2014年5月21日水曜日

国政か地方政治か

国政か地方政治か、どちらを重視すべきか議論されることがある。これは鶏が先か卵が先かという議論になりがちである。
理論的には回答が出ている。地方自治は民主主義の学校と呼ばれる。地方自治で学ぶことで国政に関心を持つことができる。
一方で現代日本に上記理論が当てはまるか疑問がある。政治に関心を持つ人の多くは国政に関心を持っている。首相の名前を言えても、居住地の首長を知らない人は少なくない。その逆よりは、はるかに多いだろう。マスメディアの報道量も国政が多い。従って国政が民主主義の学校と言っても、決して荒唐無稽ではない。
現代日本において国政重視か地方政治重視かは、純理論的な問題にとどまらず、実際的な政党選考に影響する。国政では抵抗政党として活躍していても、地方ではオール与党の一角となっているような政党がある。反対に国政では与党の保管勢力にしか見えなくても、地方政治では税金の無駄遣いを鋭く斬り込む政党もある。どちらの政党を評価するかは、国政と地方政治のどちらを重視するかの価値判断も影響する。

希望のまち東京イン東部共同代表の林田力と申します。本日はお招きくださり誠にありがとうございます。私達、希望のまち東京イン東部は先の東京都知事選挙での宇都宮けんじ東部勝手連を母体とした団体です。江東区や足立区、葛飾区など東京都東部地域で、宇都宮けんじさんを支持する市民が超党派で集まりました。選挙後も、この運動を継続するために、希望のまち東京イン東部として立ち上げました。宇都宮さんが都知事選で掲げた希望の政策を地域で実現するために活動していきます。その第一歩として、東陽町に事務所を開設しました。永代通り沿いの東陽三丁目にあります。6月14日18時から、この事務所で希望の政策を実現のための定例会を開催します。どなたでも参加可能ですので、是非御参加下さい。

宇都宮けんじ『弁護士冥利』は半生を書いた自伝的作品である。宇都宮氏の主張には接しているが、本書は生い立ちから書かれている点が特徴である。
私は二度の東京都知事選挙で宇都宮氏を支持した。結果は残念であったが、その要因を乱暴ではあるが一言にまとめると、ステレオタイプな左翼イメージを越えられなかったとなる。しかし、本書からは宇都宮氏がステレオタイプな左翼イメージを越えた存在であることが分かる。
たとえば中学生時代の体罰について「いまなら体罰だということで大問題になるのでしょうが、体罰の裏に大きな温情があったということで、その一連の記憶は、いまでも温かい思い出として残っています」(65頁)。私は体罰に反対である。しかし、世の中が体罰を絶対悪という文脈で語られるほど単純でないことは理解している。宇都宮氏は左翼の建前論だけでなく、そのような話もできる人であることが分かる。
また、東京大学在学中は学生運動に対して、貧困の現実を知らない運動と一歩引いた感覚があったという。「学生運動の活動家たちは、実は貧乏がどういうものかなど経験したこともない金持ちのお坊ちゃんが多い」(82頁)。これは今の現役世代や若年層が左翼に感じる違和感に近い。
弁護士になってからの二度目のイソ弁先の事務所は今風に言えばブラック士業に近い。ボス弁は「お客がいるところで事務員を怒鳴りつけるような強権的な人で、事務員がしょっちゅう辞めます」と語る(112頁)。宇都宮氏はブラック企業問題でも積極的に発信しているが、このようなところにも原点がある。このような話がもっと知られていたらと思われてならない。

0 件のコメント:

コメントを投稿