2018年5月8日火曜日

深川安楽亭

「人をぺてんにかけたり、かっぱらいや押し込みをするような人間をあたしは知っているし、そういう人間から煮え湯をのまされたこともある、いまでも忘れやしない、生涯忘れることはできないだろう」(「夜の辛夷」169頁)
「自分が困ってくると、どんな悪企みをするかもしれないわ。そうよ、決して油断はできないわ」(山本周五郎『おさん』新潮文庫、1970年「みずぐるま」113頁)
山本周五郎『深川安楽亭』は時代小説の短編集である。さいたま市立桜図書館で借りて読んだ。表題作「深川安楽亭」は異色の作品である。会話文が多く、物語の流れが見えにくい。
深川や木場など江東区に馴染みの地名が登場する。運河が縦横に走っており、水運の拠点であったことをうかがわせる。
最初の短編「内蔵允留守」は中学校の国語の教科書に掲載されていた。道を究めるということが、戦後の高度経済成長やバブルのような拡大路線とは異なることを教えてくれた作品である。中学生が全てを理解できるものではないとしても、それでも衝撃を与えた作品である。学校の授業は無意味ではないと感じさせる。国語という科目名では無味乾燥としたイメージになるが、文学の授業とすれば豊かになるだろう。
次の短編「蜜柑」は徳川御三家の紀州和歌山藩が舞台である。蜜柑は和歌山の名産であるが、紀州藩が育成した産業であった。
紀州藩は時代劇では幕府転覆を企む悪役として描かれることもあるが、ここでは南海の鎮の面目躍如である。そして内蔵允留守ほどではないが、華々しい活躍よりも地味なところに価値を見出だすものがある。明治時代の追いつき追い越せでも、戦後昭和の経済成長でもない価値観である。

0 件のコメント:

コメントを投稿