2015年1月31日土曜日

応益負担か応益負担か

応能負担か応益負担かは各々思想的に深いものがあると思いました。私は自分は義務を果たさず、相手にばかり負担を要求する、特権者への反発が社会意識の出発点ですので、応益負担の主張には大きく共感するところがあります。天下り官僚の報酬のために市民が負担させられることは、応益負担に反すると、応益負担を拠り所にしたいくらいです。応益負担の立場から不公正を許さないというスタンスです。
一方で応益負担が福祉切り捨てやサービス切り下げの口実として使われてきた側面があることは否めません。また、応益負担の名の下に生活必需のサービスの享受さえ否定される極限状況もあります。そのために個々の具体的な政策で応能負担の主張に賛成することもあります。それは全面的に応能負担一本で行くというものではありません。本当の意味で幅広い結集を目指すならば、応益負担か応能負担かを対立軸にせず、応益負担派も応能負担派も包含する方向を目指すべきと考えます。

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