2014年1月26日日曜日

東京都知事選挙とイデオロギー

東京都知事選挙はイデオロギーを超えた連帯を志向する立場と偏狭なイデオロギーを押し付ける立場の闘いになる。東京都知事選挙は秘密保護法反対運動の盛り上がりの中で始まった。秘密保護法への反対は安倍政権の他の政策や政治的姿勢と合わせて戦前の軍国主義イデオロギー押し付けへの反発であった。イデオロギーというと左翼側の護憲平和運動的な印象が強い。それは若者が左翼を忌避する理由になっていた。秘密保護法反対の広がりは、そのような狭いイデオロギーを超えたところにあった。
細川氏の脱原発を最優先にするとの主張や、脱原発を他の政策と並べているから宇都宮氏を支持しないとの主張は脱原発至上主義とも言うべき偏狭なイデオロギーの押し付けである。これに対しては原発だけが争点ではないと声を大にして主張しなければならない。これが通るならば反貧困運動も開発反対の住民運動も脱原発運動の下請けになっていしまう。
偏狭なイデオロギーの押し付けという点では、革新共闘という狭い目的を定義していた澤藤氏の退場は宇都宮陣営にとって好ましいことである。澤藤批判は革新共闘を強調する本人の意図とは裏腹に細川に流れた人々に援用される傾向がある。偏狭なイデオロギーの押し付けという点で親和性があるためである。
前回の選挙での宇都宮選対の不手際に不満を持つ人は少なくない。澤藤批判が黙殺できないほどの動揺をもたらしたことは、このためである。しかし、澤藤批判は市民選対の理想に近づけるための批判ではなく、革新共闘という狭いイデオロギーから、特定政党との一体化を志向するものである。それ故に澤藤批判に基づいて市民選対として不十分であったと批判しても意味がない。
法律面の責任者で裏も表も知っている筈の人物が全身全霊をかけて告発して、あの程度であったということは、宇都宮陣営は相当クリーンであったということになる。「宇都宮君、立候補はおやめなさい」という文章は上から目線丸出しである。

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