2016年8月8日月曜日

東京都知事選挙

お誘いありがとうございます。ですが、今回は遠慮したいと思います。少し長くなりますが、理由を説明します。
私にとって一番の課題は同年代の普通の人々に広げるということです。そこからすると鳥越俊太郎選挙は絶望的でした。護憲平和などの戦後の市民運動にとっては全力でアピールできた到達点と評価できるのかもしれませんが、それ故に生活密着課題は二の次三の次にされたという、若者や現役世代からは絶望感を覚えます。本来は護憲平和や脱原発と生活密着課題はトレードオフの関係ではなく、両方目指せば良いものです。護憲平和に関心がある人も生活密着課題に関心がある人も互いに相手の課題に関心を持つことで大きくなれるのではないかと考えていました。しかし、鳥越俊太郎選挙を見ていると護憲平和を叫びたい人は、それを叫びたいから叫んでいるだけで、それで手一杯ではないかと感じてしまいます。だから生活密着課題に取り組む動きに専念した方が良いのではないかと考えています。よく個別イシューの市民団体が選挙に及び腰と叩かれることがありますが、選挙に浮かれる市民が護憲平和など自分達の関心事を叫ぶことにしか興味がないならば、個別イシューを追求する団
体が選挙に及び腰となることは意味のある選択になります。
絶望はまだ続きます。私は鳥越俊太郎選挙は護憲平和や原発に偏り、生活密着課題をなおざりにしたと批判しました。希望のまち東京in東部の総括でも似たようなことを書いています。これは世間の見方でもあります。今後に活かすためには、この認識は最低限共有しなければならないと思います。
しかし、問題は、実のところ、鳥越選挙は生活密着課題を考えていない訳でなく、ピントが外れていたことです。鳥越俊太郎氏が介護離職の意味を間違って理解していたことが象徴的です。これで中間層が離反しました。
もし生活密着課題を考えていないならば、今後は考えるようにするという解決策を導き出せます。しかし、考えた結果が今回の内容では絶望になります。
難しいところは鳥越氏の主張する介護職の離職は社会問題になっている介護離職としてはピント外れですが、それも問題の一つであることです。だから介護離職の意味も知らないと世間から批判されても、その問題性さえ理解されない可能性があります。
元々、左派には自分達の考える弱者さえ救済されればいいという偏狭さがあります。

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