2016年1月28日木曜日

宜野湾市長選挙

宜野湾市長選挙は、危険な普天間基地を一日でも早く何とかしたいという住民の思いが決め手になったのではないか。辺野古基地移設反対だけでは、その思いに応えることにはならない。そこを突かれたのではないか。
オール沖縄が成立したことは画期的なことで高く評価すべきである。私達がすべきことはオール沖縄を盛り上げることであるとの理屈も理解できる。
その上での指摘となるが、オール沖縄を観念することは沖縄県民同士の利害の相違に無頓着になるという問題点もあると指摘したい。本来ならば、それらの相違を調整し、調和させることが本当の意味でのオール沖縄である。もし辺野古基地反対に集中し、それ以外の声を切り捨てるとなるならば、支持されなくても当然である。それでは誰かの設定したテーマに付和雷同するだけの、右向け右の世界になってしまう。
オール沖縄は成り立ちを踏まえると、オール辺野古基地反対と言うべきものである。故に辺野古基地反対が突出することはオール辺野古基地反対としては正しい。それは正しいが、目の前の普天間基地に苦しむ住民に対して、今は辺野古基地問題が重要である、それに注力しろとは言えないだろう。それを言ってしまえる人がいるとしたら、他者のことを考えない傲慢な人物である。
この問題は一般化して考える意義があると考える。日本の左翼左派には特定のテーマで結集することを是とし、それ以外の問題に無頓着な傾向がある。他の問題提起をする人に対して「分断をつくるな」「当面の課題解決に無益な空理空論」などと排斥する。それは若年層らにとっては、左翼左派が独善的で、自分達の問題意識には応えない存在との印象を与える。右傾化の一因にもなっている。
この傾向は通俗的なマルクス主義の影響があると考える。総資本対総労働という階級対立の枠組みで考えると、労働者階級共通の主張を押し出すことを考えてしまい、労働者の中の利害対立に無頓着になりがちである。

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