2015年1月16日金曜日

サザンオールスターズと左翼

#左翼 #サザンオールスターズ #紅白歌合戦 #NHK
サザンオールスターズの謝罪は左翼の贔屓の引き倒しである。一部の左翼は紅白歌合戦などでのサザンオールスターズのパフォーマンスを絶賛したが、そこには自分と考えの異なるものを主観的には同一視する滑稽さがある。東京victoryをどう評価するか。東京オリンピックは歓迎するが、安倍政権は批判するという立場ならば問題ない。しかし、東京オリンピック返上を叫ぶ人々が東京victoryをスルーして、サザンオールスターズを持ち上げることは滑稽である。
さらにサザンオールスターズを持ち上げる人々は、ピースとハイライトのカップリング曲『蛍』を知っていて持ち上げているのだろうか。映画『永遠の0』のテーマ曲である。サザンオールスターズはバランスを取っている。
ピースとハイライトの歌詞だけは持ち上げ、東京victoryや蛍を無視するならば、籾井NHK会長の「ワーワーワー」と五十歩百歩である。サザンオールスターズだけでなく、与謝野晶子も反戦歌人というステレオタイプでは割りきれない。芸術家は複雑である。
対立する立場でも良いものは評価するという多様性尊重の立場は素晴らしいことである。私も百田氏を全否定するつもりはない。『海賊とよばれた男』は楽しめた。相違点を認めて評価するところを評価するという姿勢ならば良いが、そのような懐の深さが伝統的な日本の左翼にあるか甚だ疑問である。
サザンオールスターズは左翼とはギャップがある。それにも関わらず、同一視して持ち上げることは滑稽である。そして本来異なるものであるにも関わらず、同一視されることはサザンオールスターズ側にとっては迷惑である。これがサザンオールスターズが謝罪を余儀なくされた背景だろう。
謝罪する必要はないという指摘は自身のパフォーマンスに対してならば該当するかもしれない。しかし、左翼に勝手な意味が与えられてしまったことに対して、そのようなものではないと釈明することは理解できる。

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