2015年8月13日木曜日

砂町六地蔵

砂町六地蔵
江東区南砂2−28−1
砂村新田六地蔵(江東区南砂2丁目)は江戸時代から信仰を集めていたが、東京大空襲で消失した。戦後に戦災殉難者慰霊も兼ねて再建された。「戦災殉難者供養の碑」が建てられた。「かつて砂町新田六地蔵と言われたが東京大空襲で瓦礫と化した。昭和27年頃戦災殉難者慰霊碑も兼ねて再建された」と案内板にある。左端の地蔵の足元には赤ん坊の地蔵もある。大空襲で亡くなった赤子を意味するのだろうか。六地蔵の右端に庚申塔が祀られている。庚申塔には三猿(見ざる、言わざる、聞かざる)が彫られている。

冬木弁財天 戦災殉難殃死者供養碑
江東区冬木22-31
冬木弁天堂は材木豪商、冬木弥平次が宝永2年(1705年)、茅場町(中央区)から、深川に屋敷を移転した際、邸内の大きな池のほとりに、弁財天を安置したことに由来する。深川七福神の一柱である。冬木家の弁財天は、承応3年(1654年)に琵琶湖竹生島から勧請したものである。江東区冬木の地名も、冬木家に由来する。明治3年から一般に参詣を開放したが、関東大震災で焼失した。昭和28年に再建された。
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深川一丁目 深川二丁目 冬木町
戰災殉難殃死者供養碑
大僧正 慈道拝書
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http://www.hayariki.net/koto/kushu.html
良信院 戦災殉難者諸精霊供養塔
江東区三好3-7-5
浄土宗光明山良信院は正保3年(1646年)、法禅寺(現在の神田寺)の塔頭寺として日本橋に創建された。明暦3年(1657年)の大火大火後に江東区三好へ移転した。
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平成六年三月 五十回忌供養に之建
願主 三好三丁目町会
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