2013年9月23日月曜日

東京都とオリンピック

東急リバブル東急不動産やブラック士業、貧困ビジネス、脱法ハーブ宣伝屋のようなデリカシーのない連中は、繊細な人間の心情を意味もなく踏みにじってしまう。

オリンピック開催を成功させたい立場も、オリンピックそのものへの批判意見に耳を傾ける義務がある。オリンピック狂騒に巻き込まれたくない人の迷惑にならない形でのオリンピック開催を目指すことは、より多くの人が満足するオリンピック開催になるからである。
純粋にスポーツの祭典を楽しむことは結構であるが、国別にメダル数をカウントする必要はない。オリンピックに限らず、サッカーのワールドカップなどにも該当するが、団体競技でナショナルチームを結成する必要はない。日頃活動しているチームの中で国内1位のチーム同士が世界大会で世界一を競えばいい。
特殊日本的精神論の気持ち悪さを自覚する私見にとってオリンピックそのものへの批判論は魅力的である。しかし、オリンピック開催返上論などへの賛成を躊躇わせる要因として放射脳カルトの存在がある。東日本が放射能汚染されていなければならないという自分達のデマを正当化するためにオリンピックの足を引っ張ることは本末転倒である。オリンピック開催を喜ぶ無邪気さの中にある全体主義の危険性よりも、放射脳カルトに対する嫌悪感が勝っている。これが率直な気持ちである。

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