2013年11月5日火曜日

『若き日の哀しみ』林田力ブログ書評

ダニロ・キシュ著、山崎佳代子訳『若き日の哀しみ』(創元ライブラリ、2013年)はユーゴスラビアの作家による自伝的な短編集である。少年時代を叙情的に描く。時代は第二次世界大戦の戦前・戦中で、ユダヤ人が迫害されていた。著者の父親はユダヤ人であり、強制収容所に送られて帰らぬ人となった。

憎むべきはナチスの戦争犯罪である。著者の父親を収容所に送ったものは枢軸国側のハンガリー政府の警察である。「遠くから来た男」では父親を探す主人公に対して、日本の大臣が言及される(143頁)。これは日本がドイツの同盟国であることの暗示である(山崎佳代子「ユーゴスラビアの作家、ダニロ・キシュ『若き日の哀しみ』」204頁)。日本も批判される対象であることは認識しなければならない。

日本ではハーケンクロイツをファッション感覚で掲げるなど、反ナチスの意識が低い。暴走族という恥ずかしい過去を売りにする弁護士が暴走族時代にハーケンクロイツを掲げており、その写真をホームページに掲載して、サイモン・ウィーゼンタール・センター(Simon Wiesenthal Center)に調査されたこともある。日本にも言い分はあるとしても、反ナチスの意識に欠けるならば国際的なバッシングは続くだろう。

著者の父親を殺したものはナチスであるが、本書からは民衆による排斥の恐ろしさを感じた。「略奪(ポグロム)」では民衆暴動によるユダヤ人の財産の略奪が描かれるが、略奪の加害者は罪の意識に欠ける。それどころか、お祭り的な雰囲気がある。日本でも新大久保でのヘイトスピーチなど排外主義が問題になっている(林田力『東急不動産係長脅迫電話逮捕事件』「東急不動産係長逮捕事件とネット右翼」)。

現代日本のヘイトスピーチをナチスのジェノサイドになぞらえることには極端と思う向きもあるだろう。しかし、ナチスの躍進はナチスのみに帰せられるものではない。排外主義を容認し、歓迎する人々の土壌があってのものである。その社会意識の恐ろしさが「略奪(ポグロム)」で浮かび上がる。これはハンス・ペーター・リヒター『あのころはフリードリヒがいた』とも共通する。日本もヘイトスピーチを容認したら大変なことになる。
http://hayariki.net/home/23.htm
著者は多民族国家であるユーゴスラビア人であることを自己のアイデンティティーとしている。ナチスドイツの蛮行は多くのユダヤ人を自らの国家を持つシオニズムに駆り立て、イスラエルを建国させた。今度はイスラエルがパレスチナ人の土地を奪い、生活を破壊し、アパルトヘイトを行っている。

東急ハンズや東急百貨店が違法入植地で製造されたソーダストリームを販売するように日本もイスラエルの戦争犯罪に荷担している面もある(林田力『東急不動産だまし売り裁判13選挙』「東急ハンズ・東急百貨店のソーダストリーム販売批判」)。イスラエルの強硬姿勢はナチスの虐殺の強迫観念・被害者意識が背後にある。被害者が加害者になってしまう中で、セルビア教徒として育てられた特殊要因があるものの、著者の立ち位置は考えさせられる。

物語としては「遊び」という短編の中の皇帝の挿話が強く印象に残った。不都合な事実を隠そうとしても隠しきれるものではない。隠そうとしても、思いもよらない形で本人に逆襲してくる。東急リバブル東急不動産から不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りされた立場には納得できる話である(林田力『東急不動産だまし売り裁判こうして勝った』ロゴス)。企業不祥事が相次ぐ現代日本に示唆的である。
Housing Poor (The Suit TOKYU Land Corporation Fraud) eBook: Hayashida Riki: Amazon.it: Kindle Store
http://www.amazon.it/dp/B00G5ILOP6

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