2018年3月4日日曜日

タラント氏の事件簿の書評

警察官ではないタラントが活躍する物語であるため、本職の警察官は事件解決に役立たないことが多い。それは物語の構造上当然であるが、警察は人気のない場所での殺人事件の通報者(飲酒運転していた)を被告にしないだけの分別は持っている(169頁)。日本の警察ならば見込み捜査で自白を強要して犯人に仕立てあげそうである。日本の警察や検察の取り調べが不遜な態度と野蛮な暴力しか提供しないことは悪名高い。英米の警察小説を読むと被疑者の人権の点は日本よりも進んでいると感じることが多い。日本ではアングロサクソンの法体系を弱肉強食的と否定的に捉える見解があるが、むしろ学ぶところが多い。

本書の中でフィランは結婚する。その妻はフィランの言うことに耳を貸さない時でもタラントの説得には応じる(153頁)。それでもフィランは腹を立てず、タラントに好感を抱いている。よほど相性が良いのだろう。
一方で妹がタラントを評価すると腹を立てている(183頁)。フィランは妹の良さを分かっていない。妹は、かなり兄の世話焼きである。現代日本のライトノベルの妹キャラのような存在である。それが戦前のアメリカの推理小説に登場するとは驚きである。

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