2014年7月3日木曜日

党議拘束

都政監視委員会で興味深かった点は会派による党議拘束についての議論であった。なす氏は「赤信号皆で渡れば怖くない」の集団主義と同じであると党議拘束に対して否定的であった。これは市民派の一つの気分を表している。
都政監視委員会では出馬意思のある方々が複数参加していたが、現時点の市民派にとって会派や党議拘束の否定には合理性がある。各地の地方議会に一人市民派議員が当選することが大きな前進となる。一人会派となる彼らが議会で活躍するためには会派のような制度はない方が好都合である。しかし、多数派を目指すことを考えた場合に、それでいいかとの思いはある。
一般に党議拘束を擁護する側は決めるまでに内部で十分に議論すると主張する傾向があるが、これは本質的な論点にならない。内部で民主的に議論することは大切であり、大前提である。しかし、党議拘束の本質は自分はAと思うが、党議がBなのでBを支持するということを肯定するか否かである。民主的に議論を尽くせば一つの結論に収斂すると考えているならば、価値観の多様性の否定である。まさに党議拘束はあしき集団主義との批判が該当する。
私見は以下のように党議拘束を正当化する。自分が党議拘束に従わなければならないという視点で見るならば、党議拘束は文字通り拘束であり、避けたくなるものである。しかし、相手のことも考えるべきである。ある問題では党議拘束によって自分が不本意な選択をすることになったとしても、別の問題では党議拘束で相手が自分を支持してくれる。別の問題の方が自分にとって優先度が高ければ党議拘束に従うことが有意義な選択になる。会派として結束することで政治的発言権を得ることができる。これが党議拘束の意義と考える。

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