2015年7月6日月曜日

右翼・左翼

雇われ右翼が本物の右翼とは言えないということは私も書いていますが、それは必ずしも日本固有と言うよりも、反共の連帯として世界史的に説明できるものです。本来ならば民族的独立を最優先にしたいところですが、内なる敵と闘うために外国の支配勢力と手を結ぶ必要が出てきます。その神聖な同盟と闘うためにインターナショナルが叫ばれます。雇われ右翼と同じようにソ連や中国の雇われ左翼も出ました。このように相手の戦術を取り入れることは十分にあります。それを考えられる人とならば理性的に話せますが、自分達の攻撃は良くて相手が同じことをするとダメというダブルスタンダードはいただけません。

高杉晋作については、彼の行動が長州藩にどれだけ損害を与えたか、彼を制御できなかった長州藩のガバナンス不足を冷静に分析する必要があるでしょう。高杉晋作の暴走を評価する風潮が戦前日本の軍部の暴走を許したのではないかと考えます。高杉晋作と安倍首相を並べて前者を評価して後者を貶めることは浅薄な議論です。前者を無条件に賛美する風潮こそ斬り込まなければなりません。左翼で司馬遼太郎史観だとすれば、どうしようもない守旧派になってしまいます。司馬史観では薩摩藩だ、長州藩だということにこだわるよりも日本人意識に目覚めることが進歩とされました。これに対してオール沖縄は日本人である前に沖縄県民であるという意識が勝利しました。天下国家を優先するという、新自由主義者でも持っていない国家意識を捨てなければ、最も古い勢力となってしまいます。

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