2015年11月8日日曜日

アベ政治に代わる政治の模索コメント

「アベ政治に代わる政治の模索:行動しつつ考える市民の連続講座」の宣言文に対して、賛同する立場からコメントする。

戦争法反対運動は大きな広がりをもたらしたが、その一致点は良くも悪くも安倍晋三反対であった。戦争法反対の中には、あくまで安倍内閣の集団的自衛権行使や平安法制に反対であり、集団的自衛権行使や平安法制で実現しようとすることに反対ではない人々もいる。文字通り「安倍晋三に反対」が一致点であった。逆に言えば、その程度しか一致点がないとも言える。

理論を重視すれば、「安倍内閣の集団的行使に反対」論は「自分達が集団的自衛権行使容認を進めることは賛成」となりかねず、自民党以上に筋の通らない御都合主義と批判することもできる。戦争法反対運動としては国民対安倍政権という構図を描きたいところであるが、賛成と反対で世論の深刻な分裂があったというところが実態である。賛成論から反対論への批判には、上述のような御都合主義の筋の通らなさへの批判もあった。

ところが、立憲主義のキーワードが脚光を浴びたことで、「安倍内閣の集団的行使に反対」論にも理論的正当性が付与された。安倍晋三の進め方は立憲主義違反だから問題との論理です。立憲主義をキーワードにして野党共闘を唱える場合、「安倍内閣の集団的自衛権行使には反対」という立場も受け入れ、尊重する覚悟がなければ成り立たない。

結局のところ、「アベ政治に代わる政治」と言ったところで中身は乏しい。故に「アベ政治に代わる政治を模索する運動」が必要になる。この「アベ政治に代わる政治」は単にアベ政治を批判すればいいというものではない。

安倍首相自体は戦後レジームを破壊する改革者と自身を位置付けている。1940年体制と言われる官僚支配、土建国家など日本の戦後体制に問題があることは確かである。それを破壊し、改革しようということ自体は好ましく思う人々も多い。私にも安倍首相の戦後レジームの破壊の方向性は間違っているが、戦後レジームを破壊しようとすることは現状肯定の既得権益擁護者よりは支持できるという思いがある。故に「市民の側が政策的視点を持ったより説得力のある現状批判の運動を展開させなければ、それを乗り越えることができない」。

行動の具体的手段として街頭宣伝が挙げられている。他にも生活・経済とかかわりのある事業的な活動に取り組むようなことを考えなければならないのではないかと考える。市民団体の「政治的カマトト主義」が声高に批判されることがあるが、逆に政治談議が好きな人は「経済カマトト主義」「生活カマトト主義」に陥っているとしか思えないパターンもある。結局、誰もが自分の関心ある分野を取り組みたいだけで、それでは他者を批判する資格がなくなる。
http://www.hayariki.net/poli/abe.html
この点は希望のまち東京in東部第68回市民カフェ「FJネクスト問題から街づくりを考える」でも議論した。そこでは「市民運動とは空き家問題など生活に密着した行動」との意見が出た。この点からも2015年11月27日(金)のNPO法人希望の種の桔川純子さんの韓国の市民運動の話は有益と考えている。
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