2016年8月29日月曜日

唐牛健太郎

『唐牛伝』。安保闘争には旧敵国アメリカの傘下に入るこてはとんでもないというナショナリズムがあったと指摘する。右翼と左翼が交流する一方で、ブントと日本共産党がいがみ合う。
唐牛健太郎は安保闘争の頃の全学連委員長であるが、「唐牛からマルクスの話を聞いたことがありません」と述懐される(96頁)。ステレオタイプな左翼教条主義と異なり、興味深い。唐牛が全学連委員長に推薦された理由も「学生運動ずれしていない、変な政治主義に染まっていない新鮮さ」とする(100頁)。時代や社会、世代ではなく、個人として語る価値のある人物である。
本書では唐牛健太郎の生い立ちや両親のことを、当時を知る人を訪ねて明らかにしている。庶子というセンシティブな問題も掘り下げている。この点は好き嫌いが別れるところである。
著者は週刊朝日で連載した橋本徹の人物論が批判され、休筆せざるを得なくなった。本書は復帰第一作になる。本書の冒頭ではハシシタ問題を引き起こした原因を取材現場から足が遠ざかるようになっていたこととする(5頁)。この点では本書は復帰作に相応しい綿密な取材の作品と言えるだろう。
しかし、ある人物の行動や思想を掘り下げる際に彼の生い立ちを明らかにすることにどこまで意味があるかという問題はある。日本のマスメディアには人間ドラマを作り、事件の社会的構造的問題点から目をそらさせる悪癖がある。その話は本題と関係あるかと言いたくなる報道が少なくない。現場を取材して確認した事実だから良いというものでもない。取材そのものが迷惑行為ということもある。
著者は、ありのままの唐牛の姿を知ってもらい、神格化や英雄扱いから解き放つことを意図している(135頁)。

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