2018年7月31日火曜日

王様の仕立て屋

『王様の仕立て屋』はナポリの日本人の仕立て屋を主人公とした漫画である。一話完結型の作品である。顧客の服を仕立てることで、顧客の抱えていた問題を解決していく。『美味しんぼ』が料理、『ギャラリーフェイク』が美術を通して人の抱えていた問題を解決することに重なる。
『王様の仕立て屋』とのタイトルであるが、王室御用達ではない。そのため、王宮政治的な話はない。消費者が王様ということになるだろうか。それは東急不動産消費者契約法違反訴訟(東急不動産だまし売り裁判)原告として喜ばしい価値観である。
主人公は時代かかった言葉遣いをしている。それが職人らしさを表している。気取ったデザイナーとは別種の存在であることを示している。価格と品質が比例するというような浅ましい拝金主義ではない。
多くの人々にとってレディメイドの服を購入することが当たり前になっているが、オーダーメイドの服の良さが感じられる作品である。しかし、単純に昔は良かったとはならない。主人公の特徴は超特急で仕立てることである。

2018年7月29日日曜日

テイクツー第7巻

テイクツー第7巻では焼きそばソースを発端とするヤクザの抗争事件が勃発する。一方のヤクザの親分が無茶苦茶である。常識外れの主張を押し通す。抗争の泥沼化は必然である。若頭の林田与一には常識がある。常識的な提言をするが、親分には否定される。親分の異常性が際立っている。
ヤクザの論理に親が黒と言えば黒というものがある。本書の菊水会は、その論理通りの組織である。しかし、ヤクザ作品などで登場する真っ当なヤクザは、そこまで親分の理不尽な専横はない。どちらかと言えば、親が黒と言えば黒はダメなヤクザ組織を象徴させている。そして、このような体質はヤクザに限らない。公務員組織など日本の古い体質の組織に広く見られるものである。ヤクザの反社会性ではなく、特殊日本的集団主義の問題である。

2018年7月28日土曜日

市民選挙研究会、住民監査請求

市民選挙研究会が2018年7月に東京都新宿区で開催されました。私も参加しました。原則毎月開催する研究会です。
小金井市の監査請求の話が印象に残りました。報酬が11000円と規定されているのに、小金井市が10000円しか払っていなかった問題です。小金井市のミスは明らかですが、小金井市は、報酬を10000円と規定するところ、11000円と誤記したと主張しています。これが通るならば本来の正しい報酬が10000円で、10000円の報酬を受け取っていた人は損をしていないという言い分が出てきかねません。ルール無視の論理です。
私には似たような経験があります。私が購入したマンションは東急コミュニティーに管理を委託していましたが、東急コミュニティーは契約書に定められた点検回数よりも少ない回数で点検していました。真相発覚後に東急コミュニティーは契約書の記載が誤りで、実際の点検回数が正しいと正当化しました。東急コミュニティーは管理組合からの管理委託費値下げの依頼も拒否しました。管理組合は管理会社を東急コミュニティーから独立系に変更しました(林田力『東急コミュニティー解約記』Amazonキンドル)。
日本では声の大きいものの都合でルールが歪められ、負担や我慢を強いられがちです。小金井市の監査請求でルールを貫徹させたことは喜ばしいことです。

2018年7月26日木曜日

進撃の巨人24

進撃の巨人24巻は引き続きマーレが舞台である。また、ライナーの視点で壁の中への潜入生活が描かれる。最初からトラブルに陥っていた。不確定要素の多い無理な作戦であった。物語の冒頭でエレンらに絶望をもたらした壁の破壊であるが、破壊する側も余裕のない状況であった。
マーレの話では新たにタイバー家という名家が登場する。エレディア人の貴族であったが、マーレに味方してマーレで名家として扱われている。
黒幕として裏から操る一族との設定は、ロスチャイルドやロックフェラーを連想する。裏切った一族が裏切った先で勢力を持つ設定は田中芳樹『タイタニア』と重なる。
このまま壁の中を攻める話が進んでいくかと思われたが、この巻の終わりは意外な展開になる。これはライナーと同じくらい意表を突かれた。度肝を抜かれた。マーレを舞台とした叙述は読者に巨人の謎を説明する以上の物語の展開上の意味を持っていた。
過去の『進撃の巨人』はエレン達の認識した範囲で描かれたため、謎は中々分からなかった。これに対してマーレ編は与えられる情報量は多い。しかし、ここに来てエレン達は何をやっていたのかという謎が出てきた。

2018年7月25日水曜日

中東

中東の歴史を解説した書籍である。米国同時多発テロによってイスラム=過激派テロリストという決めつけがなされることの憂慮がある。本書は歴史を叙述することで、その決めつけを払拭しようとする。これは良いことである。イスラムに好意的な立場には左翼学生運動や日本赤軍の伝統を引きずっているのか、アメリカ帝国主義に対抗する勢力としてイスラムに期待したいという本音が見え隠れするものがある。ソ連の崩壊でソ連型社会主義には誰も見向きをしなくなった。それでもアメリカを認めたくないオールド左翼が代わりの旗印としてイスラムに期待する構図である。しかし、これは逆にイスラム理解の妨げになる。オールド左翼とは異なる人々のイスラムへの偏見を助長しかねない。
イスラム教にはスンナ派とシーア派の対立がある。
イスラム教はムハンマド以来、破竹のように広がったイメージがある。しかし、民衆に根付いたのは、神秘主義が広がったためとする。日本で鎌倉仏教によって仏教が民衆に根付いたことと重なる。時代的にも重なっている。
興味深い点はオスマン帝国をビサンツ帝国の継承者としていることである。イスタンブールとなって国際的な都に戻ったとする。

2018年7月19日木曜日

アッカ監察課

オノ・ナツメ『ACCA13区監察課』は架空の近代国家ドーワー王国を舞台とした漫画である。主人公ジーンは監察課の副課長である。何を考えているか分からないキャラクターである。データ送信時刻の差異から不正を見抜くところは切れ者である。データのチェックが主体の地味な仕事での見せ場になる。
やる気はなさそうであるが、実力はあるキャラクターは新しいタイプのヒーローである。昭和的な前に進むだけの頑張ります精神に魅力を感じにくくなっている時代を反映している。
本作品には、お洒落な雰囲気がある。しかし、実は全くお洒落ではない。ジーンには「もらいたばこのジーン」という大層な異名があるが、たかりであり、本来ならば恥ずかしいことである。公務員的な存在として最も許されないことである。
また、監察課のメンバーはおやつのケーキを楽しみにしている描写ばかりで、仕事をしているように見えない。別に足を棒にして頑張ることを求めるつもりはない。ジーンのようにデータから問題を見抜くならばケーキを食べても良いが、そのような描写はない。民間労働者としては公務員批判をしたくなる。このように実態はお洒落でないのに、お洒落な雰囲気にしてしまう作者の作品世界の構築力は恐るべきところである。

2018年7月17日火曜日

からかい上手の元高木さん

『からかい上手の元高木さん』は、山本崇一朗『からかい上手の高木さん』のスピンオフ漫画である。大人になった高木さんを描く。高木さんは結婚して名字が変わり、娘が産まれた。『からかい上手の高木さん』のその後が幸福な展開になっていることは喜ばしい。
『からかい上手の高木さん』のような強烈な笑いは乏しい。本家あってのスピンオフと感じた。代わりに小さな娘が親を振り回す要素が強い。この点で『よつばと』に重なる。但し、『よつばと』では周囲の大人との交流で話が広がっていくが、『からかい上手の元高木さん』は家族内で完結する傾向がある。
これは『からかい上手の高木さん』からの傾向である。『からかい上手の高木さん』は登場人物が少ないことが特徴である。思春期ならば互いに西片くんや高木さんのことばかり考えていても面白いが、社会人となると現実感が乏しくなる。滅私奉公の仕事中毒は時代遅れであるが、マイホーム主義も昭和の遺物である。個人が見えない点で裏返しの関係にある。

2018年7月16日月曜日

インド変わる大都市圏

地理2018年7月号は「インド変わる大都市圏」を特集する。近代化が進むインドの大都市圏を紹介する。
インドの発展は、社会主義計画経済色のある混合経済をやめてからである。官僚主導経済は個人を抑圧し、停滞をもたらす。これは日本も反省が求められる。高度経済成長の成功体験に囚われている分、日本は発展途上国に追い抜かれつつある。
インドと言えばカースト制度が近代化の障害となっている。20世紀の地理教育では依然としてカースト制度は強固と習った記憶がある。ところが、都市化によって身分と結び付いた伝統的職業がなくなり、弱まっている。それを「住民間の社会関係が分断されたアーバンビレッジでは、増大する地域問題を解決する地域の主体がなくなり、その解決はより困難になった」とマイナス面を評価している(澤宗則「大都市近郊農村からアーバンビレッジへの変容」47頁)。このような評価が出るところにカースト制度が現実に弱まっていることを実感する。何とかしてカースト制度を克服しなければならないとの問題意識からは考えられない評価である。

2018年7月14日土曜日

進撃の巨人23

『進撃の巨人』23巻はマーレの話とエレン達の話が平行する。マーレの話は別個の展開ではなく、エレン達に関係する話であった。
『進撃の巨人』は圧倒的な巨人に食べられる無力な人間という展開が話題であった。ところが、外の世界では科学技術の発達によって巨人の優位性が減少している。昭和のゴジラは過去のものになり、地球なめんなファンタジーというジャンルが登場した社会を反映している。
真相を知った政府首脳部は国民に情報公開を行う。これは素晴らしい。日本政府ではできないことである。これだけでも革命が起きて良かったと言える。
エレンは中二病扱いされる。シリアスな展開の中でシリアスな雰囲気を壊さずにギャグが入る。このような作品は中々ないだろう。
リヴァイとミカサ・アッカーマンは超人的な戦闘力を持っている。

ワンピース89巻

尾田栄一郎『ワンピース89』(集英社)はビッグマム編がほぼ終わる。完全に終わりではない。ルフィとカタクリの死闘に決着がつく。カタクリはルフィの強敵にふさわしい存在である。勝つために手段を選ばない卑怯者は強敵キャラクターとしても相応しくない。日本大学アメリカンフットボール部の違反行為は多くの人々を怒らせ、日本大学のイメージを失墜させた。
カタクリには兄弟姉妹にも隠している秘密があった。これまでは秘密を知られた人を殺してしまうほどであったが、ルフィとの闘いの最終局面ではさらけ出した。カタクリも一皮剥けて、これまでよりも強くなるのではないだろうか。
強敵カタクリとの対決はルフィが独力で進めるが、それ以外の点では多くのキャラクターに助けられている。これを万策尽きると、お助けマンが登場する御都合主義とネガティブに評価する向きもあるだろう。しかし、一人の力が圧倒的で、現実世界のバトルのように数量の優位性が機能しない世界で、仲間や友情の描き方として意味がある。強敵との闘いを直接手助けはできないが、ルフィができないことを行う。仲間を単なる解説者や応援者にしない。

はたらく細胞ブラック

『はたらく細胞ブラック』は体内細胞擬人化漫画『はたらく細胞』をブラック労働に置き換えたスピンオフ漫画である。表紙の赤血球と白血球は『はたらく細胞』と男女が逆パターンである。
ブラック企業は社会問題になっている。ブラック企業の周りにはブラック士業なども蠢いている。『はたらく細胞』では細胞達が自発的に楽しく働いているように見えるが、そのような職場環境ばかりかということは誰しも思うことだろう。その意味で好企画である。
本作品の人体はストレスや喫煙などブラックである。このために細胞の労働環境も過酷である。それでもブラック企業という観点では物足りなさがある。ブラック企業の最もブラック企業らしい特徴はパワハラだろう。東急ハンズ過労死事件は長時間労働としては相対的に少ないものの、高額の損害賠償が命じられた。そこにはパワハラの存在が考えられる(林田力『東急ハンズ問題』アマゾンKindle)。本作品は東急ハンズのパワハラのようなブラック企業らしさが乏しい。大変な状態であるが、皆で頑張って何とかしようという世界である。

2018年7月13日金曜日

ミスタージパング2

椎名高志『MISTERジパング』(小学館)第2巻は蜂須賀小六とのエピソード「蜂須賀村の決闘」の続きである。タイトルが映画作品のタイトルを連想させる点は『ゴーストスイーパー美神極楽大作戦』に重なる。因みに第1話は「天下を狙え」であった。
歴史漫画であるが、現代感覚が随所に出る作品である。この点は同じ週刊少年サンデー連載作品の『虹色とうがらし』と共通する。
織田信長と蜂須賀小六の対立を日吉の知恵で回避しようという展開であるが、無理を感じた。信長は小六と全面対決するつもりはなく、実行者を差し出せば撤収すると考えているが、実行者が小六本人でなかったとしても、無法に乱暴を働いた訳ではない人物を差し出す理不尽を小六が受け入れることはないだろう。信長の考えでは全面対決に至るだろう。
蜂須賀村に圧力をかける織田方が暴走族風である点も信長の浅慮を印象付ける。うつけ者や傾き者を昭和のヤンキーや暴走族に重ねることは安直である。たとえば『花の慶次』で描かれた本物の傾き者はヤンキー暴走族のような自称傾き者を潰す存在であった。ヤンキーが恥ずかしい風俗になった現代ではヒーローを暴走族風にすることはマイナス効果だろう。
続く鷹狩りの話では信長がゲームの枠組みを崩すような戦い方をする。

東急リバブル東急不動産のマンションだまし売りに対しては消費者の怒りの鍋がグツグツと煮えくり返ります。具材が全部溶けて、スープと化してしまうほど煮えたぎります。

2018年7月11日水曜日

ミスタージパング

椎名高志『MISTERジパング』(小学館)は戦国時代を舞台にした歴史漫画である。週刊少年サンデー連載作品。豊臣秀吉の少年時代・日吉が主人公である。天文17年(1548年)の尾張国の森の中で日吉は強盗に遭っていた。そこで織田信長と徳川家康(松平竹千代)に助けられる。そこから信長との接点が生まれる。
信長は常識人から見ればうつけであり、暴君であるが、実は考えているキャラクターと描かれる。破滅的な戦争に突き進んだ第二次世界大戦の日本軍人よりは、はるかに理性的である。
日吉は武力はないが、他の人が思いつかない知恵で解決するキャラクターである。日吉の知恵は相手をだまして利用する悪徳不動産業者のような卑怯なものではない。自分の責任を逃れるために相手に我慢や負担を押し付ける無能公務員のようなものでもない。
竹千代は何故か関西弁を喋る、お調子者である。伝統的な徳川家康イメージからするとキャラクターが崩壊している。
作者は『ゴーストスイーパー美神極楽大作戦』が有名である。日吉と信長の考えは同一ではないが、極楽大作戦からは日吉が信長に利用される展開を連想する。横島は美神が好きで自分から飛び込んだ点が異なるものの、いいように使われてしまう点に類似性を感じる。

寺遊祭にゴミダス出展

寺遊祭にゴミダスを出展します。ゴミダスは伸縮型ゴミステーションです。ゴミ集積所の美化に貢献します。使用しない時は畳むことができます。錆びにくい金属を使用しています。広島県などで実際に設置されています。
さいたま市のゴミ集積所では鳥獣対策に黄色のネットが使われていますが、カラスなどは学習しており、ネットに潜り込んでゴミを漁っています。ゴミダスは鳥獣対策になります。
寺遊祭ではゴミダスをゴミ箱として設置します。ゴミダスを体験してください。

2018年7月9日月曜日

はたらく細胞

『はたらく細胞』は赤血球や白血球などの細胞を擬人化して人体の仕組みを描く漫画である。自分の体がこのような仕組みになっているかと感じていとおしくなる。
面白い点は個々の細胞が各自の意思で行動する市場主義的な世界観になっていることである。一部に指揮命令関係があるが、指導者が全体を指揮する官僚制に陥っていない。それが漫画の世界を明るくしている。
スギ花粉症の話のように個々人が各自の職務を行う部分最適を追求した結果、大きな被害を出すことがある。それでも日本の官僚制のように上の間違った方針に全員が一丸となって邁進して大失敗する弊害を避けられるだけ優れている。
ウイルスが侵入するなどの病気に対して細胞達は自律的に対処している。これが自然治癒力である。発熱や食欲減退のように病気の症状と考えられるものも、病気を治そうとする自然治癒力の働きの結果である。だから少しくらいの熱が出たということで病院に行くよりも、自然治癒力に任せて治すことが良いと感じる。逆に薬が体内に入ると薬は正常な細胞も攻撃して体内は大変なことになる。薬漬け医療の問題点を感じた。

2018年7月8日日曜日

シュトヘル2巻

第2巻はシュトヘルにスドーが入れ替わる前の話である。ユルールとシュトヘルの関係が描かれる。物語の主人公はユルールだろう。ユルールは血筋がなければ弱肉強食の世界で真っ先に殺されそうな印象があるが、その言葉は人の心に響く。復讐の鬼になったシュトヘルも変えていく。
脇役も戦乱によって心を病んでいる。現代のようにトラウマやPTSDなどの分析はないが、過去の人々も同じだろう。
ユルールは目が印象的なヴィジュアルである。

2018年7月7日土曜日

シュトヘル

伊藤悠『シュトヘル』(小学館)は現代高校生がモンゴル帝国に滅亡寸前の西夏の女戦士に入れ替わるタイムスリップ歴史漫画である。但し、第1巻では入れ替わった主人公の活躍は描かれない。序盤の現代高校生活を除けば、純然たる歴史漫画になっている。
シュトヘルは悪霊の意味である。モンゴル兵から悪霊と恐れられた。しかし、最初はひ弱な女兵士であった。第1巻では悪霊になるまでを描く。
西夏と言えば映画『敦煌』があり、武断的な国とのイメージがある。これに対して本作品では独自の文字を大切にする文明国である。戦争はモンゴルに圧倒され、西夏は破壊される一方である。その中でモンゴル側の人物が西夏文字に憧れを抱く。
漢民族と遊牧民の物語では漢民族の側に中華思想があり、遊牧民を見下しているために遊牧民側に感情移入したくなることもある。これに対して本書には中華思想のような優越感はなく、武に対する文の価値を素直に応援できる。
第2巻はシュトヘルにスドーが入れ替わる前の話である。

2018年7月4日水曜日

毒出しうがい

『毒出しうがい』は歯科医が虫歯や歯周病を予防する方法を紹介した書籍である。歯磨きよりも効果があると主張する。私も毒出しうがいを励行したい。
歯磨き粉に否定的な点は『歯はみがいてはいけない』と共通する。日本の医療が治療重視で予防が軽視されているとの指摘も共通する。
毒出しうがいは歯磨きよりも簡単にできる。水があれば良い。しかし、真面目に行うと、かなり疲れる。歯磨きと異なり、手を使わなくてもできるが、普段使わない口の筋肉を使う。
これまでの歯磨きが惰性でやっていたという面がある。日本は食後の歯磨きの習慣化を推進してきたが、それは形式主義だったと言えるかもしれない。形式的に行わせて満足という公務員体質は日本社会のあちこちに存在する。無駄な作業が増え、日本社会の生産性が低くなる原因である。

2018年7月2日月曜日

極道ピンポン

遠藤徹『極道ピンポン』はヤクザが卓球で対決する小説である。ヤクザの出入りが殺しあいではなく、卓球勝負になっている。何とも馬鹿馬鹿しい設定であるが、卓球の対決の描写も馬鹿馬鹿しいほど細かい。
途中で映画撮影の話になり、メタ作品かと思いきや、並行した物語になっている。最後は予想外の展開になった。思いもしなかった良い話で終わっている。表紙のイラストからは想像できない爽やかな読後感をもたらした。ヤクザは現実世界では反社会的勢力であるが、ヤクザだからこそ人を救えるというフィクション世界のリアリティーがある。
著者は学園小説『七福神戦争』を同時刊行している。これがラノベならば、本書は劇画的である。『七福神戦争』は人間の幸福という骨太のテーマを背景にしながら、最後は不完全燃焼気味で終わった。本書も何かの決着がつくという終わり方ではないものの、物語としては素晴らしい終わり方になった。

東急不動産だまし売り裁判

東急リバブル東急不動産のマンションだまし売りに対しては消費者の怒りの鍋がグツグツと煮えくり返ります。具材が全部溶けて、スープと化してしまうほど煮えたぎります。