2013年9月18日水曜日

東京五輪へのスタンス

東京オリンピック・パラリンピック招致決定によって今後の日本、なかんずく東京都はオリンピックという目標に一丸となって取り組む傾向が強まると予想される。オリンピックに、どのようなスタンスで臨むのかは真剣に考えるべき問題である。
オリンピック東京招致反対派の多くはオリンピックそのものに反対してはいない。オリンピックを名目とした税金の無駄遣い、大型開発による住環境や自然環境の破壊に反対していた。それ故に東京オリンピック招致決定を歓迎することは矛盾しない。東京オリンピックを歓迎する立場から、人や自然に優しいオリンピックを目指し、オリンピックを名目とした税金の無駄遣い、住環境や自然環境の破壊を阻止していくことが望まれる。オリンピックに便乗する商業主義にも厳しい視線で臨む必要がある。既に東急ハンズが公式Twitterで東京オリンピック招致を呟き、批判された。
カヌー競技場建設から葛西臨海公園の自然を守る署名でも、オリンピックそのものに反対していないとの声が圧倒的である。民意に沿うことを追求するならば、この立場は無視できない。
一方でオリンピックそのものへの根源的な批判がある。社会全体が一つになって頑張るというところに全体主義的な気持ち悪さがある。これは社会問題になっているブラック企業・ブラック士業を克服する上でも重要である。ブラック企業もガンバリズムとも言うべき特殊日本的精神論に支えられているためである。だからこそブラック企業批判は、ワタミ渡辺美樹などブラック企業と目される経営者の人格批判に直結する。
また、五輪招致反対論の主流はオリンピックが税金を無駄遣いせず、住環境や自然環境を破壊しなければ問題ないという結論になるが、それは可能かという疑問がある。オリンピックは巨大すぎるほど巨大なショービジネスになっている。近代の戦争が国民総力戦になったようにオリンピック開催も社会を巻き込まずには成り立たない。故に税金の無駄遣いも住環境や自然環境の破壊もないオリンピックは最初から望むべくもない不可能事との考えも成り立つ。それは白い黒猫や熱いアイスクリーム、誠実な東急リバブル東急不動産を求めるようなもので、それ自体が論理矛盾となるとの発想である。この考えは魅力的である。少なくとも議論の場から排除すべきではない。
一方で放射脳カルトによるオリンピック批判は問題である。放射脳カルトは東日本が放射能汚染されているという自説を正当化するために東京オリンピックが失敗しなければならないと考える。放射脳カルトは脱原発運動のイメージダウンになり、脱原発への市民的支持を失わせる点で有害である。放射脳カルトの東京オリンピック反対論も、足を引っ張るだけの言動として五輪批判論への市民的支持を離反させる。

0 件のコメント:

コメントを投稿