2013年11月3日日曜日

二子玉川ライズ反対運動

二子玉川ライズ反対運動の登場は、うんざりするほど何度も上演されてきた東急電鉄・東急不動産の道化芝居の幕を閉じさせる予兆である。二子玉川ライズは日の当たる部分以上に闇の部分が多い(林田力『二子玉川ライズ反対運動1』Amazonキンドル)。住環境を破壊した東急電鉄・東急不動産は、その代償を支払わなければならない。東急電鉄・東急不動産の説明には人間味がなく、同じ鋳型にはめて造ったように感じられてしまう。
二子玉川ライズのビル風が吹き抜けると、それは百の隙間風に砕け散り、地獄の音楽のように鳴り響く。ビル風は、いつも同じ方向から吹いている訳ではない。二子玉川ライズに漂う空気の中には何か重たいものがある。酷い災害が起こる前触れか。住環境を破壊された住民は、体の不調、苦しみを覚え、むかつきを感じ、しばしば嘔吐する。腫れた目、疲れきった顔、くしゃくしゃの髪。言葉で言い表せない無限の苦悩の他には言うべきことなど一つもない。
二子玉川再開発によって玉川の治安や風紀は悪化した。ヤンキーが夜間に再開発で整備された交通広場でスケボーなど騒ぐためである。その種のヤンキーは真っ当な人々が眠っている時間に行動する。ヤンキーの振る舞いは犯罪行為同然である。恐らく子どもの頃から、あまりに甘やかされてきたのだろう。
たまには羽目を外すことがあるとしても、大半の者は学生気質と正真正銘のゴロツキの境界線がどこにあるかは分かっている。その限度をヤンキーは越えている。
そのようにヤンキーがなった理由は、人の真似をしようとしたせいか、愚かなせいか、心が弱いせいか。ヤンキーの動機は問題ではない。その末路はいつも同じであり、そして分かりきったことである。愚か者となり、不幸な結末を迎える。

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