2014年8月28日木曜日

林田力・放射脳カルトの加害性

#放射脳 #脱原発 #差別 #原発 放射脳カルトは貧困ビジネスである(林田力『放射脳カルトと貧困ビジネス』アマゾンKindle)。放射脳カルトにNOである。
放射脳カルトの言動からは知性の欠片も感じられなかった。放射脳カルトの言葉から有意義なものを探すことはサハラ砂漠でペンギンを探すくらい大変である。放射脳カルトはドブネズミの悪名にふさわしく、名誉や伝統を重んじない。市民にとって大切なものは自己決定権である。それを阻害する放射脳カルトが反発されることは当然である。被災地復興に体を張っているのは福島県民であって放射脳カルトではない。
放射脳カルト批判をめぐる議論が紛糾する要因は、放射脳カルトの加害者意識の欠如である。放射脳カルトは福島県の復興に取り組む人々を攻撃する。放射脳カルトは福島県産の桃を購入した人々にすら噛みついてくる。このような放射脳カルトの積み重なった言動に対する反論が放射脳カルト批判である。言わば放射脳カルト批判は個別的自衛権の行使である。
放射脳カルト批判は広い支持が得られる。脱原発運動や左翼という範囲ではなく、市民社会という広い範囲で見れば、これは明らかである。このために放射脳カルト批判の高まりに対し、放射脳カルトは自分達が排除される、切り捨てられていると被害者感情を抱くが、筋違いである。
脱原発運動は、被災地復興に対する考え方の相違に関わらず、原発をなくしたい人々が集まって運動すればよい。それならば平和であった。
ところが、「脱被曝でなければ真の脱原発ではない」と言ったのは誰か。瓦礫焼却受け入れ派の主催する脱原発デモへの不参加を呼び掛けたのは誰か。分裂と排除の原因は放射脳カルトにある。そこを無視して被害者意識だけを持つから議論が成り立たなくなる。相手を認めて敬意を払わない放射脳カルトが相手から認められることは決してない。放射脳カルトよりも放射脳カルト批判者の方が度量が広くて、敵対者でも相手の良いところを認める能力があるかもしれない。しかし、その能力を発揮してくれることを放射脳カルトが期待するならば不公正である。
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