2015年4月7日火曜日

江東区の基金問題

江東区政の争点の一つは基金問題である。基金の残高は増え続ける一方である。江東区の基金残高が23区の中で大きい方であることは客観的な事実である。これについて是か非かという問題である。批判する立場は基金を取り崩して区民の暮らしのために支出すべきとなる。
私は無駄な支出、有害な支出をカットして、区民の暮らしに役立つ分野に支出することには大賛成である。たとえば住環境を破壊し、土建利権を延命させ、建築不動産業の市場競争力を損なわせる公共事業を切り捨て、住民の生活に直結する分野に支出する。この立場から「コンクリートから人へ」を支持した。
これは誠実な姿勢である。福祉の充実など耳障りの良いことだけを言い、財源の手当てに触れない主張よりも好感が持てる。現実政治には、あれもこれもばかりではなく、あれかこれかのトレードオフも求められる。全体のパイを大きくして皆満足という右肩上がりの発想は過去の異物である。
これに対して基金そのものを悪玉視するような論理はどうかという論点がある。然々の名目で積み立てられた基金は無駄なので、別のことに使うべきという主張ならば問題ない。これに対して単に基金が積み上がっていることを問題視することの是非である。基金を打出の小槌か魔法の壺のように描くことは有権者に対して誠実か。
基金は家計に置き換えると貯金と説明される。年収二千万円弱の世帯が一千万円の預金を持つことは、それほど過大とは思えない。分譲マンション管理組合で言えば、修繕積立会計に相当する。ある時期において修繕積立金が増える一方であることは、将来の大規模修繕に備えて必要なことである。少子高齢化が進む中で公共施設の更新が大きな負担になると予想されている。故に江東区の基金残高が増えていること自体を許し難いこととは思えない。もし、そのような感覚があるならば「左翼には経済観念がない」「左翼に任せると経済がメチャクチャにされる」という感覚を補強することになるだろう。
従って基金を取り崩して政策を実現したいならば、具体的に何の基金を取り崩すかまで明らかにすることが最上である。しかし、それを明らかにせずに基金取り崩しを主張する立場が無責任とは言えない。明らかに無駄なことに積み立てている基金があるならば別として、基金には、それなりの理由があって積み立てられている。故に組み替えには高度な政策調整が必要である。精査して組み換える立場の方が現実的との見方も可能である。
民主党政権の事業仕分けは政治主導で無駄遣いをなくす画期的な試みであったが、必要以上に政治家が矢面に立ち、民主党の不人気につながった。官僚への不信は国民の代表者として必要であるが、何でもかんでも政治家が決めることが政治主導ではない。基金を取り崩して重点政策分野に投入するとの大方針を定めた上で具体的にどの基金から取り崩すかは官僚のプロジェクトチームを作って策定させることも一つの政治主導になる。

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