2013年7月6日土曜日

『ジロンド派の興亡』生存権

佐藤賢一『小説フランス革命VII ジロンド派の興亡』(集英社、2012年)は「ジロンド派の女王」の異名を持つロラン夫人(マノン・ロラン)を視点人物として幕を開ける。ロラン夫人は野心のある人物として描かれる。その対立相手としてルイ16世を位置付ける。大きな歴史の流れからすればヴァレンヌ逃亡事件以降はブルボン王家の衰亡一直線となるが、『ジロンド派の興亡』のルイ16世はしぶとい。

一般にルイ16世は王妃マリー・アントワネットの尻に敷かれた人物というイメージである。それに対して、ここではロラン夫人に操縦される夫のロランを「女房の尻に敷かれる男というのは、なんとも情けないものだね」と評している(142頁)。『小説フランス革命』シリーズはヴァレンヌ逃亡事件もルイ16世の主体的な行動として描いた(『王の逃亡』)。

夫を操る妻と妻の言いなりというイメージの夫の戦いは興味深い取り合わせであるが、所詮は権力を巡る醜い戦いでしかない。サン・キュロット(無産市民)の怒りは大きく、もはやジロンド派には制御できない状態になっていた。

やはり『ジロンド派の興亡』の主役はロベスピエールである。ロベスピエールは生存権思想に目覚める。「人間的に生きる権利、いうなれば健康で文化的な最低限度の生活を保障される権利は、ありとあらゆる人間に認められなければならない」(110頁以下)。この生存権が妨げられるならば経済活動の自由は制限されなければならない。

これがブルジョワの横暴を抑え、ジロンド派に対抗する理論になる。「断罪されるべきは、自儘で、野放図で、しかも際限がない、商人たちの貪欲のほうだ」(112頁)。ブラック企業が労働者、ゼロゼロ物件や脱法ハウスなどの貧困ビジネスが貧困層を搾取する現代日本にも当てはまる問題である。
http://www.hayariki.net/10/29.htm
一般にフランス革命はブルジョア革命として、その限界を語られることが多い。しかし、ジャコバン派は既に社会権の思想を有していた。格差と貧困が拡大する日本において、フランス革命の思想に学ぶ点は大きいと考える。

生存権の思想に目覚めたロベスピエールであったが、『ジロンド派の興亡』では猜疑心の強い独裁者になる素地も描かれる。弱虫として描かれ続けたデムーランよりも本質的には弱い人間と感じてしまう。また、後に対立して処刑される寛容派のダントンやデムーランとの微妙な違いも浮かび上がってくる。今後の展開に注目である。

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