2013年2月11日月曜日

峯岸みなみ坊主はブラック企業と同じ

峯岸みなみの坊主での謝罪はブラック企業と同じ体質を示している。これは前時代的な特殊日本的精神論の産物であり、体罰やイジメと同根の要素である。運営は峯岸みなみが自主的に行ったと説明するが、謝罪放送はスタッフの関与なくして成り立たない。何よりも「本人が自主的に行った」としたら、そこまで本人を追い込んだ組織の体質が問題になる。これはイジメや体罰で生徒が自殺した北本中学校や桜宮高校と同じ問題である。サービス残業などの労働基準法違反を強要するブラック企業と同じ問題である。
この点を強調した上で、あえて峯岸みなみの坊主を擁護してみる。人間として自然な感情である恋愛を禁止するとなると非人道的との論調が出てくる。一方で初期段階で恋愛感情を悪用して芸能人を食い物にするヤンキーがいることも事実である。関東連合などの半グレ、ヤンキーがのさばっている残念な現実は、芸能人に自由な恋愛をさせると本人にとっても落とし穴に陥る危険がある。かつて広末涼子というナチュラルなトップアイドルがいた。彼女の全盛期とその後を知っている人は大抵のことには動じなくなってしまったが、それは芸能人の姿として決して好ましいことではない。宮崎あおいの事務所が宮崎あおいの離婚を進めたと報道されたが、この文脈で理解できる。
坊主という措置はいかにも特殊日本的精神論で古臭い。これに嫌悪感を示す人が多いことは救いがもてる。しかし、関東連合などを実効的に排除しない限り、恋愛禁止は人権侵害論は現場を無視した空論になる。
http://hayariki.net/

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