2017年2月6日月曜日

鋼の錬金術師

マンション投資は脆弱な基盤の上に成立している。悪徳不動産業者には集団的な無責任がある。
#希望のまち東京in東部 #読書会 #経済
希望のまち東京in東部読書会では漫画『鋼の錬金術師』が言及された。この作品は昔流行った作品という以上に考え方に影響を与えた。この作品のキーワードは等価交換である。タイトルにあるように錬金術が使える架空の世界を舞台とするが、この世界の錬金術は魔法のように無制限なものではなく、等価交換を大原則とする。無から有は生まれないし、あるものを得るためには別のものを失わなければならない。実際はバトルシーンが華であり、エネルギー保存の法則が無視されているようにも見えるが、等価交換の原則は作中で繰り返し語られ、強調される。ヒーローが、あれかこれかの選択である等価交換を語る作品が流行ったことは時代を反映する。努力し、不可能を可能にし、あれもこれも実現するオールマイティーがカッコいいとされた昭和のヒーロー像から変化している。

希望のまち東京in東部読書会で印象に残った話は生産手段(固定資本)が利潤追求の妨げになるとの指摘である。だから金融資本が発達する。この指摘に納得する。昭和の高度経済成長期的な発想では、リストラクチャリングやダウンサイジング、アンバンドリングを進める今風の経営は、経営の論理としても近視眼的と批判するかもしれないが、固定資本を持つことは足枷になり得るものである。今風の経営を批判するとしても、この点を押さえなければ昭和の既得権を固守する立場からの批判として現役世代には響かないだろう。
実体経済と離れて金融資本主義ばかりが膨れ上がることは健全な経済ではない。しかし、その批判は固定資本の復権というような復古的なものではなく、産業資本も固定資本の足枷から相対的な自由度を増すファブレス化になるのではないか。まだまだファブレス企業と言っても生産設備に企業のナレッジが組み込まれており、本当の意味でファブレスとは言えない。それでもインターネットの発達で個人が世界に発信するメディア企業を設立することは技術的に可能になった。クラウドの発達で個人がネット企業を設立することも可能になった。レンタルオフィスや私書箱のような古典的でアナログなファブレス企業の手段は、胡散臭い企業に悪用され、胡散臭いイメージに染まっているが、情報技術には大きな可能性がある。このファブレス化は個人が生産手段にアクセスするハードルを下げる。生産手段を持たない人々の福音となる。この動きを前向きに捉えたい。

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