達はどのような経緯で生きてきたのか説明されない。読者も理不尽と混沌の世界に叩き込まれた気分になる。謎ばかりの物語についていく読者は大変である。
カイマンはニカイドウと行動を共にする。ニカイドウは荒廃した世界に似合わない美女である。序盤では魔法使いの練習台にさせられ、ギリギリのところでカイマンに救われる。戦闘では解説係タイプかと思ったが、その後で話では格闘能力の高さを示した。
ニカイドウは食堂を営業している。あのような荒廃した世界で営業が成り立つか不思議である。

2018年11月14日水曜日

たけちゃん、金返せ。

藤山新太郎『たけちゃん、金返せ。浅草松竹演芸場の青春』は浅草演芸場時代のビートたけしの芸人仲間だったマジシャンがビートたけしさんとの交流や自分の半生を振り返った書籍である。ビートたけしはツービートというコンビで浅草演芸場に出演していた。同時代の芸人達にも触れる。昭和の演芸文化を伝える書籍である。
タイトルはビートたけしさんに貸した金が返ってきていないことに由来する。売れる前の芸人の焦燥が描かれている。テレビでは話上手なビートたけしさんも、飲み屋で知らない人の前では話が続かないタイプであった。無頼な芸人の生き方に憧れながらも、コツコツとネタを作る真面目さを持っている。
著者自身の話も面白い。著者は二世芸人であるが、自堕落な父親を見てきたため、覚めており、堅実である。自分の生き残りを考え、ニッチ戦略を採った。伝統芸能の継承者であるが、ステレオタイプな伝統芸能のイメージにある堅苦しさはない。
面白い点は、お笑いコンビに対する一般人の誤解である。仕事以外では相方に気を使わず、別々にいたいと考えている。だからコンビを一緒に飲みに誘ってはならない(63頁)。一緒に遊ばないからと言って、仲が悪い訳ではない。

2018年11月12日月曜日

ギャラリーフェイク5巻

ギャラリーフェイク5巻は公立美術館の話「学芸員物語」が印象に残る。学芸員は真面目に働いているが、館長は学芸員資格を持たず、美術に関心の低い他部署の人間が就いている。業者にリベートを当然のように要求し、縁故で学芸員を採用する。腐敗した公務員である。その分野に意識がなくてもローテーションと称して異動する公務員の人事制度に欠陥がある。ゼネラリストを育成すると言えば聞こえが良いが、肩書きがなければ何もできない人である。
外部から公募するなど公務員に民間感覚を採り入れるべきだろう。勿論、不透明な公募がコネ採用の隠れ蓑になる危険がある。透明性のあるプロセスが必要である。
ギャラリーフェイクという言葉はギャラリーとフェイクを繋げただけであるが、不思議な響きがある。ハンターハンターの念能力の名前に使われたほどである。偽物を扱いながらも、本物への意識は人一倍高い。しかし、今ではフェイクニュースによってフェイクという言葉はミステリアスな雰囲気を失った。

2018年11月11日日曜日

スレイマンの妃

『夢の雫、黄金の鳥籠』はオスマン帝国のスレイマン大帝の妃ヒュッレムを主人公とした歴史漫画である。東欧で育ったが、遊牧民にさらわれ、奴隷として売られ、スレイマンのハーレムに入る。
スレイマンはオスマン帝国最盛期の皇帝である。最盛期ということは、その後は下り坂を意味する。ヒュッレムの介入が宮廷を乱したとされる。
ヨーロッパなどでは悪女として有名な存在である。日本では日野富子に相当するだろうか。日野富子を主人公とした大河ドラマがあった。日野富子を悪女と描かず不人気であったが、本作品も主人公はふてぶてしい悪女ではない。
むしろ、後宮の体制が問題である。主人公は抑圧される側である。主人公が権力を握った後は変わってしまうのか注目である。
オスマン帝国は国際色が豊かである。日本は西欧中心主義に影響され、イスラム世界を後進的と考える風潮があるが、オスマン帝国をもっと再評価しても良いだろう。

レプリカたちの夜

『レプリカたちの夜』は混沌と理不尽の世界を描く小説である。私はカフカの作品を連想した。主人公は動物のレプリカを製造する工場に勤めている。前半は意味不明な工場の指示に振り回される。何のためか説明されない。後半になると世界そのものが崩壊する。
ファンタジー作品として読むならば良いとして、前半の意味不明な仕事内容が現実の労働経験から来ているとしたら、深刻である。大きな組織の歯車であったとしても、自分の仕事が組織にどのように寄与しているか私は理解して働いているつもりである。それがなくなれば労働は苦痛になる。これが日本の労働の多くの現実ならば、うつ病や過労死が多いことも納得である。トップがビジョンやミッションを共有せずに生産性が上がるとは思えないが、だから昭和的な体質の日本組織は低迷するのだろう。上の顔色をうかがうソンタクばかりの公務員組織は、本書のような感覚かもしれない。
電話が信用できなくなっている。「電話なんてなんの意味があるのだろう。ただの音声。ただの合成シミュレーション」(231頁)。電話よりもメールを優れたコミュニケーション手段と考えている人々は自分の要求を一方的に押し付けたいだけではないか。

2018年11月10日土曜日

サンクチュアリ

史村翔原作、池上遼一作画『サンクチュアリ』(小学館)はヤクザと政治家が日本を変えようとする劇画である。少年時代にポル・ポト政権下のカンボジアで地獄の体験をした北条彰と浅見千秋を主人公とする。
ヤクザの世界も政治の世界も上が下を駒とし、下を搾取している。あの手この手で出る杭を打とうとする老害には腹が立つ。それを潰していく主人公達には拍手喝采したくなる。ヤクザの世界は順調に老害を排除し、痛快である。HEATのような勢いがある。
これに対して政治の世界は一筋縄ではいかない。浅見は保護行政の転換を唱え、労働市場の外国人労働者への解放を主張する。これは現代でもタイムリーな話題である。逆に言えば21世紀に先送りされた問題である。トランプ大統領が誕生するなど日本だけでなく、世界でも外国人労働者から国内労働市場を守ろうという動きがあるが、無能公務員体質やパワハラ体質の日本人と働くよりは外国人と働いた方が良い。

2018年11月9日金曜日

ときめきトゥナイト3巻

池野恋・ときめきトゥナイト3巻(集英社)は江藤蘭世と神谷曜子が友情を育むという驚きの展開である。昨日の敵は今日の友、強敵と書いて友と読むという少年漫画にも通じる展開である。
正直なところ、少年漫画の昨日の敵は今日の友展開には食傷気味である。深刻なイジメ問題を抱える現代の子ども達に支持されるとは思えない。鬼畜と罵った敵国を戦争が終わったら同盟国と呼ぶような非歴史的な日本人好みの展開である。それでも、散々いがみ合った江藤蘭世と神谷曜子の友情は新鮮である。安直な昨日の敵は今日の友展開の少年漫画は本作品に学ぼう。
序盤は王子の卑怯な手口の続きである。見ていられないというサンドと同じ気持ちになる。真壁に誤解されることは、恋愛を進める上で不利益になる。これを取り戻すことは大変である。このような実害を考えない身勝手な王子に腹が立つ。
江藤蘭世は黒髪であるが、コミックスの表紙では金髪になっている。

2018年11月7日水曜日

ときめきトゥナイト2巻

ときめきトゥナイト2巻。前巻のラストで主人公が母親に噛まれてしまう。その結果、変な体質ができてしまった。それでドタバタギャグが加速する。
神谷曜子は現実に置き換えると非道なこともしているが、漫画では憎めない。主人公も黒髪のおしとやかそうな外見ながら、結構アグレッシブである。
後に第三部で曜子の娘が登場した。第一部の曜子のような雰囲気で、読者から「これぞ、ときめきトゥナイト」との反応があったという。第一部から愛読されている作品である。
新たに魔界の王子が登場し、恋愛模様が複雑になる。典型的なボンボンキャラである。読者からすると、お呼びではない。この巻の最後は卑怯な手段を使う。
真壁は少女漫画読者にとって人気上位の王子様である。それが不良キャラである点は時代を感じる。一方で真壁は群れない点で半グレやヤンキーとは大違いである。ヤンキーが恥ずかしい風俗になった現代人感覚でも真壁のカッコ良さを認めることができる。

2018年11月6日火曜日

ワンピース5巻

ワンピース5巻はウソップの話が終わり、サンジが登場する。シロップ村でのクロネコ海賊団との対決に決着がつく。
サブタイトルは「誰が為に鐘は鳴る」。名作の題名のタイトル使用は『極楽大作戦』を連想する。最近ではNHK大河ドラマ『おんな城主直虎』がある。
クロは平穏を求めて悪事を働く。かつて悪役の動機は世界制服がバトル漫画のステレオタイプであった。荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』の吉良吉影が新たな悪役像を示した。内部にしか通用しないルールを守るだけの無能公務員が社会悪になった時代を反映している。
麦わらの一味はゴーイングメリー号を得て、航海らしくなった。コックの必要性が語られる。コックを仲間にするために自然な導入部である。
しかし、ルフィは音楽家が欲しいと言う。この願望は、かなり後になって叶えられる。長い物語である。
ナミは海賊の手配書を見て恐ろしい顔をする。これは後の話に関係する。

HSCの子育てハッピーアドバイス

明橋大二著、太田知子イラスト『HSCの子育てハッピーアドバイス』(1万年堂出版)は人一倍敏感な子ども(HSC)の育て方をアドバイスする書籍である。漫画やイラストが多く読みやすい。
HSCは5人に一人いる。一言で言えば慎重派であり、そのために集団生活では行動が遅いと見られる場合もある。慎重派と大胆派がいることは種の生存戦略として都合が良いからである(64頁)。現在の民間企業ではダイバーシティが競争力になると考えられている。同調圧力で均質さを求める昭和の日本的集団主義は、競争力を喪失する。
本書は、敏感で慎重な人は科学者などの職に就いてきたと述べる(65頁)。しかし、HSCは、この職に向いているというよりも、全ての職種にHSCの人が必要だろう。それが硬直性を壊すことになる。公務員組織に民間感覚が必要と言われるが、体育会営業を入れたい訳ではなく、様々な利用者視点で考えられる人が求められる。
本書はHSCの子に特化してアドバイスしているが、その子どもの側に立った接し方は非HSCの子に対しても有益に感じた。
昭和的な集団主義への疑問はHSCか否かに関わらず抱けるものである。「またまだこの社会は、人と同じことが求められ、違っていると、わがままとか、親の育て方がおかしいとか言われかねない世の中です」(215頁)。
HSCと言っても多様であり、あまりHSCか否かで子育ての方針を分ける意味は感じなかった。

2018年11月5日月曜日

ワンピース4巻

ワンピース4巻はウソップの話の続きである。イソップ童話の狼少年を下敷きにした話である。
クロの陰謀が動き出すが、村人に話しても信じてもらえないウソップは辛い。それでも、一人で村を守ろうとするウソップは立派である。その思いを認めてルフィ達もクロネコ海賊団と戦う。既に仲間である。その後のストーリーの中ではウソップが存在する意味があるか、ギャグ要員かと思うところもあったが、このような熱い話が原点にあった。
ウソップは村を守るために準備するが、役に立たなかった。これは最初からルフィやゾロを戦わせないために作った設定だろう。ゾロが刀を奪われたり、ルフィが眠ったりと主人公側がハンディを持つことで、ワンサイドゲームにならないバトルが成立する。映画『ドラえもん』でドラえもんがポケットを使えなくなる設定に重なる。実力以上の敵キャラクターを根性で倒す昭和的な根性論作品の逆である。
ルフィは催眠術に弱い。これは海軍に採用されたら、強力な手段になるのではないか。それとも覇気を身につけた後は、跳ね返せるようになるのだろうか。
ナミは逃げ腰であるが、ウソップがやられそうになると棒で戦う。

2018年11月4日日曜日

繋がれた明日

神保裕一『繋がれた明日』(朝日文庫)は殺人を犯した者を主人公としたサスペンスである。さいたま市立桜図書館で借りた。
様々な社会の矛盾に直面するが、やはり警察の人権侵害が最大の矛盾である。主人公が怒ることは多いが、怒りの優先順位をつけるならば警察権力とならないか。
「顔の前で怒鳴っていた警官はもう姿が見えなかった。大声で正義を振りかざしておきながら、立場が悪くなると姿を隠す」(209頁)
「法律では黙秘権が正当な権利として認められていながら、彼らは生意気なやつだと怒りをむき出しにして怒鳴った。金槌でたたき続ければ、固く口を閉ざした貝だろうとこじ開けられると信じるかのように」(229頁)。
主人公は人を殺したが、主人公にも言い分がある。相手は女性に言い寄っており、それを止めさせることが目的であった。相手から先に手を出してきた。しかし、警察は主人公の主張をほとんど無視した。
主人公のような事情がある場合に、現実世界の世論は主人公に厳しくなるだろうか。住宅地でバーベキューをした人が殺された事件があったが、ネット世論はバーベキュー公害に苦しむ犯人に同情的であった。
一方で主人公は半グレ・ヤンキー的な生活をしていた。この点で、あまり同情しにくい。そこからの脱却は良いことである。
本書は被害者遺族の置かれた悲惨な状況が描かれる。焼け野原から経済大国にしてしまう前に進むことしかできない姿勢を美徳とするような風潮は苦しめるだけである。日本は被害者の権利が認識されるようになったと言っても、被害者に道徳的な高次の振る舞いを要求する傾向はある。

2018年11月2日金曜日

ワンピース3巻

尾田栄一郎・ワンピース3巻は道化のバギーとの対決の続きである。サブタイトルは「偽れぬもの」。ナミの優れた航海術と、偉大なる航路の海図を手に入れるため、バギーと対決する。
バギーは破壊力のある大砲を持っている。自分の力だけではなく、道具を使う。アクション漫画には自分の力が全てという傾向があるが、バギーは現実社会の感覚に近い。自分の力だけに頼らない点は、後の海賊派遣組織バギーズデリバリーとも重なる。
後半はウソップが登場する。バギーは、あからさまな侵略者であった。これに対してクロは騙す存在である。マンションだまし売り被害者としては、こちらの方が許せない(林田力『東急不動産だまし売り裁判こうして勝った』ロゴス社)。

ワンピース2巻

ワンピース2巻は道化のバギーの一味との対決である。人が大切にしているものをあっさりと奪い、壊す海賊への怒りが共感できる。これは現実社会の半グレ・ヤンキー、貧困ビジネス、危険ドラッグ売人などと重ね合わせることができる。卑劣な行為を許せないという感情が高ぶる。
ナミは海賊を激しく憎んでいる。後の話を読むとナミの憎しみが良く理解できる。
バギーは後の話ではユーモラスな存在に成り下がったが、ここでは非道極まりない悪役である。

懐石道具は訴状に添付されている。
遺産を占有している人物が聞かれていないからという理由で遺産を出さないことが不誠実であり、権利濫用を裏付ける事実である。相続人は相続財産を出す義務がある。隠匿してはならない。皆のものを預かっている立場である。
二重訴訟の禁止を言わなくなった。
直線の方がゆるやかである。踊り場があることは休める。
教室運営の視点しか書かれていないが、茶道は道である。教室運営の視点でしか説明できない点が茶道への無理解を示している。
経済的に苦しかったから、妻の実家に住んでいたのではないか。

2018年11月1日木曜日

プラザウエスト多目的ホール

さいたま市桜区道場のプラザウエスト多目的ホールは二階にあります。桜区役所の反射光が入ってきて眩しくなり、カーテンを閉めることが多いです。デフォルトは机と椅子が並べられていますが、立食パーティーにも使われます。給湯スペースにはレストランから食事を運ぶエレベーターがあります。

数字で押さえることが大切です。参加を強要するような日本の集団主義的圧力は問題です。

図書館はニーズの高い公共施設です。人気のある施設です。開館時間のニーズがあります。
様々な図書館のあり方があります。絵画を喫茶店に貸し出す図書館があります。商業施設と同居する図書館があります。但し、商業施設の床は高いです。
読書は健康寿命にも効果的です。頭を使うこと、手を使うこと、息をすることが健康につながるとされます。