2014年8月9日土曜日

林田力・地方政治か国政か

地方政治か国政か、どちらに注力すべきか改めて検討する。私にとっては国政一本槍という発想が出ること自体が信じられないことである。これに対する一つの説明は、日中は地域外の勤務先で過ごし、自宅は寝るだけという生活では地方政治に関心を持ちようがないというものである。これは論理としては通っている。問題は、このようなライフスタイルをペルソナとして重視すべきかということである。住宅と勤務先が離れているという首都圏の特殊事情で成り立つ。

地方政治か国政かは二者択一の問題ではないが、関心の偏りがあることは事実である。私は地方政治を重視すべきと主張してきた。それは地方自治は民主主義の学校との格言とも合致する。
これに対して日本は中央集権国家だから中央突破でなければ政治は変わらないという主張がある。これには二つの点から疑問がある。
第一に民主党政権の失敗経験からの疑問である。コンクリートから人への崩壊を決定的にしたものは、中止を宣言したヤンバダムの迷走であった。そしてヤンバダムが迷走した要因は地元の反発であった。この事実は中央突破の無力さを示している。これは原発でも同じことが起こりうる。地域を土台にしない中央突破は地域から刺されることになる。
恐らく民主党政権は覚悟も実行力も足りなかったと反論するだろう。しかし、地元の反対を無視して強権的に進めるならば安倍政権が沖縄にしていることと変わらない。自分達の意見を押し通すことはいい、安倍政権が押し通すことは悪いというダブルスタンダードになる。左翼は本質的にスターリンを批判できないのではないかとの疑念が生じる。
第二に日本が中央集権国家であることを前提とすることへの疑問である。日本が中央集権国家であることは明治以降の歴史的なものに過ぎない。しかも、現在の日本が中央集権国家であるとして、それが望ましいものであるかは別問題である。ここでも左翼はソ連型社会主義を批判できておらず、中央集権官僚制への問題意識が低いのではないかとの疑念が生じる。この点の意識がなければ地方主権を力強く唱える政治勢力が体制批判の受け皿になることも理解できないだろう。林田力

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