2017年7月1日土曜日

働き方改革

裁量がある、裁量を認めなければやってられないという点も御指摘の通りです。そのようなものであるならば裁量を認めることが働きやすい環境にすることになります。この裁量を認めるということは、実は大変なことです。
成果を定義しにくいという点は過去の議論でも意見が分かれたところです。営業の売り上げのように成果を明確に定義しにくい仕事があることは事実です。この点を否定しませんが、定義するように努力することを目指すべきではないかと考えます。逆説的ですが、成果主義や目標管理制度は営業の売り上げのような明確な数値以外も評価するために存在します。学習やプロセス改善のように従来評価しにくいところを評価します。派遣労働のように勤務地と勤務先が異なるケースや在宅勤務など上司が直接見ないところで働く形が増えています。このようなケースは成果を定義できなければ評価もできません。

専門化した仕事であるが、雇用されることが前提となるとの御指摘には賛成です。むしろ、ジョブ型の働き方は雇われているからこそ成り立ちます。自分が経営していたら、事務所の蛍光灯が切れたら、自分が取り替えます。ジョブ型と言ってられません。ジョブ型は雇われている人の特権です。
文句があるならば起業しろは労働が契約関係であることを無視した暴論です。起業しにくい点は日本の社会課題ですが、それが改善されても大多数の人々が労働者である点は変わらず、働き方を良くすることは重要な政治課題です。
雇われているからこそジョブ型が成り立ちますが、昭和の日本型雇用は、その真逆を進んでいました。それが会社に無限の忠誠心を求める過労死やブラック企業の背景になっています。これを変えていくことが働き方改革です。このため、ジョブ型にしていくことが望ましいか、日本型雇用のゼネラリストに価値があるかという点が論点になると思います。

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