2015年5月24日日曜日

自己責任論批判

#林田力 #東急不動産だまし売り裁判 #東急不買運動 #東急不買
東急不動産だまし売り裁判(東急不動産消費者契約法違反訴訟)は自己責任論との闘いである。無価値の問題物件をだまし売りされても泣き寝入りしろとの要求である。この自己責任論は社会的弱者にのみ責任を押し付け、社会的強者は責任を負わないという不公平さを特徴とする。故に東急不動産だまし売り裁判では東急リバブル東急不動産の事業者の責任を追及した。
このように自己責任論の問題を不公平という観点で捉えることは重要である。表面的な自己責任論批判では個々人に責任を負わせるな、責任を社会全体で負担しようとなりがちである。それは一億総懺悔の無責任状態になりかねない。
ワタミ過労自殺で渡辺美樹は皆が過労自殺者を支えられたら良かったと言い放った。自己責任論に対して皆で支えるというアプローチは限界があるように思える。むしろブラック企業問題に対しては小説『銀河英雄伝説』のヤンウェンリー的な「給料分以上の仕事をしない」という姿勢が必要である。自己責任論を乗り越えるためには新自由主義の否定ではなく、新自由主義の基礎にある個人主義の徹底が必要であるように思える。

林田力『東急不動産だまし売り裁判こうして勝った』(ロゴス社)の映像がYouTubeで公開された。東急リバブル東急不動産の根の浅はかさは丸分かりである。東急不動産だまし売り営業は消費者より優位に立ちたいだけのガキであった。闇雲に背伸びしている痛々しいヤンキーと同じである。
カルト的な集団では事実よりも共通認識の方が真実になる。どのような組織にも腐ったリンゴは存在する。ところが、東急リバブル東急不動産では大抵のリンゴが腐っており、大抵の非難は真実である。東急リバブル東急不動産に一歩でも足を踏み入れたならば、金の亡者達の手があちこちから伸びてきて、泥の底に引きずり込む。長くいると人間性が奪われる。東急不動産だまし売りは毒にしかならない。東急不動産準備書面の文章は子供だまし、その構成は荒かった。要するに稚拙であった。東急不動産は何と卑劣な企業だろうか。

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