2013年5月13日月曜日

『冬の生贄』林田力ブログ書評

モンス・カッレントフト著、久山葉子訳『冬の生贄』(創元推理文庫)はスウェーデンのミステリー小説である。上下巻の文庫本になっている。

舞台はリンショーピン市という地方都市である。主人公モーリン・フォッシュは女性刑事である。雪野原の木の枝に血だらけの死体がぶら下がっていたことが事件の始まりである。極寒の北欧の描写が具体的で、日本とは異なる風土の物語であると実感できる。死体と思われる人物の詩的なモノローグが挿入されており、幻想的である。

小説の醍醐味は与えられる情報が活字のみであることである。読者は文章から登場人物のイメージを想像する。これはビィジュアル面だけでなく、登場人物が自分にとって好感を抱ける人物か、反感を抱く人物かという想像も含まれる。その想像は十人十色であり、だからこそ小説のドラマ化やアニメ化で新鮮な驚きを感じたり、失望したりする。

『冬の生贄』では重要登場人物のイメージが中々固まらなかった。彼は極度の肥満体で、周囲の人から臭いと思われている。それを裏付ける食生活も描写される。問題は彼が作中で優しさ溢れる詩的なモノローグを語ることである。極度の肥満体という外見と詩的なモノローグの語り手が同一人物として想像できなかった。

作中では彼の不幸な生い立ちと孤独が強調され、同情を誘おうとする。それでも度を越えた肥満は自己管理のできない失格者という考えもある中で、生活保護で暮らしながら肥満体になる人物には好感が持てない。彼を爪弾きにした多くの住民と同じ気持ちになってしまう。

管見は生活保護受給者を怠け者とする見方には賛成しない。生存権は人権であり、生活保護バッシングに反対する。必要な人が生活保護を受給でき、ゼロゼロ物件などの貧困ビジネスが存在しない福祉国家スウェーデンを素晴らしいと考える。それでも生活保護を受給して肥満になる彼のような人物がいるならば生活保護バッシングが起きる背景は理解できる。

スウェーデンは福祉国家である。『冬の生贄』にも生活保護制度の手厚さが描写される。それは格差と貧困に苦しむ日本とは対照的である(林田力「『貧困にあえぐ国ニッポンと貧困をなくした国スウェーデン』の感想」JANJAN 2008年12月10日)。

また、『冬の生贄』に登場する警察署長は移民二世である。これも日本では考えられない。日本では外国人を排除するヘイトスピーチ・ヘイトデモが起きているレベルである(林田力『東急不動産係長脅迫電話逮捕事件』「東急不動産係長逮捕事件とネット右翼」)。

それでも『冬の生贄』ではスウェーデンも孤独や格差、差別など社会病理と無縁でないという現実を描いている。福祉国家スウェーデンも悩みのない楽園ではない。しかし、貧困ビジネスやブラック企業が横行する日本と異なり、生活ができていることは素晴らしい。衣食住が足りているからこそ、人間関係の闇に向き合えるとも言うこともできる。

実際、『冬の生贄』に描かれる社会病理は福祉国家故のものではなく、日本社会にも当てはまる。たとえば不良少年のエピソードである。このエピソードが物語の本筋に必要かは議論があるところで、物語をコンパクトにまとめるならば割愛することも選択肢になる。それでも大人の信頼を裏切り、嘘八百を並べる不良少年の救い難さは社会病理を描く上で効果的である。

日本でも関東連合などの元暴走族・ヤンキー集団の犯罪性が社会問題になっている。中学校などでのイジメも犯罪者のレベルであることが明らかになり、社会を震撼させた。『冬の生贄』では不良少年が更生して社会に受け入れられるというような古臭い筋書きにならないところにリアリティがある。スウェーデンでの刊行は2008年であるが、日本の社会病理を先取りする先進性がある。

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