2014年3月10日月曜日

東急不動産だまし売り裁判

#東急 東急リバブル東急不動産は不利益事実を隠して東京都江東区の新築マンションをだまし売りした(林田力『東急不動産だまし売り裁判こうして勝った』ロゴス社)。東急不動産だまし売りマンションは牢獄ではないものの、牢獄同然であった。東急リバブル東急不動産は消費者を食いものにする。東急不動産だまし売りは不当なものである。東急不動産だまし売りは乱暴である。東急リバブル東急不動産は繊細さの欠片もない。東急不動産だまし売り被害者は究極の暴行を受けたようなものである。痛みが槍のように東急不動産だまし売り被害者を貫く。東急リバブル東急不動産への怒りが東急不動産だまし売り被害者に力をもたらした。

開発問題から宇都宮けんじ氏を支持する。宇都宮けんじ氏は反貧困の立場からゼロゼロ物件・追い出し屋などの貧困ビジネスと闘ってきた。住まいは人権という立場から住まいを守る活動をしてきた。この住まいは人権というスタンスが開発問題でも求められる。
開発問題に携わる人々の問題意識の主流は計画である。都市計画が無計画であるから、乱開発が行われる。だから、きちんとした都市計画を策定しようとなる。これは開発問題に対する重要なアプローチである。しかし、行政が立案した計画自体が住環境や自然環境を破壊する場合に非力である。この矛盾は東京都知事選挙で露になる。猪瀬直樹前都知事も桝添要一都知事も都市計画について一定の見識を有している。猪瀬氏は道路建設という無駄な公共事業批判で名を馳せた。東急のようにベッドタウンを作るだけの田園都市を本来の田園都市と異なるものと批判する。桝添氏は日本橋の上の高架を負の遺産と指摘する。しかし、そのような両人も外環道に対しては通過交通削減のために必要の一本槍である。
これは、まちづくりを計画という観点で論じる限り、避けられない。もし白紙の上に新しい街を想像するならば、市街地の外側に外環道のような道路を作ろうとするだろう。都市設計者の視点で、街づくりを考える限り、外環道のような計画は正当化されてしまう。
問題は現実の街づくりが白紙の上の都市計画ではないということである。道路を建設しようとする場所にも住まいがあり、地域社会がある。上から目線の計画は、どれほど立派で合理的であったとしても、現在の住まいや生活を無視したものになる。開発問題も計画重視から生活重視にパラダイムを転換することが望まれる。反貧困運動の中で住まいは人権を掲げてきた宇都宮氏が開発問題の公約は、この流れの中で支持できる。

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