2018年9月29日土曜日

ヒカルの碁

『ヒカルの碁』(集英社)は囲碁の少年漫画である。週刊少年ジャンプ連載作品である。アニメ化された。囲碁という少年漫画の読者層に馴染みの薄いゲームをテーマにしながら、人気漫画にしたことは驚くべきことである。囲碁を広めた功績は大きい。アメリカでも本作品の影響で碁が人気となったという。
本作品には人気漫画になるだけの工夫がある。第1巻は高度な囲碁の戦いという要素は乏しい。囲碁に全く興味がなくても楽しめる内容である。過去の人物が現代に甦る逆タイムスリップの要素がある。そのドタバタが笑える。
霊にとりつかれた状態では、霊にとりついた人を害する気持ちがなくても、霊が悲しい気持ちになると、とりつかれた人は気分が悪くなる。このような説明は、あまり心霊物では聞かないが、納得感がある。
藤原は生前に卑怯者に陥れられた過去がある。その悔しさや腹立たしさは共感できる。

2018年9月28日金曜日

聖闘士星矢2巻

車田正美『聖闘士星矢』2巻(集英社)は黄金聖衣を賭けて青銅聖闘士達が闘う、銀河戦争が始まる。トーナメント形式の闘いである。ペガサスとドラゴン紫龍の闘いは熱い。闘いの後に友情が生まれる王道的な少年漫画である。
後に判明する女神の目的からすれば、自分を守る青銅聖闘士を互いに闘わせて潰していくことが賢明とは思えない。互いに競わせて残ったものだけを評価する組織体質はブラック企業的である。
そもそも百人の孤児に聖衣を求めて旅出させたことも効率的な方策ではない。ゲームのドラゴンクエストでも国王が自称勇者に僅かなゴールドを与えて竜王を倒してくれることを期待するが、人的資源の無駄遣いである。
これまで作者は熱い男の闘いを描く劇画的な作風であった。これに対して本作品はギリシア神話を背景とし、バトルも超自然的な内容になっている。そのファンタジー性が当時の少年達から支持され、作者の読者層を広げた。それでも、よく読んでみると十分暑苦しい。その暑苦しさは一歩間違えればブラック企業体質と重なりかねないものである。

2018年9月27日木曜日

双星の陰陽師

『双星の陰陽師』は陰陽師の漫画である。双星とあるように二人の陰陽師が主要キャラクターである。普段は相性の良くない二人がタッグを組む展開は同じ著者の『貧乏神が』終盤と重なる。
私は『貧乏神が』序盤のドタバタギャグが好きであった。それに比べると本作品は少年漫画の売れ線を狙っているように感じる。主人公は根は前向きで熱血の王道的なヒーローである。
眠そうな目をしているが、有能という清玄が登場してから面白さを感じた。真面目な頑張ります精神とは対極にある、やる気のなさそうなキャラクターである。
主人公達にとってまだまだ遠い敵キャラクターが登場する。
主人公の熱血も第5巻では共感が持てる。息子の世代が苦しまないように自分達の世代で解決しておくために自分が闘うと主張する。日本人は西郷隆盛の「美田を買わず」を自分達の世代が資産を食い潰す口実として使いがちである。これは世代感不公平を被った就職氷河期世代としては強く感じる。故に問題を後の世代に先送りしない主人公の決意に共感する。

さぶ

山本周五郎『さぶ』は江戸時代の江戸で、理不尽に虐げられる貧しい人々を描いた時代小説である。さぶがタイトルであるが、栄二の物語である。栄二は見に覚えのない冤罪で奉公先を追い出され、真実を確認しようとすると半殺しの目に遭い、石川島の人足寄場に送られた。栄二は復讐を誓う。江戸時代版モンテ・クリスト伯と期待したが、違っていた。
本書の言いたいことは復讐心に囚われるなということである。しかし、理不尽や非合理は厳然として存在する。それらをそのままにすることが良いかという問題がある。むしろ、本書から感じた怖さは真実を知らないと間違った人に疑念を抱き、恨むことになりかねないことである。これはどちらも不幸である。自分に関する情報の知る権利が大切であると感じた。

2018年9月25日火曜日

ゴールデンカムイ2巻

ゴールデンカムイ2巻は主人公が味噌を推す。ここは私も日本人として共感できる。私は味噌汁を飲むとホッとする。
主人公はアイヌの村に滞在する。ここでアイヌ文化が紹介される。本作品は和人とアイヌの物語であるが、ヒロインは実際のアイヌのジェンダーから逸脱した存在であり、ヒロイン一人だけではアイヌを物語に都合よく使っていると批判されかねない。ヒロイン以外のアイヌを登場させることは公正である。このような場面があることが、本作品が北海道振興に使われる理由だろう。
後半は和人の話である。アイヌの話とは対照的に陰惨である。主人公と敵対する和人グループは犯罪者集団であるが、彼らを反抗させる日本政府が正義ではない。むしろ、彼らの行動が許されなくても、日本政府への怒りには共感できる。人間を幸福にしない日本というシステムとはよく言ったものである。

聖闘士星矢

車田正美『聖闘士星矢』(集英社)は週刊少年ジャンプ黄金期を彩る漫画の一つである。本作品のタイトルは「セイントセイヤ」と読む。このタイトルを読めるか否かは世代によって偏りがあるほど特定の時期に流行った作品である。
本作品はアニメ化された。『聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話』など様々な派生作品も存在する。
黄道十二星座に対応する黄金聖闘士は特別な存在である。自分の星座と黄金聖闘士を比較した人は少なくないだろう。私は自分の決めたことや美学に忠実で、悪く言えば頑固な性格が似ていると感じた。目的のために手段を選ばない卑怯さはない。
第1巻は導入である。まだ本作品の枠組みが出ていない。この時点ではユニコーンが主人公のライバルにもならない存在であるとは思わなかった。『ドラゴンボール』のヤムチャ以上に可哀想なキャラクターである。ペガサスとユニコーンは共に架空の馬であり、ライバルになりそうなものである。同じ青銅聖闘士の中で主人公と一緒に活躍する聖闘士と、そうでない聖闘士が出たのは何故だろうか。

イノサン・ルージュ

坂本眞一『イノサン・ルージュ』はフランス革命直前のパリの処刑人一族を描く漫画である。処刑人一族の娘マリーが主人公であるが、一族の各々にスポットライトをあてている。
貴族の傲慢さが描かれる。こちらが歴史から似せたのだろうが、『銀河英雄伝説』の門閥貴族のような傲慢さである。貴族は自らの血筋によって平民への傲慢さを正当化する。しかし、貴族の権力は宮廷から与えられたものに過ぎず、独立領主としての力はない。国家権力の威を借りる狐である。その意味では問題は門閥ではない。むしろ現代日本の公務員天国のような状況と重なる。身内に甘い警察不祥事と重なる問題である。
歴史を単線的な発展と見る歴史観が流行らなくなり、最近ではフランス革命の負の面が直視される傾向がある。逆に貴族主義にロマンを感じることもある。それも貴族が自己の力で立っていればこそである。国家権力を私的に行使するアンシャン・レジームの実態を踏まえれば、フランス革命は良かったことと言える。

とある魔術の禁書目録

『とある魔術の禁書目録』はライトノベル。盛りだくさんの設定の物語である。主人公が魔術という世に知られていない超自然の力を持つ人々に巻き込まれる。このような設定は珍しくない。本書では科学が発展した学園都市を舞台にする。その発展した科学によって超能力が開発されている世界である。設定盛り込み過ぎで、それだけで終わってしまう危険もありそうである。実際、科学サイドに絞ったスピンオフ『とある科学の超電磁砲』の方が広まった。
本書の主人公は落ちこぼれで、やる気のないタイプである。しかし、インデックスのことになると、熱血になる。このヒロインへの熱血は後のライトノベルのリゼロとも共通する。リゼロの主人公の熱血は空回りすることが少なくないが、本書は、それで物語が進む。この点では王道的な要素がある。

2018年9月24日月曜日

さいたま市が人口130万

さいたま市が人口130万人を突破しました。さいたま市の人口が18日現在で130万40人となり、同市誕生から17年で130万人を超えました。
報道では鉄道網の充実が後押ししたと分析されています。この点では桜区は取り残された感があります。みんなの未来(あした)を守る会では武蔵野線大宮支線の活用や西浦和駅と北朝霞駅の間の新駅などを提言しています。提言の有用性を再確認しました。
武蔵野線大宮支線に旅客車両を増やすことで大宮方面から武蔵野線に乗り換えなしで直結できます。西浦和駅と北朝霞駅の間は長いです。
人口130万人と言えばエストニアと同じくらい人口です。エストニアは世界最先端の電子政府であり、情報公開を徹底しています。さいたま市もエストニアのような電子政府になれば、わざわざ役所に行く手間が減り、生活が便利になります。情報公開の徹底で民間感覚の風通しの良い行政になります。

2018年9月23日日曜日

プレミアムフライデーは非常識

プレミアムフライデーは、今や有害かつ非常識なものになった。民間に通用しない公務員感覚の押し付けは不幸を生む。わざわざ月末の忙しい時期に休めると考える公務員感覚が非常識である。プレミアムフライデーが流行らないことは当然である。数知れない公務員感覚が積み重なって腐ったごみ溜めのような臭いを放っている。
プレミアムフライデーは最終週の金曜日という設定であったが、最終営業日になることもある。この日に早く帰るようにすることは嫌がらせ以外の何物でもない。さらに9月28日は四半期の〆日である。四半期の毎の情報開示は、より短期的な視点で経営実態を把握することに役立つ。日本企業が国際競争力を持ち、海外の投資家から選ばれるために必要である。この四半期決算の視点は民間感覚を持たない公務員の抜けている要素だろう。
そもそも皆で早く帰るというプレミアムフライデーの発想は、個人の自由で多様な働き方を目指す働き方改革に逆行する。帰りたい時に帰ることが自由である。早く帰ることを強制されることは苦痛である。

2018年9月22日土曜日

虚空遍歴下巻

山本周五郎『虚空遍歴』下巻に入ると主人公のダメさが目につく。酒に酔うことは毒である。本書では酒であるが、依存性薬物も同じである。創作に根を詰めすぎることが大変であることは理解できる。逃避することは必要だろう。しかし、酒やドラッグはクリエイティブな仕事をする人の選択肢ではない。それが二十世紀になっても作家の逃避行動になっていたことにゾッとする。ゲームのし過ぎで休載している漫画家の方が健全である。現代は小説でも漫画でもアニメでも逃避できるものは幾らでもある。酔っぱらってくだをまくのが文人というステレオタイプは昭和で終わって欲しい。
主人公は自力で成し遂げようとする。それは結構なことであるが、ロビンソンクルーソーのように全て独力は不可能である。主人公は自力で成し遂げようとして逆に他人の面倒を増やしてしまう。何を自力で進め、何に他人の力を借りるか選択と集中が必要である。何でもかんでも自前主義の昭和的体質の日本企業が国際競争力を持たないことと重なる。

2018年9月20日木曜日

ムヒョとロージーの魔法律相談事務所

西義之『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』(集英社)はオカルト漫画。週刊少年ジャンプ連載作品。ムヒョが所長で、ロージーが助手。欧米風の名前であるが、ニックネームに過ぎない。現代日本を舞台とした日本人の物語である。
ストーリーは依頼によって徐霊する一話完結型が基本である。但し、第1巻の時点でムヒョに因縁の相手がいることを匂わせており、大きな話もありそうである。
依頼により徐霊する点は『ゴーストスイーパー美神極楽大作戦』と共通する。魔「法律事務所」とあるようにリーガル物の雰囲気を出している点が特徴である。魔法律という条文を読み上げて徐霊を執行する。第1巻では魔法律の条文を読み上げれば決着がつくため、バトル物にありがちな必殺技の出しあいのような展開はない。
魔法律の世界では執行者が裁判官の上位になっている。ここは現実の司法と比べて興味深い設定である。現実の司法では執行者の暴走をチェックする機関の考慮が不可欠である。

警察不祥事

千葉県警の警察官が栃木県の露天風呂のぞき容疑で事情聴取を受けている。民間人ならば逮捕されている案件ではないか。身内に甘い体質は警察不祥事が続発する一つの理由である。
埼玉県警巡査部長は迷惑防止条例違反容疑で逮捕された。埼玉県警蕨警察署の巡査部長(43)は東京のプールで盗撮した容疑がある。岐阜県警の警察官は大阪府のプールで痴漢した容疑がある。警察不祥事は他所の都道府県で行うようにしているのか。それとも所属する都道府県の警察不祥事は隠蔽されるため、他所の都道府県で起こした警察不祥事が報道される傾向になるのか。

民間には通用しない公務員感覚にプレミアムフライデーがある。わざわざ月末の忙しい時期に休めると考える公務員感覚が非常識である。

警察不祥事や不当逮捕や家宅捜索など警察の捜査権濫用による人権侵害、冤罪などを扱う。
【書名】警察不祥事/ケイサツフショウジ/Police Scandals
【著者】林田力/ハヤシダリキ/Hayashida Riki
【出版社】江東住まい研究所/コウトウスマイケンキュウジョ/Koto House Laboratory

『不当逮捕レビュー』
『不当逮捕と報道』
『不当逮捕サスペンス』
新宿署痴漢冤罪裁判
警視庁の名誉毀損捜査に不当捜査批判
マンション建設反対運動の不当逮捕に無罪確定
家宅捜索の不当を大成建設抗議
リニア談合は不当逮捕か
リニア談合に人質司法批判
埼玉県警巡査が乳児揺さぶりで死なせる
埼玉県警巡査部長が迷惑防止条例違反容疑で逮捕
さいたま市桜区道場でネズミ捕り
群馬県警の警部補を強盗事件で指名手配
長野県警は淫行、岐阜県警はストーカー
高知県警の巡査がセクハラを繰り返す
神奈川県警Twitterがセクハラ発言で炎上
神奈川県警パワハラ拳銃自殺裁判
彦根署交番で巡査が同僚警察官を射殺
千葉県警巡査長が児童買春に証拠品廃棄
大分県警の捜査資料がFacebookに流出
群馬県警高崎署でセクハラ
岩手県警元警部補を傷害容疑で書類送検
山梨県警笛吹署が健康ランドから無料温泉券を受領
『99.9-刑事専門弁護士』
『99.9 -刑事専門弁護士-SEASON II』
『白日の鴉』貧困ビジネスと冤罪
『ポチの告白』
「ポチの告白」寺澤有氏が語る
『警察庁出入り禁止』
『報道されない警察とマスコミの腐敗』警察と報道に共通する問題
『不当逮捕 築地警察交通取締りの罠』
『日本の公安警察』
『国策捜査 暴走する特捜検察と餌食にされた人たち』
『司法官僚 裁判所の権力者たち』
『あたりまえの組合活動があぶない』
盗聴法拡大・司法取引導入に反対する法律家と市民のデモ
『止めよう!市民監視(アベノリスク)五本の矢』
共謀罪の現実と行動
共謀罪(テロ等準備罪)と著作権法
共謀罪か、テロ等準備罪か
組織犯罪処罰法
組織犯罪処罰法改正案
二次創作
非親告罪化
自白
Dickerson事件
『無実の人々とともに—松川救援から国民救援会へ』
『決断 謀略・鹿地事件とわたし そして国民救援会』
『一社会運動家の回想』
『広場の証言 メーデー裁判20年と私』
失敗の本質
太平洋戦争陸戦概史
太平洋海戦史
福井の子犬工場の不起訴に失望
危険ドラッグ事件が続発
東京都が危険ドラッグを製造販売禁止薬物に指定
大阪府の脱法ハーブ規制条例
脱法ハーブ事件簿

2018年9月19日水曜日

パワハラ

林田力『パワハラ』(江東住まい研究所)はパワーハラスメント(パワハラ)やセクハラ、過労死、過労自殺、雇用、労働問題を取り上げる。パワハラは陰惨な暗さと、悪どい貪欲と狡猾さで、人の気持ちを打ち砕く。人間が屈辱を忍ぶことにも限度がある。ブラック企業には人間の弱点を利用して儲ける不潔なからくりや無道な手段を弄する悪臭がある。
パワハラは昭和の日本型組織の悪癖である。警察組織のパワハラが目につく。目の前を火を消すことに思考停止して、特定人に負担を押し付けることを正当化する無能公務員体質がパワハラを生む。これは警察不祥事とも重なる。責任を避けようとするために大事なものを見失う愚かさを責めなければならない。
パワハラは過労死や自殺の原因になる。東急ハンズ過労死の背後には長時間労働やサービス残業強要に加え、パワハラが存在した。過労死した心斎橋店員はマネージャーから罵倒されていた。
パワハラは殺人になる。死に至るようなパワハラ事件に対して、パワハラと書くと「パワハラじゃなくて殺人」との反論が出そうである。殺人との評価を否定するつもりはないが、「パワハラではない」とする論理にはパワハラを軽いものとする発想が感じられる。パワハラという表現を避けるべきではなく、「パワハラかつ殺人」と表現できる。パワハラを直視することが命を守ることになる。
【書名】パワハラ/パワハラ/Power Harassment
【著者】林田力/ハヤシダリキ/Hayashida Riki
【出版社】江東住まい研究所/コウトウスマイケンキュウジョ/Koto House Laboratory

過労自殺とパワハラ
埼玉県警で繰り返し水に沈めて溺死
神奈川県警パワハラ拳銃自殺裁判
大阪府警のパワハラ自殺に公務災害
彦根署交番で巡査が同僚警察官を射殺
神奈川県警Twitterがセクハラ発言で炎上
高知県警の巡査がセクハラを繰り返す
群馬県警高崎署でセクハラ
懇ろセクハラ野次は九州と言い訳
はあちゅう氏が電通時代のセクハラ・パワハラを告発
質屋銀蔵セクハラ事件が東京高裁で原告逆転勝訴
ステーキのくいしんぼ過労自殺訴訟
オリンパス制裁人事第2次訴訟
オリンパス制裁人事第2次訴訟第4回口頭弁論
立正佼成会附属佼成病院過労自殺裁判
矢田部過労死裁判
矢田部過労死裁判上申書
東急一時金請求裁判控訴審
新運転・事故防ピンハネ返せ訴訟決起集会
新運転、事故防ピンハネ返せ不当判決糾弾
大和ハウス工業が残業代不払いで是正勧告
専修大学解雇撤回訴訟控訴審判決
杉並区立図書館雇い止め裁判上申書
農協のサービス残業
農協で金銭着服相次ぐ
大東建託の内幕
名ばかり管理職
ここにも世代間格差『名ばかり管理職』
働く、働かない、働けば
老人たちの裏社会
七時間半
退職代行サービス
自己管理への期待
転職と過労死
キャリアデザイン
ベーシックインカム

2018年9月18日火曜日

虚空遍歴

山本周五郎『虚空遍歴』(新潮文庫)は長編時代小説である。文庫本上下巻である。
旗本の次男が侍の身分を捨てて浄瑠璃の世界に生きようとする。自分を殺して忠義に生きるステレオタイプな時代小説の対極にある作品である。明治や昭和から見た封建社会とは異なり、21世紀の現代人に響く内容がある。著者の長編小説では『樅ノ木は残った』が有名であるが、忠義に生きることだけが著者の小説ではない。私が国語の教科書で初めて著者の作品に接した。それは武士を否定する作品であった。そのために本作品の方に著者らしさを感じる。
本書には心中物の芝居に対する批評が登場する。そこでは「「人間が死のう」と決意することくらい絶望的なものはないのに、この浄瑠璃には二人ののっぴきならぬ気持や絶望感よりも、その死を「美化する」ことにかかっているようだ」と手厳しく批判する(129頁)。現代人の感覚から心中物に感じる拒否感と重なるところがある。芝居の世界の中々食べていけないところも現代と重なる。
公認の遊郭とは別に出会い茶屋のようなものがある。違法であるが、与力が副業で経営している(166頁)。現代において警察官が密かに風俗店を経営するようなものである。
本書は、さいたま市立桜図書館で借りたものであるが、登場人物の一人の実家は浦和であった(182頁)。
主人公は大阪に行く。大阪は商人の街である。今日では関西弁はお笑いのイメージがある。これに対して、主人公は上方を暗くて陰険と感じる(391頁)。この感覚は新鮮である。儲けを追求すること自体は悪くないが、他人を出し抜いて自分が浮かび上がろうという卑怯さを感じるためだろう。

2018年9月15日土曜日

大東建託の内幕

『大東建託の内幕』は賃貸アパート経営の大東建託の問題を明らかにした書籍である。消費者には安定した家賃収入を謳った詐欺的商法、従業員にはパワハラ体質と真っ黒である。
根本的には不動産投資、賃貸経営というビジネスモデルに欠陥があると感じた。真っ当なビジネスは売り手が何らかの価値を提供し、買い手は対価を払う。ところが、不動産投資勧誘会社が提供するものは賃貸住宅であるが、買い手は賃貸住宅を求めていない。家賃収入という言葉に惹かれただけである。賃貸住宅は賃借人に価値を提供するものであるが、この取引では賃借人は出てこない。需要に応じた価値ではない。
賃借人を考えない賃貸住宅が賃借人から選ばれ続けることはあり得ず、家賃収入は行き詰まる。不動産投資勧誘会社の口車に乗って不動産投資をすると借金ばかり残ることになる。不動産投資勧誘会社が価値を提供せず、オーナーにリスクとコストを押し付けている。
個人的な経験になるが、このリスクとコストを相手に押し付ける体質は私にも思い当たるところがある。私はある政治塾で大東建託出身の都議会議員選挙への立候補希望者に会ったことがある。意気投合した後で彼女は私に供託金を出すことを求めてきた。供託金分の金額の借用を求めるどころか、私自身が供託に行くことを求めた。自分は全くリスクを負わず、相手に押し付けるだけであった。
著者はジャーナリストであり、埼玉県警の機動隊員溺死事件なども取り上げている。私は著者と一緒にジャーナリスト講座の動画に出演したことがある。

2018年9月14日金曜日

中野相続裁判さいたま地裁

中野相続裁判さいたま地裁の第4回口頭弁論は11月30日10時半から開かれます。傍聴をお願いします。
第3回口頭弁論が開かれました。長女側は準備書面などを陳述し、陳述書などの証拠を提出しました。長男夫婦がリフォームによって母親の部屋を納戸にしたなど長男夫婦が母親を大切にしていなかった事実を主張立証しました。長男夫婦に相続人や受贈者を主張する資格があるか訴えました。
裁判長は共有物分割の対象と割合について意見の対立があると指摘しました。長男が対象にしていない物は審理の対象にならないとして、長女側で考えるように求めました。最後に裁判長は公正に分割したいとまとめました。
次回も口頭弁論になります。長男夫婦の代理人は非公開の弁論準備手続きを期待していましたが、裁判の公開原則を何と考えているのでしょうか。長女は弁論準備手続になるとしても、公開法廷に近い形と要望を述べました。長男夫婦は相手の住所地ではなく自分達の住所地の東京地裁で提訴するなど身勝手が目に余ります。
弁論後に長女の支持者が集まり、報告集会を開催しました。そこでは遺言書が仏壇の戸袋から出たという話が不自然と指摘されたました。遺言作成者が戸袋に隠すことは考えられません。それが2年間見つからないままであることはあり得ません。作為があると誰でも分かると。腑に落ちないことを腑に落ちないまま忘れることはできません。

ドラゴンボール超

『ドラゴンボール超』は大人気漫画『ドラゴンボール』の続編である。破壊神ビルスが来襲する。映画作品を下敷きにしている。
バトル物の漫画はバトルの連続になってしまうという落とし穴がある。『ドラゴンボール』の連載終了には、その要素があった。本作品もバトル中心であるが、孫悟空の理解力の低さなどの笑いがある。また、破壊神ビルスなどの新キャラクターは単に倒すべき敵ではない。別次元の存在であり、物語の奥行きを広げる。巨大なドラゴンボールという謎も出てきた。タイトルの『ドラゴンボール超』も続編として超を付けたという以上の意味を持つ。
後半は天下一武道会のような展開である。『ドラゴンボール』は、本来はドラゴンボールを探す冒険漫画であり、天下一武道会は幕間と言ってもよいものであった。しかし、読者にはドラゴンボールと言えば天下一武道会と言えるほど印象が強い。ピッコロ大魔王との決着を天下一武道会で行うなど重要な舞台になっている。天下一武道会風の展開は『ドラゴンボール』の精神を継承している。

2018年9月13日木曜日

地理9月号

地理9月号は「都市×若者×観光」を特集する。直近では台風21号と北海道地震という大ニュースがあるが、本書には反映されていない。日本社会には全員総出で目の前の火を消すことに注力するような近視眼的な傾向がある。本誌の月刊誌という時間軸は落ち着きを与えてくれる。
金延景「若者の新たな観光・レジャー空間としてのエスニックタウン」は大久保コリアタウンを取り上げる。近年は海外旅行離れが指摘されるが、異文化への関心が薄れている訳ではなく、コリアタウンのような身近な消費意欲は旺盛である。マイルドな辛さが人気のチーズタッカルビのように日本人の嗜好に合わせたというメリットもある(37頁)。スポットを回るだけの海外旅行以上に地に足着いた体験になる可能性がある。
磯野巧「若者によるインバウンド需要への対応」は渋谷駅周辺の外国人観光客向け街頭ボランティアガイドを紹介する。外国人観光客にとってハチ公像やスクランブル交差点は撮影スポットであるが、多くの観光客は撮影したら別の場所に行き、渋谷の消費に結び付かない。そのためにボランティアガイドの意義は大きいが、渋谷駅の案内が多い(53頁)。渋谷再開発によって渋谷駅は日本人でもうんざりするほど複雑になり、不便になった。その尻拭いをボランティアがしているならば、ボランティアの活発化を喜べない。ボランティアに成り立っていること自体がシステムの欠陥を示すことになる。

2018年9月11日火曜日

僕のヒーローアカデミア

『僕のヒーローアカデミア』は個性と呼ばれる特殊能力を持つことが一般化した未来でヒーローを目指す少年漫画である。週刊少年ジャンプ連載作品。アニメ化された。略称はヒロアカ。
個性を持たないというディスアドバンテージを持った少年が熱意と努力で突き進む。昭和の王道的な少年漫画に近い。効率的に任務を目的を達成することよりも人を助けることを評価する。その行動が他人を動かす。師匠ポジションのオールマイトも今風の漫画ならばイケメンになりそうであるが、そうではない。
21世紀では昭和の王道は古いと、やる気のない主人公のように、そこから外れた作品が目立つが、本作品は直球である。本作品が人気であることは少年の嗜好が先祖帰りしたのだろうか。
主人公は物語開始時点では中学3年生である。ヒーロー育成のエリート高校入学を目指す。これは形を変えた偏差値輪切り教育ではないか。頑張って上を目指すという昭和の立身出世主義を感じる。漫画の世界では偏差値輪切りのアンチテーゼを提示して欲しい気がする。それとも、ゆとり教育が普及して今の少年には逆に偏差値輪切り教育に価値を見出だすようになっているのだろうか。
この高校の食堂はシェフのヒーローによって最上の食事を提供するが、あれこれ料理を考えても結局、白米に落ち着くという。ここは共感した。その気持ちは理解できる。

2018年9月10日月曜日

老人たちの裏社会

『老人たちの裏社会』は暴走老人を取り上げた書籍である。人間は誰しも年を取るが、こうはなりたくないものである。その点で何故、暴走老人になってしまうかという観点から読み進めた。
私が感じた大きな原因は孤独である。但し、孤独が悪い訳ではない。むしろ、暴走老人のトラブルは人間関係の中から生じているものが多い。孤独への耐性が乏しいことが原因である。これは昭和の集団主義で走ってきた日本社会の問題である。今はゲームでもレジャーでも「おひとりさま」で十分に楽しめるのに勿体無い話である。この点は個人主義が高まった私のようなロスジェネ世代は安心である。逆にロスジェネ世代よりも下の世代の方がコミュニケーション至上主義があり、昭和の集団主義を懐かしむ感覚もあり、危うさを覚える。
第二にバブル時代の成功体験から抜け出せず、その時の感覚のままの言動になってしまうという原因がある。これもロスジェネ世代には無縁である。むしろバブル経済の無駄遣いで資産を食い潰したから自分達が就職氷河期で苦しんだという恨みさえある。
第三にパワハラやセクハラ、モラハラに敏感になるなど受け手の意識の向上もある。この点では暴走老人は最近増えているというよりも、昔からいたが我慢させられていたとの見方も成り立つ。

2018年9月9日日曜日

るろうに剣心7巻

『るろうに剣心』7巻は京都篇が幕を開ける。幕を開けると言っても京都に着いていない。東京を出発するまでで丸々1巻が費やされる。しかし、単なる導入部と侮るなかれ。幕末明治を駆け抜けた歴史上の人物が登場し、歴史上の事件が描かれる。
剣心が戦わなければ物語は成り立たないが、京都篇は明治政府の尻拭いのための戦いである。周りのキャラクターの言う通り、剣心が戦う必要はない。目の前の問題を解決するという名目で特定人に負担を押し付ける。特殊日本的集団主義は現代日本に通じる問題である。本書に描かれた明治政府の腐敗、傲慢、身勝手も現代日本の官僚制に通じる。
本書は大久保利通を議会開設論者と描いている。これは興味深い。一般にはプロシア風の外見的立憲主義を進めた伊藤博文が大久保の継承者と見られる。しかし、伊藤は大久保の専制的な面の継承者で、伊藤と大隈重信の両方が継承者と言えるかもしれない。大久保が生きていたら、明治政府がもう少し民主的になったかもとの妄想も全く成り立たないものではないだろう。

月は無慈悲な夜の女王

ハインライン『月は無慈悲な夜の女王』はSF小説の古典である。人類が月に移民し、月生まれ、月育ちの世代もいる未来が舞台である。月は地球連邦の植民地として収奪されていた。その月が独立を目指し、地球連邦と戦う。アメリカ独立戦争を連想させる。無料の昼飯はないとのスローガンは自由を求める人の覚悟を示している。
一方で宇宙開発が夢や希望ばかりの世界ではないことを本書は教えてくれた。月に暮らすと体が低重力に慣れてしまい、地球に帰れなくなる。これは恐ろしいことである。
また、月からの地球への攻撃は、地球に暮らす人間としては恐ろしい。物語は大団円となったが、地球側としては月を徹底的に破壊しなければ安心できないのではないか。むしろ宇宙移民は地球に暮らす人とは違うという感覚を抱かせてしまう。そこを思い止まらせ、月に感情移入させる要素が地球連邦の強権である。
宇宙移民による地球への一方的な攻撃と地球連邦の腐敗は機動戦士ガンダムとも重なる。ガンダムでは主人公は連邦側であるが、連邦の救い難い腐敗が描かれ、ジオンの人気が高い。

2018年9月7日金曜日

小説響

小説響は人気漫画『響』の映画版のノベライズである。人気先行、話題先行のキャスティングと思ったが、想像以上に原作キャラクターの雰囲気を出している。
自分を曲げない主人公が人気になった。但し、すぐに暴力に走ることは、文学作品を生み出す存在としてどうなのかという感覚がある。主人公のような憤懣を抱えた人物の作品とならば怒りを反映した作品になり、一般受けしにくいのではないだろうか。
また、漫画ではすぐに手を出す女性が意外感があって面白くても、それをそのまま実写では粗暴なだけの人物に映ってしまう危険がある。実際、実写映画の『銀魂』の志村妙は漫画の奥ゆかしさを感じにくかった。また子も漫画では紅桜の危険性を指摘するなど洞察力を示したが、実写では粗暴なだけになってしまった。
天才少女を主人公とした話であるが、ラストでは売れない作家と交錯させる。天才ではない人へのフォローもある作品である。
一方でパトカーに大人しく乗せられる結末は、らしくない。妥協しないキャラクターならば警察官相手に暴れてもおかしくない。警察官に暴れるのはヤバイと計算して行動するキャラクターだとしたら面白くない。相手の人格を尊重しない警察官の言動に怒ることがあっても良い。

2018年9月5日水曜日

ワンピース90巻

尾田栄一郎『ワンピース90巻』(集英社、2018年)はホールケーキアイランド篇が終結する。世界会議が描かれ、ワノ国篇が始まる。
前巻でルフィの強敵にふさわしい存在感を示したカタクリとブリュレのエピソードが良い。前巻の卑怯な妹とは大違いである。ビッグマムの子ども達の中でブリュレは麦わらの一味の最大の被害者であり、良いところがなかったが、最後に株を上げた。
ルフィ達は非常に有名になった。これまではクロコダイルの野望阻止などの実績が隠蔽される傾向にあったが、今回は城の崩壊も計画とされるなど実績以上に評価されている。虚名が付いている。
世界会議では懐かしいキャラクターが集合する。ここでは支配体制の横暴が描かれる。世界政府の体制を打ち砕かなければ物語はおさまらないだろう。
ワノ国は不思議な世界である。前近代の日本をモチーフにしただけでは描けない世界である。空島が登場した時に、これを超える不思議な世界は無理ではないかと思ったものだが、作者の想像力は潤沢である。

2018年9月4日火曜日

シューリマン旅行記清国・日本

シューリマン『シューリマン旅行記、清国・日本』は西洋人による19世紀後半の清国と日本の旅行記である。清国では万里の長城を訪れた。日本は幕末である。
清の否定的評価の後に日本の肯定的評価がなされるため、日本人の民族的自尊心を高める書籍である。しかし、清の社会の堕落にはイギリスが売りさばいた阿片があることを考慮しなければ公正ではない。
この点は現代の日中を比べると不安になる。現代では依存性薬物の刑罰は日本よりも中華人民共和国の方がはるかに厳しい。日本では有害な依存性薬物を合法ドラッグと称して販売するようなモラルに欠けた状況であった。その危険ドラッグの原料の多くは中国から輸入されている。中国で厳罰に処せられるものが日本で販売されるという逆転現象が起きている。
日本の美点として物の少ないシンプルな生活が挙げられる。これも現代の消費を煽る傾向とは異なる。
著者は日本では少ない生活費で生活できると驚嘆する。
シューリマンが幕末の日本を評価したからといって、現代日本人があぐらをかくことはできない。

2018年9月3日月曜日

邪馬台国は朱の王国だった

『邪馬台国は朱の王国だった』は朱の観点から邪馬台国と大和朝廷に迫る書籍である。本書は産業史の観点で述べる。神話も産業史の観点で読む。人間ドラマが好きな向きには厳しいかもしれない。これは誉め言葉になるか微妙であるが、本当の意味で唯物史観と言えるかもしれない。唯物史観による英雄史観批判は一つの学問的進歩であったと思うが、世の唯物史観の信奉者達を見ると経済観念が乏しく、政治談義が大好きとの印象を受ける。資本主義を批判したくて仕方ない、経済を管理したくて仕方ないというイデオロギーが歴史認識を歪めているのではないか。それに比べると、本書は本当の意味で下部構造を語っている。
邪馬台国や大和朝廷の時代は農業社会とのイメージがあるが、本書では想像以上に交易が活発であったことになる。古代の歴史を交易中心で考えることはフェニキア人など世界史とも重なる。
本書が提示した古代日本は鉱物資源の輸出で潤った金満国家である。現代の中東産油国のイメージである。オイルダラーに相当する潤沢な資金で建造されたものが世界でもユニークな巨大古墳である。鉱物資源が枯渇すると古墳は建造されなくなった。
この話を聞くとバブル経済時代の無駄遣いを連想した。

温水器点検の勧誘電話

さいたま市桜区民の生活の中での困り事として迷惑勧誘電話は大きいです。マンション投資と電話インターネット回線が迷惑勧誘電話の双璧です。
マンション投資の迷惑勧誘電話は勤務先にかけられるものが悪名高いですが、自宅固定電話にも来ます。マンション投資の迷惑勧誘電話は土地勘のない東京都内のワンルームマンションを勧めてきます。他所の地域は地価の相場が分からないため、割高の物件を売り付けられるという魂胆です。迷惑勧誘電話が多いため、固定電話を持ちたくないとの声もあります。
迷惑勧誘電話には温水器の点検もあります。定期的に受けなければならない点検のような様子で電話してきます。消費者側で勝手に善意に解釈することは危険です。「東京電力からの話ですか」「定期的にしなければならない点検ですか」と質問して下さい。質問してようやく自社のキャンペーンであると答えます。「東京電力と関係あるのですか」と確認することは意味があります。東京電力を騙ったならば、東京電力との関係で問題になるためです。

2018年9月1日土曜日

銀河英雄伝説3巻

藤崎竜『銀河英雄伝説』3巻はイゼルローン要塞の攻略戦である。ヤン・ウェンリーの同期で秀才の誉れ高いマルコム・ワイドボーンが登場する。原作のワイドボーンは傲慢なキャラクターであった。本作品では過信はない。士官学校のシミュレーションでヤン・ウェンリーに敗北した際は何故、負けたのか自省している。さらにラインハルトの天才を見抜いている。
原作ではラインハルトとヤンの二人の天才を際立たせるために他のキャラクターをどうしようもなく無能に描いているのではないかと思うことがある。しかし、それではランキングやヤンは相対的にまともというだけで天才にはならない。むしろ、ワイドボーンの有能さを描き、ラインハルトを舐めずに全力で対峙し、それでも敗北したと描く方がラインハルトの天才が際立つ。原作で軽視されていたキャラクターを再構成する。二次小説を読むような面白さがある。
表紙はキルヒアイスである。本作品のキルヒアイスはムキムキである。スマートな印象があり、そこは違和感がある。
ビッテンフェルトも豪放磊落なイメージではない。