2012年5月31日木曜日

林田力wiki:荒川弘『鋼の錬金術師』

荒川弘『鋼の錬金術師』は『月刊少年ガンガン』で連載していた漫画作品である。「ハガレン」の略称で親しまれ、最終回が掲載された『月刊少年ガンガン』は売り切れるほどの人気作品である。2003年にテレビアニメ化され、2005年には映画『シャンバラを征く者』が公開された。

『鋼の錬金術師』は錬金術が使える架空の世界を舞台にした物語である。エドワード(エド)とアルフォンス(アル)のエルリック兄弟は病気で亡くした母を錬金術で蘇らせようとして失敗。エドワードは左足と右腕を失い、身体を失ったアルフォンスは魂を鎧に定着させることで生き延びた。身体を取り戻すために旅に出た兄弟は、軍部の陰謀に直面することになる。

『鋼の錬金術師 20』で過去の回想がメインであった直近の巻から、ストーリーが大きく動き出す。冒頭でホムンクルス(人造人間)が襲撃してくる。これまで圧倒的な強敵として描かれてきたホムンクルスであったが、ここでは錬金術師側が優勢である。知恵と団結でホムンクルスに対抗する。

しかもホムンクルスに脅迫された被害者としての印象が強かったティム・マルコーが活躍している。主要登場人物に助けられ、救われるだけの存在と思っていたが、この戦いではかっこよく描かれている。この巻では、他にも軍部の実験でキメラ(合成獣)とされた後、主人公側に寝返った軍人が活躍する。彼らは、登場時は敵役であって、やられ役であった。正直なところ、これほど活躍することになるとは想像できなかった。

物語として描く場合、主人公や主要な仲間達ばかりが活躍する傾向になりやすい。また、読者層を考えれば少年少女が活躍しなければ支持を得にくい。いきおい強大な敵勢力にアウトロー的な主人公一行が孤軍奮闘する展開となりがちである。

これに対し、本作品の魅力は脇役の活躍が光っている。これがストーリー展開にリアリティを持たせ、作品の奥行きを深めている。この巻はホムンクルスとの最終決戦が近付いていることを示唆して終わる。

軍部内でもホムンクルスに対抗するグループが慎重に連携して決戦に備えている。この巻の戦いでは綿密な準備によってホムンクルスに勝利できることが示された。最終決戦でも人間側がホムンクルスを出し抜くことができるのか。今後の展開が楽しみな終わり方であった。

ハガレンの魅力は物語性にある。人気のある連載漫画は商業的な意向から引き延ばされる傾向がある。しかし、ハガレンでは人気のある中で最終回を迎えたことが示すように物語としてのまとまりを優先させた。

人気のある限り連載を続ける作品ではないため、キャラクターも考え抜かれている。『鋼の錬金術師 26』の見どころは七つの大罪を象徴するホムンクルスの一人・傲慢(プライド)を意味するセリム・ブラッドレイとの戦いである。セリムはエドと戦うが、意外な人物に邪魔される。

その人物は登場時から独特のポリシーを有していた悪役であった。その所業は道義的に決して許されるものではないが、彼には悪の魅力、悪の華というものがあった。その彼が単なるヤラレ役、強敵の引き立て役で終わってしまうことはもったいないと思っていたが、ここで活躍させる予想外の展開には舌を巻いた。

彼は最後まで自らの美学に沿って行動した。もし彼が最後に改心して善人となる御都合主義的な展開ならば、彼の魅力を損なってしまっただろう。しかし、彼は最後までブレないまま、それでいながらエドの戦いに影響を及ぼし、エドを深く理解していた。

集団主義的な日本社会では他者に同調するか否定するかの両極端に走り、異なる個性として他者を理解するということが不得手な傾向がある。その点で自己の美学を保ちながら、相反する価値観の他者(エド)を理解できる彼は魅力的なキャラクターである。このようなキャラクターが物語を構成していることがハガレンの魅力である。
http://www.hayariki.net/5/26.htm
王道的なバトル漫画において仲間との絆は重要な要素である。少年ジャンプの三本柱の一つに友情があるほどである。しかし、王道バトル漫画において仲間との絆の扱いは非常に難しい。最後は圧倒的な力を持ったラスボスを、それを上回る力を持った主人公が倒すという展開が待っているためである。

主人公が活躍しなければ王道バトル漫画にならない。しかし、それは仲間との絆がなくても、主人公が圧倒的な力でラスボスを倒せば済んでしまうことを意味する。それでは味気ないために仲間との絆が挿入されるが、取って付けたようなエピソードでは面白くない。

この点で最終巻『鋼の錬金術師 27』は秀でている。主人公がラスボスを倒すという見せ場を用意するが、そこに到るまでに仲間の戦いが必要であることが描かれる。さらにグリードのエピソードによって仲間の価値が示される。(林田力)

林田力review『美男ですね』第8話

TBS系の金曜ドラマ『美男ですね』の第8話「チャングンソク遂に登場!!」が9月2日に放送された。今回は桜庭美男・美子(瀧本美織)の母親の謎や藤城柊(藤ヶ谷太輔)と桂木廉(玉森裕太)の告白という物語上の重要なイベントがあるが、それでもサブタイトルは「チャングンソク」である。韓流スターの存在感の大きさを示している。
本人役で出演したグンソクは、A.N.JELLと一緒に写真撮影に臨む。美男とベタベタするグンソクに対し、美男以外のA.N.JELLの面々は面白くない表情をする。
韓国オリジナル版で廉に相当するファン・テギョンを演じ、強烈な印象を残したグンソクをリメイク版に出演させることは大きな話題づくりになるが、作品そのものにとっては冒険である。グンソクによって廉のイケメンぶりが霞んでしまう危険があるためである。
実際、グンソクの登場シーンはグンソクに美男、その他大勢という構図になった。これはイケメン揃いのA.N.JELLの中でもひときわ輝く廉のキャラクター設定にはマイナスになる。
しかし、廉の反応を柊や本郷勇気(八乙女光)と同じにすることは廉の存在感を埋没させる一方で、A.N.JELLの一体感を描く効果がある。韓国版では美男に相当するコ・ミナム(パク・シネ)以外のA.N.JELLのメンバーは子どもの頃から一緒に活動しており、気心の知れた仲であった。韓国版ではエピソードの端々で活動歴が長いことを描いてきた。その積み重ねがあるからこそ、ミナムをめぐる恋の争いが勃発して険悪なムードが漂っても、グループ崩壊というような決定的なところには至らなかった。
これに対して日本版は美男加入以前のA.N.JELLの歴史への言及が少ない。A.N.JELLの面々が韓国版以上に恋に積極的であることもあり、メンバーの仲の良さよりも対立が強調されがちである。日本版は韓国版よりも放送回数が少ない以上、細かなエピソードの省略は仕方のないことである。
その代わりにグンソクという圧倒的なスターを対置させることで、A.N.JELLの一体感を示した。それは中盤の柊を傷つけるNANA(小嶋陽菜)の言動への「A.N.JELLは俺が守る」という廉のセリフにつながる。グンソクの出演は単なる話題作りに終わらない味のある内容になった。(林田力)
http://hayariki.net/pj3.html

書評のポリシー

レスが遅れまして申し訳ありません。御指摘の女性観については私も似たような意見は抱いています。そこは文章で指摘しており、お汲み取りいただければ幸いです。好意的にまとめていますが、書評は原則として好意的にまとめるポリシーとしています。評価できないところがあるとしても、そこを強調するよりも評価できる点を指摘しています。私が一番嫌いなのは偏狭な左翼や右翼のように少しでも自分の意見に合わなければ全否定することです。
一方で全否定するスタンスを全て否定するつもりではありません。私自身、東急リバブル東急不動産に対して良いところもあるが、悪いところもあるという考え方は採りません。根本的に問題があると考えているからです。それ故に、ある著者に何が何でも許せないという信念があるならば、それは尊重したいですが、何でもかんでも自分の考えに少しでも合わないものを批判というのは偏狭です。
橋下市長については書籍では触れていないため、書評の対象外です。橋下大阪市長は反新自由主義の観点から支持しません。しかし、橋下市長の独裁を批判する側が寛容に満ち溢れているかと言えば、そうではありません。これは石原慎太郎批判でも共通します。
公務員叩きへの反論の中には公務員の給与を下げると消費が抑制され、景気が悪化して民間にも跳ね返るなどという噴飯物の議論もあります。これは新自由主義のトリクルダウンセオリーと同じです。

2012年5月30日水曜日

大河ドラマ『平清盛』第21回「保元の乱」

大河ドラマ『平清盛』は歴史ファンから久しぶりの骨太歴史劇として評価が高い一方で、視聴率は振るわない。このギャップはドラマの面白さに清盛が入ってこないことである。それは第21回「保元の乱」にも表れている。

ホームドラマ太河ではナレーションで済まされることの多かった合戦シーンであるが、「保元の乱」ではリアルに描く。一方で個人が名乗りを上げて一騎打ちをする当時の牧歌的な合戦をリアルに描き過ぎて、一般受けするかは微妙である。

保元の乱では両陣営で武士が夜討ちを進言する。この進言を悪左府・藤原頼長(山本耕史)は退け、信西(阿部サダヲ)は採用した。これが勝敗の決め手となった。ドラマでは頼長と信西が同じ孫子の一節を引用しながらも反対の解釈を導き出す。古典的素養のある歴史ファンには味な演出であるが、問題は主人公の出る幕がないことである。折角、白河院の落胤と設定したならば貴族的な素養を与えた方がドラマの面白さに噛み合った。

保元の乱は武士の力を見せつけた戦争であった。それは武士の進言を採用した後白河天皇方は勝利し、武士の進言を貴族的な発想で却下した崇徳上皇方は敗北したという結末が示している。ところが、ドラマでは武士の進言よりも、それを採否する信西と頼長がクローズアップされる。ドラマの味な演出の中に主人公が入っていない点がドラマ低迷の要因ではないか。

キャラクターとしては信西の独壇場である。澄んだ瞳で腹黒さを見せる。対照的に非常時でもオウムの入った籠を手放さずに逃げ回る頼長も印象的である。もはや山本耕史は悪左府のイメージが付いて回り、鬼の副長・土方歳三のような役を演じられないのではないかと思わせるほど演じきった。脇役が濃厚で清盛の時代は先になりそうである。(林田力)
http://www.hayariki.net/6/16.htm

女の香り、冷酷な医者

韓国ドラマ『女の香り』には冷酷な医者が登場する。細身で眼鏡をかけた秀才肌の人物であるが、人情を理解せずに、患者や家族に冷酷な言葉を吐く。本人は説得しているつもりかも知れないが、逆効果である。
この医師が高齢の患者の前で冷酷な言葉を吐いた直後に容態が急変して死亡する。それでも本人は因果関係がないと無反省である。
それ故に患者が離れ、同僚医師からも疎外されるシーンは爽快である。主人公との触れ合いの中で人間性を取り戻す展開が容易に予想できるが、それまで彼が傷つけてきた人々のことを考えると複雑である。

アソシエイト下巻

アソシエイトはジョン・グリシャムのリーガルサスペンスである。下巻でも弁護士報酬のデタラメぶりが描かれる。過大請求、水増し請求、無関係な飲食費まで依頼人に請求する。悪徳リフォーム業者も真っ青である。サスペンスそのものよりもハイエナ法律事務所の腐敗ぶりが印象に残る。
コスト意識のある企業がデタラメな弁護士報酬を法律事務所の請求通りに支払うことが不思議であるが、そのカラクリも解説される。法務セクションは出費を切り詰めることではなく、確保した予算を使いきることにモチベーションが働くという官僚的体質になっているためである。弁護士報酬を精査することがハイエナ弁護士撲滅の道である。
主人公は過去の乱行を隠蔽しようとする点で道徳的に評価できないが、弁護士倫理を守ろうとする一点で主人公たりえた。しかし、下巻では弁護士倫理遵守精神が独り善がりなものであることが顕になる。持ち出した情報に価値がない、依頼人に実害がないということは、窃盗であるか、守秘義務違反であるかという論点とは関係ない。依頼人や社会の視点が欠けている。ここにモンスター弁護士の萌芽がある。他者性を持たず、独り善がりな視点で倫理を守っていると盲信する存在は厄介である。林田力

2012年5月29日火曜日

『美男ですね』第7話、嫉妬に燃える玉森裕太

TBS系の金曜ドラマ『美男ですね』の第7話「運命のキスと奇跡の告白!!」が8月26日に放送された。クールで無愛想な桂木廉役の玉森裕太が嫉妬に燃える姿を熱演した。
今回は桜庭美男(瀧本美織)が女性であることがA.N.JELLの全メンバーに公になる。藤城柊(藤ヶ谷太輔)は積極的に美男にアプローチし、傍から見ると美男と柊は、いい雰囲気になっている。それが廉には面白くない。柊が美男に告白して美男がトキメク妄想までして、それを阻止しようと躍起になる。
実際のところ、美男は廉が好きで、柊は悲しくなるほど異性として意識されていない。廉にドキドキする美男はブタ鼻で心を鎮めようとするが、真意の分からない廉はバカにされていると勘違いする。さらにNANA(小嶋陽菜)の意地悪も加わって、二人はすれ違いを続ける。それでも二人の互いを想う気持ちは明白であり、安定感のあるラブコメに仕上がった。
普段はクールな人物が恋愛で必死になる姿には滑稽味がある。廉が上から目線で「好きになることを許可してやる」と言ったところで、「お前が美男を好きなくせに」と突っ込みたくなる。視聴者はニヤニヤしながら廉というキャラクターを見守ることができる。
『美男ですね』は韓国ドラマのリメイク版であり、オリジナルとの比較は避けられない運命である。特に廉に相当するファン・テギョンを演じたチャン・グンソクは、この役でアジアの大スターとなった。廉を演じる玉森裕太には「チャン・グンソクには及ばない」というバッシングを受ける危険があった。
圧倒的なカリスマであったテギョンに対し、廉は子どもっぽくすることで日本版の独自性を出した。さらに今回は恋愛への必死さを出すことで、廉を愛すべきキャラクターとして演出した。
玉森は前クールの月9ドラマ『幸せになろうよ』では真っ直ぐな高校生・柳沢優次を演じた。両親が離婚調停中で自宅に居場所がないという彼女のためにアパートを借りて同棲しようとして、彼女にドン引きされる。文字にすると情けない役どころであるが、その必死さが好人物として描かれた。
トップアイドルの廉と優次では社会的立場が異なるが、恋愛に対する必死さは同じである。玉森の熱演は普通の恋愛ドラマとして楽しめる演技になっていた。好きな気持ちを必死に演じる俳優として玉森の今後の活躍にも期待が持てる。
次回の第8話はチャン・グンソクが本人役で登場し、美男の秘密を知るなどA.N.JELLと絡んでくる。不動のカリスマ・グンソクと愛すべきイケメン・玉森の共演に期待大である。
(林田力)
http://hayariki.net/6/faqindex.htm

東急不動産だまし売り裁判は法律の世界

東急不動産だまし売り裁判は法律の世界の出来事である。民主主義の礎石としての法律であり、社会問題の戦いの最前線としての法律である。『東急不動産だまし売り裁判こうして勝った』は消費者契約法の裁判で繰り広げられるクリミナルなドラマを描いたノンフィクションである。
消費者運動家は愛想のいい笑顔で温かな握手をする好感が持てるタイプの人物であった。悪徳不動産業者は、できるなら握手などまっぴらと思っているような、しかめ面の人物であった。

鋼の錬金術師最終回

王道的なバトル漫画において仲間との絆は重要な要素である。少年ジャンプの三本柱の一つに友情があるほどである。しかし、王道バトル漫画において仲間との絆の扱いは非常に難しい。最後は圧倒的な力を持ったラスボスを、それを上回る力を持った主人公が倒すという展開が待っているためである。主人公が活躍しなければ王道バトル漫画にならない。しかし、それは仲間との絆がなくても、主人公が圧倒的な力でラスボスを倒せば済んでしまうことを意味する。それでは味気ないために仲間との絆が挿入されるが、取って付けたようなエピソードでは面白くない。
この点で鋼の錬金術師は秀でている。主人公がラスボスを倒すという見せ場を用意するが、そこに到るまでに仲間の戦いが必要であることが描かれる。さらにグリードのエピソードによって仲間の価値が示される。林田力

2012年5月28日月曜日

『三毛猫ホームズの推理』「完全犯罪!?放火の真実を追え」

テレビドラマ『三毛猫ホームズの推理』第7話「完全犯罪!?放火の真実を追え」は貧困ビジネスの問題に迫った。原作は『三毛猫ホームズの大改装』であるが、内容を大幅に変更し、現代の貧困問題を採り入れた。

ドラマでは「囲い屋」という貧困ビジネスが登場する。表向きは格安住宅の提供を称し、劣悪な建物に監禁する。生活保護費を詐取する。人が住めるような環境ではなく、人間を家畜化するものである。登場人物の台詞にあるように貧困ビジネスは尊い人の命を冒涜する。

悪徳業者の不正を追及するジャーナリストが悪徳業者から脅迫・攻撃される。これは林田力と共通する。東急不動産だまし売りやゼロゼロ物件業者の宅建業法違反などを追及していた林田力も東急不動産工作員やゼロゼロ物件業者から誹謗中傷された。

ビジネスモデル自体が十分に悪質な貧困ビジネスであるが、ドラマでは悪質な裏事情も暴く。建て替えしたい賃貸アパートのオーナーが追い出し屋を使い、他に住む場所のない住民を追い出す。住民が立ち退きに応じない場合は建物を放火する。住む場所を失った住民は貧困ビジネスの餌食になる。

現実にもゼロゼロ物件の追い出し屋や東急電鉄による大井町線高架下住民への追い出しが行われている。『三毛猫ホームズの推理』は前クールの刑事ドラマ『相棒』や『ストロベリーナイト』と比べてコメディー色が強いが、今回は社会性が強まった。
http://hayariki.net/6/9.htm

『相棒』は派遣切りや偽装請負、名義貸しなどを描いたSeason9の「ボーダーライン」が「反貧困ネットワーク」の「貧困ジャーナリズム大賞2011」を受賞している。フィクションであるドラマにも真実を伝えるジャーナリズムの力があり、ドラマによる貧困ビジネス追及に今後も期待する。

貧困ビジネスに虐げられ、搾取された被害者が悪徳業者への復讐を考えることは十分に共感できる。悪徳業者は追い詰められても「助けてくれ」と命乞いはするものの、自分達の悪事への反省はない。この点は現実の悪徳不動産業者と重なる。宅建業法違反で業務停止処分を受けながら、ホームページで誤魔化したゼロゼロ物件業者もいる(林田力「都 知事選出馬の渡辺美樹・ワタミ会長の経営の評価」PJニュース2011年2月21日)。

刑事ドラマでは、どのような理由であれ、犯罪は悪という結論にならざるを得ないが、貧困ビジネスの悪質さを踏まえるとフラストレーションが溜まる。今回は悪徳業者への一定の復讐がなされた後で止めに入る。その点で悪人の首謀者だけが救われた第6話「復讐の卒業写真…涙の女刑事」よりは救われる。(林田力)

『美男ですね』第6話、八乙女光のコミカルな中の誠実さ

TBS系の金曜ドラマ『美男ですね』の第6話「彼女は俺のモノだ」が8月19日に放送された。本郷勇気役の八乙女光がコミカルな役回りながら、真摯な演技で誠実さを出していた。
桜庭美男(瀧本美織)に激しく嫉妬するNANAは「女性であることを暴露する」と脅迫し、精神的に追いつめられた美男は高熱を出してしまう。一晩中看病した桂木廉(玉森裕太)だけでなく、藤城柊(藤ヶ谷太輔)も勇気も心配し、皮肉なことにNANAの悪意はA.N.JELLの結束を高める方向に働いた。
韓国オリジナル版のジェルミ(イ・ホンギ)に相当する勇気は明るく陽気なA.N.JELLのムードメーカーである。日本版の勇気は性格も金髪の外見もジェルミの雰囲気を出している。この勇気はA.N.JELLで唯一、美男の正体が女性であることに気付かないメンバーである。そして男性と勘違いしたままで、美男を好きになっていく。
カリスマ的な存在感を放っていた韓国版のファン・テギョン(チャン・グンソク)に比べると、廉には子どもっぽいところがある。コ・ミニョ(パク・シネ)を遠くから見守る足長おじさん的なところもあったカン・シヌ(チョン・ヨンファ)に比べると、柊は恋のライバルとして廉と張り合っている。これに対して勇気は最も韓国版らしさを出しているものの、日本リメイク版では男性を好きになってしまうアブノーマルさが強調された。
『美男ですね』は女性が男性に扮するドラマであるが、視聴者は正体が女性であることを知っている。そのために美男を男性ではなく、男性のふりをする女性と観ている。その中で男性と認識する美男を好きになる自分の気持ちに動揺する勇気は道化役となってしまう。特に日本版ではオリジナルキャラクターにオカマのトオル(楽しんご)を登場させ、男性を好きになった勇気の気持ちを笑いどころにしている。
しかし、同性愛を異端視し、笑いの対象とする演出はマジョリティのステレオタイプを反映したものに過ぎない。同じクールにインターセクシュアルをテーマにしたドラマ『IS(アイエス)?男でも女でもない性?』が放送される中で前時代的な演出になる。
これに対して、今回は勇気の真摯さが描かれた。代わりにトオルが絡む笑いどころは本人役で登場した香取慎吾(SMAP)と馬淵始(柳沢慎吾)の「しんご」トリオに任されている。香取慎吾は主演映画『こちら葛飾区亀有公園前派出所 THE MOVIE 〜勝どき橋を封鎖せよ!』の宣伝で出演した形である。
テレビ局の営業事情を反映した香取の出演は韓国版のファンには眉をひそめたくなるところであるが、ドラマにも意味を与えている。香取の出演シーンではトオルらと一緒にバカをする香取と、それにドン引きしたA.N.JELLが対比される。A.N.JELLの態度はバカをやって盛り上げた先輩芸能人に対するものではないが、そのクールさが架空のバンドであるA.N.JELLの大物ぶりを示している。
勇気は美男と二人きりになったことに心をときめかせ、病み上がりの美男のために食事を作り、寝ている美男の唇にドギマギする。コミカルなシーンであるが、勇気を演じる八乙女はマジメで誠実さが表れている。お調子者の印象のある勇気であるが、美男への態度には美談が抱える重圧を和らげようという気持ちが込められている。
八乙女は2004年放送の『3年B組金八先生』第7シリーズで両親の薬物依存や家庭内暴力という深刻な家庭環境にある生徒を演じた。2009年放送の『オルトロスの犬』でも影のある役を演じた。今回にも対照的な役になるが、真剣に生きることと向き合っていた過去の役柄が背景となり、コミカルな中にも重みのある演技となった。次回は遂に勇気が美男を女性と知ることになる。美男を女性と知った勇気の反応にも注目である。
(林田力)
http://hayariki.net/pj3.html

平清盛、保元の乱

平清盛の視聴率が低迷する理由は主人公の清盛に教養のないところである。保元の乱では両陣営で武士が夜討ちを進言する。悪左府は退け、信西は採用した。これが勝敗の決め手となった。ドラマでは悪左府と信西が同じ孫子の一節を引用しながらも反対の解釈を導き出す。古典的素養のある歴史ファンには味な演出であるが、問題は主人公の出る幕がないことである。折角、白河院の落としだねと設定するならば貴族的な素養を与えても良かったように思える。
保元の乱は武士の力を見せつけた戦争であった。武士の進言を採用した後白河天皇方は勝利し、武士の進言を貴族的な発想で却下した上皇方は敗北したという結末にも、それは現れている。ところが、ドラマでは武士の進言よりも、それを採否する信西と悪左府がクローズアップされる。ドラマの味な演出の中に主人公が入っていない点がドラマ低迷の要因ではないか。林田力

2012年5月27日日曜日

三毛猫ホームズの推理で貧困ビジネス

テレビドラマ『三毛猫ホームズの推理』で貧困ビジネスの問題に迫った。表向きは格安住宅の提供を称し、劣悪な建物に拉致監禁する。人が住めるような環境ではない。生活保護費を詐取する。登場人物の台詞の通り、貧困ビジネスは尊い人の命を冒涜するものである。
悪徳業者の不正を追及するジャーナリストが悪徳業者から脅迫・攻撃される。これは林田力と共通する。林田力は東急不動産だまし売りやゼロゼロ物件業者の宅建業法違反など不正を追及しているが、ゼロゼロ物件業者と一体化した東急不動産工作員から誹謗中傷された。
貧困ビジネスは、そビジネスモデル自体が十分に悪質であるが、ドラマでは悪質な裏事情も暴く。建て替えしたい賃貸アパートのオーナーが追い出し屋を使い、他に住む場所のない住民を追い出す。住民が立ち退きに応じない場合は建物を放火する。住む場所を失った住民は貧困ビジネスの餌食になる。
現実にもゼロゼロ物件の追い出し屋や東急電鉄による大井町線高架下住民への追い出しが行われている。三毛猫ホームズは前クールの刑事ドラマ相棒やストロベリーナイトと比べてコメディー色が強かったが、今回は社会性が強まった。相棒は貧困ジャーナリズム賞を受賞している。テレビドラマによる貧困ビジネスへの切り込みに期待する。
貧困ビジネスに虐げられ、搾取された被害者が復讐を考えることは十分に共感できる。悪徳業者は追い詰められても「助けてくれ」と命乞いはするが、自分達の悪事への反省はない。この点は現実の悪徳不動産業者と重なる。宅建業法違反で業務停止処分を受けながら、ホームページで誤魔化したゼロゼロ物件業者もいる。
刑事ドラマでは、どのような理由であれ、犯罪は悪という結論にならざるを得ないが、貧困ビジネスの悪質さを踏まえるとフラストレーションが溜まる。今回は悪徳業者への一定の復讐がなされた後で止めに入る。その点で悪人の首謀者だけが助けられた前回よりは、スッキリする。林田力

橘匠講演会

ジャーナリズム、陰謀、スピリチュアル。
東急はけしからん会社と英会話教室の講師が怒っていた。二子玉川RIZE問題。日本人は仕方ないと言う。理解できない。日本人は怒らない。
東急はちゃんとしたビジネスをしていない。補助金ビジネスになっている。二子玉川再開発には既に四百億円以上の税金が使われている。
陰謀論は全くの妄想もある。証拠も要らない。下調べのみで取材もない。妄想で完結する。
311事件後に変わってきた。放射能が体に悪いことは医師が知っている。騒げばいい。プロ市民が北九州で瓦礫阻止で暴れている。
スピリチュアルは見えた、見えないの世界になる。7月に東南海地震が起こると予言される。陰謀論を調べていた人がスピリチュアルの世界に進んでいる。
放射能怖いと言っていると、それで不安定になる。何かにすがり付きたくなる。
終末論と資本主義はセット。店を畳むから買ってという仕組みである。ネタは次々と出てくる。米ソの核戦争、ノストラダムス、アセンション。
自分はA層と陰謀論者は思っている。しかし、証拠は要らないと言っていたら、テレビに洗脳されている人を笑えない。
予言が外れたら、俺が止めたんだと言う。
2012年予想。EUはどんずまり。生産国はドイツだけ。
天皇家とは何ぞや。日本の国体に関係する。『本土の人間は知らないが、沖縄の人間はみんな知っていること』。国体護持とは天皇を米軍が守る。なんちゃって日本に国名を変えた方がいい。
EUはどんずまり。キーワードはアイスランド。アイスランドがBIS脱退。債務を踏み倒した。情報統制されている。インフレが起きたが、輸出国になった。
金融機関は債権を持っているからギリシャにデフォルトして欲しくない。
米軍と天皇はセット。その下に霞ヶ関。霞ヶ関に原爆落とせと言うと地方講演で受ける。霞ヶ関がなくなっても民間でできる。官僚を何とかしろ。官僚のバックにいる最高責任者は誰か。
今の天皇は個人的に嫌いではない。天皇家は無理が来ている。皇太子妃は皇室に入らなければ良かった。
秋篠宮と皇太子は顔が違う。皇居に行ったプッツン女優も実は隠し子とか。皇室から解放してあげたい。
自民党はろくでもなかった。CIAから金をもらっている人、安倍晋三のようなボンボン、金権政治家しか首相にならない。最悪なのは先頭で、アメリカの言いなりになる。
新大阪は大阪の中心部に行くことが不便。それは金権政治家が土地転がしして駅を誘致したから。
金権政治家が地盤の二級河川を一級河川にして自治体の負担を減らした。
今は政治家と官僚の立場が逆転した。官僚が政治家を動かしている。
パチンコ年間20兆円。利権化している。失われた二十年間。金持ちはパチンコをしない。趣味がある人はパチンコをしない。
仕事がないと、やることがなくなり、可哀想になる人が多い。被災地ではパチンコが繁盛している。
政治家がパチンコ屋のアドバイザーになっている。警察も絡んでいる。パチンコ屋に警察が集金に来る。昔は暴力団がバックだったが、今は警察である。そのためにやりたい放題になっている。遠隔操作で勝ち負けを自由に決められる。わざと勝たせて中毒にすることもできる。フィーバーにはサブリミナル効果が使われている。フィーバーの幻覚が日常生活でも見えて生活に支障をきたす例もある。
暴力団関係。アメリカの意向で山口組から稲川会に変わった。アメリカが山口組最高幹部を狙い撃ちにした。そこには日本の新自由主義と繋がっている。
秘密を共有した結束は強い。アメリカ様の言うことは全部聞いておきなさいとなっている。
島耕作は四人の実在人物をモデルにする。日本航空123便にTRONが乗っていた。墜落は撃墜と言われている。米軍、自衛隊、ソ連の説がある。
千葉県柏市に強力な勢力がいるが、わざと弱いフリをしている。
得体の知れない約束を守ることが良心。約束を守れない人はクズと呼ばれる。約束の内容は時代や地域によって異なる。そこに罠がある。人をのっぺらぼうにさせる。権力者の思惑通りにする。
リビアは貧しい国であった。カダフィが全ての国民に家を持たせたら殺された。
アラブの王族は国際資本が擁立しただけである。石油利権と引き換えに王国とした。
中国の脅威が喧伝されているが、茶番である。
海外旅行先としてメキシコを勧めた。麻薬で怖いというイメージがあるが、洗脳である。メキシコは皆ニコニコで楽園であった。反対はキューバ。昔のソ連のように冷たい国。
政治家の仕事は法案を書くことであるが、それを知らない政治家が多い。自分の仕事を知らない人達が遊んでいるだけ。
フリーエネルギーは人類の夢。マインドコントロールにかけられている。

報道の脳死:書評

マスメディアは権力の手先という陰謀論的な見方がある。これに対して『報道の脳死』の分析は、もっと絶望的である。主体的に権力の手先になっているというよりも、無能や怠惰によって権力の手先として機能している姿が浮かび上がる。ネット上では悪の枢軸であるかのようにマスメディアを憎む声があるが、実際は全力を傾けて憎むほどの価値もない卑小な存在である。それでもマスメディアが一定の社会的な影響力を持っていることは事実であり、問題は批判しなければならない。ここに絶望がある。叩くべき敵は強大であって欲しいものである。敵ながら天晴れというべき点があって欲しいと思いたい。その願望が強まって事実を曲げると陰謀論がたくましくなり、敵勢力が妄想される。
本書の計画停電への批判は鋭い。当初は輪番停電と呼ばれていたが、いつの間にか使われなくなったという言葉の変遷にも注目する。実際、都心部が停電しないなど輪番ではなかった。しかも、区部でもない武蔵野市が政令指定都市を差し置いて停電対象から外れるなど、不公平なものであった。林田力

『美男ですね』第5話、小嶋陽菜の壊れていく女性の怖さ

TBS系の金曜ドラマ『美男ですね』の第5話「マジでキスした!?」が8月12日に放送された。今回も秘密のバスやブタ鼻、ブタウサギのぬいぐるみなど韓国オリジナル版の名シーンが目白押しであったが、小嶋陽菜が演じるNANAが恋に満たされずに壊れていく女性の怖さを演じた。
A.N.JELLのメンバーは韓国版以上に桜庭美男(瀧本美織)に執心で、恋の五角関係を盛り上げる。桂木廉(玉森裕太)はツンデレである。藤城柊(藤ヶ谷太輔)は美男の廉への想いを知りつつ、「廉の誕生日はナナちゃんが祝ってくれる」と言う黒さも見せる。本郷勇気(八乙女光)はトオル(楽しんご)という日本版オリジナルのオカマを絡ませることで、男性を好きになった微妙な心情を浮き彫りにする。そして美男に嫉妬の怒りを向けるNANAが韓国版とは別次元の怖さを見せた。
韓国版のNANAに相当するユ・ヘイ(ユイ)は清々しいほど憎たらしかった。それに比べると、おっとりしたイメージの強い小嶋陽菜が演じるNANAには、ふてぶてしさが足りない。本当はかわいらしい女の子が無理して性悪女王様を演じる痛々しささえ漂う。ところが、今回は自分が認めたくない現実に直面し、壊れていく女性の怖さがあった。
ユ・ヘイは性格が悪いが、自分を確固として持っている芯の強さがあった。それ故にユ・ヘイの登場シーンには安定感があり、笑いどころでもあった。むしろ主人公のコ・ミナム(パク・シネ)に何をしでかすか分からない不安要素があった。桂木廉に相当するファン・テギョン(チャン・グンソク)の顔色をうかがってオドオドし、思いつめて誰も望まない行動に走る。
これに対してリメイク版の美男は「てっぱん」で明るく元気な女の子を演じた瀧本美織らしくなっている。オドオドすることもあるものの、廉をからかう明るさも見せる。廉はテギョンと比べて子どもっぽくなっており、美男がリードするという韓国版と比べた主人公カップルの逆転現象も見られた。
代わりにNANAに何をしでかすか分からない怖さがある。他の客もいるレストランでグラスを壁に投げつけるシーンが象徴する。ここでは裏表のある女性ではなく、裏の顔が表に侵食している。韓国版の筋書きを知る視聴者にも予想外の波乱を起こしそうな小嶋陽菜の壊れていく悪女の演技に注目である。
(林田力)
http://www.hayariki.net/6/10.htm

林田力history

 2003年6月、林田力は東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実(隣地建て替えなど)を隠して東京都内の新築分譲マンションをだまし売りされる。
 2004年12月、林田力は消費者契約法第4条第2項(不利益事実の不告知)に基づき、売買契約を取り消す。
 2005年2月、林田力は売買代金の返還を求めて東急不動産を東京地方裁判所に提訴する。
 2006年8月、東京地裁で原告(林田力)勝訴の判決が言い渡される(東京地判平成18年8月30日、平成17年(ワ)第3018号)。
 2009年7月、林田力は東急不動産との裁判を綴ったノンフィクション『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』を出版する。
 2009年11月24日、林田力は景観と住環境を考える全国ネットワーク・東京準備会が主催する第3回首都圏交流会で東急不動産だまし売り裁判を報告する。
 2010年1月、林田力は二子玉川東第二地区市街地再開発(二子玉川ライズ2期)事業計画(案)に対する意見書を東京都に提出する。
 2010年2月5日、林田力は「もめごとのタネはまちづくりのタネ研究会」定例会で東急不動産だまし売り裁判を報告する。
 2010年4月20日、林田力は二子玉川東第二地区市街地再開発(二子玉川ライズ2期)事業計画(案)に対する口頭意見陳述を世田谷区玉川総合支所で行う。
 2011年10月18日、林田力は二子玉川東第二地区市街地再開発(二子玉川ライズ2期)組合設立認可決裁文書の情報非開示異議申し立てに対する口頭意見陳述を東京都庁第一庁舎で行う。
 2011年11月7日、林田力は景観と住環境を考える全国ネットワーク「マンション紛争・都市問題首都圏交流サロン」で二子玉川ライズ問題や世田谷区デジタルコンテンツ問題、巨大アンテナ問題を報告する。
 2011年11月9日、林田力は世田谷区実施計画・行政経営改革計画素案に二子玉川ライズ補助廃止の立場から意見提出する。
http://hayariki.jakou.com/index.html

林田力

林田力は『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』(ロゴス社、2009年)の著者の著者であり、東急不動産消費者契約法違反訴訟原告である。東京都中野区生まれ。

Hayashida Riki is the author of " The Suit TOKYU Land Corporation's Fraud: How to Win" and the plaintiff Who Fought Against TOKYU Land Corporation.

林田力は東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実を隠して東京都内の新築分譲マンションをだまし売りされた。東急リバブル・東急不動産は新築マンション引き渡し後に隣地が建て替えられて、日照・眺望・通風がなくなることを知っていたにもかかわらず故意に告げなかった。隣地が建て替えられれば部屋は真っ暗になり、作業所になるため騒音も発生する(山岡俊介「東急不動産側が、マンション購入者に「不利益事実」を伝えなかった呆れた言い分」ストレイ・ドッグ2005年2月21日)。

このために林田力は消費者契約法第4条第2項(不利益事実不告知)に基づいてマンション売買契約を取り消し、売買代金の返還を求めて東急不動産を東京地方裁判所に提訴し、勝訴した(東急不動産消費者契約法違反訴訟、東京地判平成18年8月30日、平成17年(ワ)第3018号)。

判決は以下のように東急不動産の不利益事実不告知を認定した。その上で、東急不動産に売買代金の全額支払いを命じた。

「被告(注:東急不動産)は、本件売買契約の締結について勧誘をするに際し、原告に対し、本件マンションの完成後すぐに北側隣地に3階建て建物が建築され、その結果、本件建物の洋室の採光が奪われ、その窓からの眺望・通風等も失われるといった住環境が悪化するという原告に不利益となる事実ないし不利益を生じさせるおそれがある事実を故意に告げなかった」

この判決は不動産取引に関して消費者契約法4条2項(不利益事実の不告知)を適用し契約の取消しを認めたリーディングケースである(佐藤裕一「東急不動産で買ってはいけない 被害者が語る「騙し売り」の手口」MyNewsJapan 2009年9月3日)。

この東急不動産だまし売り裁判を契機として、インターネット上では東急リバブル・東急不動産に対する批判が急増した。「営業マンの態度が高慢」「頼みもしないDMを送りつけてくる」など「自分もこのような目に遭った」と訴訟の枠を越えた批判がなされ、炎上事件として報道された(「ウェブ炎上、<発言>する消費者の脅威−「モノ言う消費者」に怯える企業」週刊ダイヤモンド2007年11月17日号39頁)。

林田力は2009年7月には東急不動産との裁判を綴ったノンフィクション『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』を出版する。『東急不動産だまし売り裁判』は『別冊サイゾーvol.1 タブー破りの本300冊 サイゾー11月号臨時増刊』(2010年11月1日発行)の「警察、学会、農業……の危険な裏 告発本が明らかにした「日本の闇」」で紹介された。林田力のコメントも掲載されている。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/639

林田力は景観と住環境を考える全国ネットワーク・東京準備会「第3回首都圏交流会」(2009年11月24日)や「もめごとのタネはまちづくりのタネ研究会」定例会(2010年2月5日)でも東急不動産だまし売り裁判を報告した。

その後もマンション被害や住民運動を取材する。東急不動産だまし売り被害者として、林田力はマンション建設反対運動やゼロゼロ物件詐欺、追い出し屋被害に対しても強い共感をもって行動している。東京都世田谷区の二子玉川東地区再開発(二子玉川ライズ)の住民被害や反対住民運動を詳細に紹介し、「世田谷問題を精力的に取材されているネット・ジャーナリスト」と評される。マンションだまし売りやゼロゼロ物件詐欺など悪徳不動産業者の実態を明らかにすることで、消費者や住民の権利拡張に寄与している。

2012年5月26日土曜日

東急大井町線ガード下住民追い出しは居住の権利侵害

お手紙拝読しました。東京急行電鉄(東急電鉄)の東急大井町線高架下住民追い出しを居住の権利侵害と位置付けることは適切です。住民にとって生活や生業の場であり、賃借権の相場を下に立ち退き料を幾らか払えば済むという話ではありません。そのような土俵での議論にしてしまうことが根本的な誤りです。住民には生活保障が必要です。その思想的バックボーンとなるものが居住の権利であり、人権です。
居住の権利への注目は運動論的にも意義があります。居住の権利や住まいの人権を掲げた運動があり、活発に活動しています。以前紹介した住まいの貧困に取り組むネットワークも、その一つです。悪質なゼロゼロ物件業社の宅建業法違反を告発し、東京都が業務停止処分としました。そのような運動との連携も考えられます。
引用は阪神大震災を背景としています。被災地に強引に再開発ビルを建設し、昔ながらの住民が追い出され、再開発ビルに入居した商店主も借金だらけで夜逃げするという悲劇が起きています。東急不動産は東日本大震災でも復興支援をしていますが、被災地を搾取することになるのではと懸念されます。住民不在の再開発は二子玉川RIZEにも重なります。林田力

ビリーバット、アポロ計画の嘘に挑む

ビリーバットではアポロ計画の嘘に挑む。俄然面白くなってきた。もともと下山事件という戦後史の闇に切り込むことで注目されたビリーバットであったが、戦国時代の巻物争奪戦など話題が転々として失速した。やはり投げっぱなしは宜しくない。一貫性が必要である。
ケネディ大統領暗殺という有名な事件が描かれることで再浮上したが、パンチ不足は否めない。もともとケネディ暗殺は陰謀論では有名すぎるほど有名な話であり、陰謀を描いても、ありきたりになってしまう。ビリーバットでも主人公達の努力が何だったのかというほど公式見解通りの展開になる。
それに対してアポロ月面着陸の捏造も有名な話であるが、相対的には新鮮である。アポロ月面着陸は権力だけでなく、科学信奉者にも信者がいるために、その捏造の主張は大きな議論を起こしやすい。
ビリーバットでは月面着陸捏造の関係者に下山事件と接点のある人物が登場する。物語の最初の謎と繋がった形である。林田力

『美男ですね』第4話、藤ケ谷太輔が抑制された演技で切なさを表現

TBS系の金曜ドラマ『美男ですね』の第4話「告白!!届け…切ない片想い」が8月5日に放送された。桂木廉(玉森裕太)への桜庭美男(瀧本美織)の想いが深まっていく今回であったが、藤城柊を演じる藤ケ谷太輔が優しい男性の報われない優しさで存在感を発揮した。
『美男ですね』は韓国の人気ドラマの日本リメイク版で、今回も韓国版通りの展開が進む。美男と廉の相部屋の一夜、二人での親の墓参り、NANA(小嶋陽菜)をエスコートするマネージャー、ソロ曲のレコーディングで想いが溢れるシーンなど韓国版の名シーンが目白押しである。
惜しむべきは短縮しているために韓国版の味が十分に出せていない点である。たとえば廉が豚に追いかけられるシーンがある。韓国版では田舎でスターが骨休めをしている中での出来事で、のどかな直前との好対照が笑いを大きくする。これに対して日本版では豚の襲撃が唐突で、廉が間抜けに映る。豚に追いかけられる廉の描写も韓国版以上にコミカルであった。
日本版の廉はビッグになるには足りないものがある発展途上の存在に設定変更されており、カリスマ的な韓国版のファン・テギョン(チャン・グンソク)のファンには違和感がある。その中で今回は韓国版のカン・シヌ(チョン・ヨンファ)に相当する柊が味を出していた。柊は早い段階で美男が女性であることに気付くが、誰にも言わずに守り続ける。美男に惹かれていくが、美男には優しい兄貴分としい思われていない損な役回りである。
美男が廉に惹かれつつあることを知りつつも、柊はアプローチを続ける。廉とNANAの交際に動揺する美男には「廉のファンだから動揺する」と説明し、「ファンならば幸せを願わないと」と諭す。美男が廉の部屋で寝る時も「困ったことがあれば何でも俺に言えよ」と言った。それでも柊の気持ちは報いられない。叔母の家に宿泊した美男を迎えに行くが、廉が迎えに来ることを期待していた美男は柊を見て立ちすくむ。「廉かと思った?」と尋ねる柊が寂しげであった。
前々クールの連続ドラマ『美咲ナンバーワン!!』で喧嘩っ早い男子高校生を演じたばかりの藤ケ谷太輔であるが、『美男ですね』では抑制された演技で柊の人柄を表現した。美男と柊のカップリングを応援したくなる今後の展開に注目である。
(林田力)
http://hayariki.zero-yen.com/pj3.html

『美男ですね』第3話、弱さを持った小嶋陽菜の性悪アイドル

TBS系の金曜ドラマ『美男ですね』の第3話「切なすぎるキス…」が7月29日に放送された。韓国の人気ドラマのリメイク版であるが、今回は韓国版のユ・ヘイ(ユイ)に相当するNANA役の小嶋陽菜(AKB48)が弱さを持った性悪アイドルを演じ、複雑になる恋愛模様を盛り上げる存在となった。

NANAは「みんなの妖精」と呼ばれる大人気アイドルであるが、本性は性悪で傲慢という裏表のあるキャラである。自分になびかない桂木廉(玉森裕太、Kis-My-Ft2)に反発しながらも興味を抱き、本気で惹かれていく。恋敵の桜庭美男(瀧本美織)を執拗に敵視し、A.N.JELLをひっかき回す存在である。

韓国版のヘイは憎たらしいほどのふてぶてしさを有していた。ヘイを演じたユイは『美男ですね』によって日本でも知名度が上がったが、強烈なヘイの印象が本人のイメージに投影されてしまうほどであった。そのヘイに相当する役が小嶋陽菜にキャスティングされたことは韓国版のファンには意外感がある。

小嶋は2008年放送のドラマ『ヤスコとケンジ』で意地悪な女子高生を演じた経験があるが、それでも、ノースリーブスの「マイペース担当」で、おっとりした小嶋がヘイの持つキツさを演じることはイメージしにくい。実際、小嶋はNANAとして裏表のある小悪魔ぶりを見事に演じているが、裏の性格の悪さも一種の強がりに見えてしまう。

日本版ではNANAの専属ヘアメイクのトオル(楽しんご)がオリジナル・キャラで登場する。トオルはNANAの本性を知っている人物で、NANAからワガママをぶつけられる存在である。NANAとトオルの関係によってNANAの本性が分かりやすく演出されるが、相手がナヨナヨした楽しんごであるため、女王様キャラも本性というよりも相手に合わせた演技に映る。
http://hayariki.net/6/10.htm
特に今回はNANAの弱さが際立った。NANAは嘘をついて桂木廉を呼び出したものの、怒った廉に履いていた靴を投げられる。さらに偶然ボールをぶつけられ、芸能人と知った一般人に囲まれるという災難に見舞われる。韓国版と同じ流れであるが、小嶋の演じるNANAでは悲惨さが強調される。

その性悪ぶりから見落とされがちであるが、ヘイは実は可哀想な存在である。ファン・テギョン(日本版では廉)への想いが報いられことはなく、優しい態度をかけられることもなかった。韓国版では芯の強いヘイは悪役に固定され、本気の恋愛対象からは外れた。しかし、弱さを持ったNANAは感情移入の対象になる。主人公の恋のライバルとして韓国版以上に存在感を発揮しそうな小嶋に注目である。(林田力)

『BILLY BAT』人類は月に行っていなかった

『BILLY BAT(9)』(講談社、2012年5月23日)ではアポロ計画の嘘に挑む。俄然面白くなってきた。浦沢直樹は『20世紀少年』で高度経済成長期の大阪万博に代表される「人類の調和と進歩」の価値観の歪みを描いた(林田力「業平橋駅がスカイツリー駅に変わる寂寥感」PJニュース2011年1月16日)。『BILLY BAT』では人類の科学史上の「偉大な一歩」と喧伝されるアポロ計画の虚飾に斬り込む。

もともと下山事件という戦後史の闇に切り込むことで注目された『BILLY BAT』であったが、戦国時代の巻物争奪戦など話題が転々として失速した。やはり投げっぱなしは宜しくない。一貫性が大切である。

その後はケネディ大統領暗殺という有名な事件が描かれることで再浮上したが、パンチ不足は否めない。もともとケネディ暗殺事件がオズワルドの単独犯ではないとする見解は広範な市民権を得ている。今更、陰謀が介在したと描いても、ありきたりである。『BILLY BAT』では主人公達の暗殺を阻止しようとする行動がドラマを盛り上げたが、その努力がなんだったのかというほどに暗殺後は公式見解通りの展開になった。

「人類は月に行っていなかった」とするアポロ計画の捏造説も知られた話である。月面着陸は地球上のスタジオで撮影されたものとする。アポロ計画には以下のような疑問が提示されている。
http://www.hayariki.net/5/48.htm
空気も風もないはずの月面で星条旗がはためいている(林田力「科学信奉者への反感」PJニュース2010年11月13日)。放射能防御を施していないロケットがヴァン・アレン帯を通過して人員が無事なはずはない。月面では重力が地球の1/6であるにもかかわらず、ビデオの中での物の落下速度が地球上のものと同じである。

アポロ計画陰謀論は権力だけでなく、科学という権威にも挑戦するものである。世の中には「非科学的」とラベリングしたがる科学信奉者もいる。それ故にアポロ計画の陰謀を描くことはケネディ暗殺の陰謀を描くこと以上にスリリングである。さらに『BILLY BAT』ではアポロ計画陰謀論の関係者に下山事件と接点のある人物が登場する。物語の初期のテーマと繋がった形である。(林田力)

『美男ですね』玉森裕太とチャン・グンソクに日韓アイドルの差

TBS系の金曜ドラマ『美男ですね』の第2話「恋の初ライブ!!」が7月22日に放送された。『美男ですね』は人気韓国ドラマのリメイク版で、オリジナル版ではファン・テギョンを演じたチャン・グンソクを一躍アジアの大スターに押し上げた。そのグンソクの役に相当する桂木廉役の玉森裕太(Kis-My-Ft2)は、グンソクのカリスマとは別次元の日本的アイドルとして独自性を発揮した。
『美男ですね』は見習いシスターの桜庭美子(瀧本美織)が双子の兄・美男に代わってイケメン・バンドA.N.JELLの新メンバーになるラブコメディーである。主要登場人物であるA.N.JELLのメンバーが韓国オリジナル版の雰囲気を出していることも話題である。
カン・シヌに相当する藤城柊(藤ヶ谷太輔、Kis-My-Ft2)は優しいが、損な役回りの男性である。いち早く美男が女性であることに気付き、美男に惹かれるものの、想いを伝えられない。ジェルミに相当する本郷勇気(八乙女光、Hey! Say! JUMP)は元気なムードメーカーである。美男が女性であることに気付かない勇気は、美男に妙な感覚を覚える自分に動揺する。
難問はテギョンに相当する桂木廉(玉森裕太)である。テギョンには潔癖症で気難しく高慢という性格的な難があるが、それを含めてテギョンにはスターというカリスマがあり、圧倒的なオーラを放っていた。グンソクと同等の存在感を他の俳優に求めることは酷である。
これに対して桂木廉は子どもっぽさを付加することで日本版の独自性を出した。美子(オリジナル版ではコ・ミニョ)のドジに廉(テギョン)が巻き込まれてしまう点はオリジナル版も日本版も同じである。テギョンはミニョを「事故多発地帯」と酷評しながらも、それを心の底では楽しむような余裕があった。それ故にミニョに惹かれる展開が自然につながる。
これに対して廉は美子のドジに「絶対に許さない」「絶対に認めない」と本気で激怒する。これは美子に悪気がないことを知っている視聴者からは、廉の潔癖症と相まって器の小さい人物と受け止められる危険がある。
http://www.hayariki.net/pj3.html
より重要な点は、どれほど廉が怒り狂ったとしても、美子を許し、認める展開が控えていることである。「絶対に許さない」発言は偽りになり、廉は言葉が軽い人物になる。ミニョを酷評しつつも、全否定まではしなかったテギョンがカリスマとして一貫性を保ったのに対し、廉はスターとしては安っぽくなってしまう。
一方で第一印象が最悪というカップルは恋愛ドラマの王道的な展開である。本気で「許さない」とまで言った相手に惹かれる展開こそドラマになるとの見方もある。「許さない」発言も発言時の心情としては真実であり、その時その時の心情に正直な人物として好意的に評価する向きもあるかもしれない。過去を水に流す日本人と過去との一貫性を重視する韓国人の民族性の差が廉(テギョン)の描き方にも表れた。
完成された大スターのテギョンに対して、廉は事務所社長の安藤弘(高嶋政伸)に「ビッグになるには何か欠けている」と評される発展途上の存在である。それ故に美子を演じる瀧本美織が『てっぱん』のように明るく引っ張っていくという要素も生まれるが、ここにも日韓のアイドル事情が反映する。
韓国アイドルはデビューまでに事務所がレッスンを積ませ、デビュー時の完成度が高い。それが日本でもK-POPを席巻させる要因となった。これに対して日本ではファンがデビュー時からアイドルの成長を応援する傾向が強い。日本化された『美男ですね』が描くアイドル像に注目である。(林田力)

2012年5月25日金曜日

『てっぱん』に続き『美男ですね』でも明かりになった瀧本美織

TBS系の金曜ドラマ『美男ですね』(イケメンですね)が7月15日から放送を開始した。『美男ですね』は見習いシスターの主人公が双子の兄に扮して人気バンドA.N.JELLの新メンバーになる韓国の人気ドラマの日本リメイク版である。
ドジな女性が男性になりきるドタバタ劇と、イケメンに囲まれる胸キュンなラブコメディが韓国のみならずアジア中で大人気となった。その要素は日本版でも健在であるが、日本版では主演が明るく元気な瀧本美織に相応しく、主人公の桜庭美子がイケメンメンバーを引っ張る展開も見せた。
瀧本美織の明るさはオリジナル版の美子に相当するコ・ミニョ(パク・シネ)の空回りするドジっ娘というイメージには合っている。一方で修道院生活を送る世間知らずの内気な女性というミニョのイメージを壊す危険もある。この点でドラマでは孤児院生活の回想を挟むことで、美子のキャラクターを説明付けた。瀧本も男性の裸を見て硬直してしまうなど純な女性を演じている。
海外の人気ドラマのリメイクは伝統的な手法であるが、『美男ですね』の難しいところはオリジナルの視聴者が多い点である。直近ではオリジナル版が5月にフジテレビ系列で放送されたばかりである。オリジナルと同じではリメイクの意味がなく、オリジナルを壊せばオリジナルのファンから叩かれる。日本版は基本設定を踏襲するが、細部には独自設定を加えている。
たとえば倖田來未が歓迎パーティーに招待された芸能人として本人役で登場する。A.N.JELLの事務所社長・安藤弘(高嶋政伸)は「You」などジャニー喜多川のような話し方になっている。これはA.N.JELLのメンバーが桂木廉(玉森裕太、Kis-My-Ft2)、藤城柊(藤ヶ谷太輔、Kis-My-Ft2)、本郷勇気(八乙女光、Hey! Say! JUMP)とジャニーズのアイドルであることからの茶目っ気である。
そしてA.N.JELLのマネージャー馬淵始(柳沢慎吾)は原作以上にテンションが高い。桜庭美子(瀧本美織)に兄・美男の代役を頼む展開は強引である。その後も美子をメンバーの中に残して自分は帰ってしまうなど身勝手であった。オリジナルではマネージャーとコ・ミニョが協力していたが、日本版は美子任せの要素が強い。
そのために美子が一人で悩む展開が多くなり、かえって主人公の存在感が際立った。幼少期の美子と美男の孤児院生活が繰り返し回想され、歌手になるという兄の夢を実現させたいという美子の兄妹愛が強調される。
初回放送の後半は日本版独自のストーリーで、児童養護施設向けコンサートを実現するために美子が奮闘する。A.N.JELLは圧倒的な人気を誇るバンドという設定であるが、日本版ではビッグになるには何か欠けている発展途上の存在と位置付けられている。新メンバー追加もオリジナルではボーカルの喉の負担軽減が理由であったが、日本版は単なる成長路線になっている。
さらに日本版のA.N.JELLは悪意にも曝されている。インターネットでは悪口が書き込まれ、児童養護施設の園長(石坂浩二)からは敵意をむき出しにされる。オリジナルのキム記者に相当するパパラッチ記者は日本版では三人組に増強された。そのような悪条件下でも美子は努力を放棄せず、メンバーや周囲の心を動かすことになる。
主演の瀧本美織はNHK連続テレビ小説『てっぱん』の主人公・村上あかりを演じて、明るく元気な女の子というイメージを確立させた。『てっぱん』の村上あかりの名前には幸せをもたらす明かりであって欲しいという母親の願いが込められている。児童養護施設のエピソードでは美子の奮闘がバンドのメンバーに良い影響を及ぼした。受け身なだけでなく、A.N.JELLを成長させる明かりにもなった瀧本演じる美子に注目である。(林田力)
http://hayariki.net/pj3.html

東急不動産だまし売り裁判の温もり

東急不動産に売買代金の返還を命じる判決によって東急不動産だまし売り被害者の頬には温もりが戻りだし、血液が循環しはじめた。不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした東急リバブル東急不動産は冷酷無慈悲な殺し屋同然であった。見下げはてたゲスであった。消費者感覚から逸脱した東急リバブル東急不動産にはオズの魔法使いの台詞を贈呈する。ここはカンザスじゃないんだよ。
悪徳不動産営業は自らの威信を高められることであれば何であれ自慢し、吹聴することに多大すぎるほど多大な時間を費やしていた。消費者がカンカンに腹を立てている状況を高みの見物と決め込んでゲラゲラと大笑いするような輩であった。
東急リバブル東急不動産が道徳や倫理を屁とも思っていないことは分かりきっていた。しかし、それは東急不動産だまし売り被害者の林田力にとっては大事なものであった。東急不動産営業と話した後では新鮮な空気が必要であった。
粗末な備品、過酷な労働時間、サディストの上司、耐え難い圧力。どれもこれもが悪徳不動産業者の一部であった。悪徳不動産営業の仕事は激しいプレッシャーと激しいストレスそのものであった。再開発ビルのレストランの雰囲気は刑務所の食堂と大差なかった。
林田力『東急不動産だまし売り裁判こうして勝った』を読めば、マンションだまし売り業者の関係者は刑務所送りになるべきと確信できる。最高経営責任者も取締役も重役会義のメンバーも。とにかく全員である。一つの企業グループを丸々刑務所に入れることは非現実的であるが、マンションだまし売りに従事したことのある人間全員に限って例外を設けるべきである。

2012年5月24日木曜日

『アソシエイト』弁護士報酬の無意味さ

ジョン・グリシャム著、白石朗訳『アソシエイト 上下巻』(新潮文庫、2010年)はロースクール卒業生を主人公としたリーガルサスペンスである。グリシャムは弁護士や法律事務所をテーマとしたリーガルサスペンスの第一人者である。『アソシエイト』はグリシャムの作品では新しい部類に入る。スマートフォンやサブプライムローンという現代の世相を反映する。

主人公カイル・マカヴォイは冒頭からピンチに陥る。「起訴状といっても、金を強請りとるための手段にすぎない」という台詞がある(84頁)。民事紛争を有利に進めるために刑事手続きを悪用する輩がいる実態を明らかにする。これは日本でも対岸の火事ではない(林田力「アヴァンスの書類送検はモンスター弁護士への警鐘(下)」PJニュース2010年12月14日)。

上巻では「公費の無駄づかいを監視する市民グループは、有人シャトルによる火星探査計画であるかのように反対運動を繰り広げた」という表現がある(189頁)。宇宙開発が典型的な税金の無駄遣いと扱われて興味深い。「はやぶさ」やロケット打ち上げを国中で祝う雰囲気のある日本のナイーブさを印象付ける。何の戦略もないまま先端技術というだけで飛びつくことは昔からの日本人の悪癖である(林田力「宇宙開発の徹底的な事業仕分けを」PJニュース2010年5月30日)。

アメリカのリーガルサスペンスでは弁護士ばかりが肥大する訴訟社会の虚しさが描かれるが、時間単位の報酬請求など対価性を無視した弁護士報酬の仕組みが問題であることが分かる。依頼人にとって無意味な仕事で弁護士は報酬を請求する。投資対効果に厳格な米国企業が弁護士報酬を言い値で払うことは信じ難い。

訴訟社会に対して日本的な譲り合いや和の精神で対置する立場があるが、これには反対である。消費者や労働者のような弱い立場にいる人々にとっては権利が命綱になる。社会問題は人権をベースで闘うべきである(林田力「マンション建設反対運動は人権論で再構築を」PJニュース2011年6月17日)。東急不動産だまし売り裁判でも消費者契約法による取消という消費者の権利で対抗した(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社)。

紛争において譲り合いや和の精神を強調することは、虐げられた人々が泣き寝入りを迫られる結果になる。強い立場が方針を変えることは容易ではない。弱い立場が我慢した方が社会のインパクトが少なくて済むからである。結局は焼け野原から経済大国にしてしまうような前に進むことしかできない発想を美徳という愚かな価値観を押し付けられて馬車馬のように働かされるだけである。

訴訟社会の問題は人々の権利意識が高すぎることによるものではなく、ハイエナ弁護士やモンスター弁護士の問題である。積極的に宣伝広告して費用の高い法律事務所に依頼しないなどが対策になる(林田力「宇都宮健児日弁連新会長の課題はモンスター弁護士の排除」PJニュース2010年3月27日)。

主人公カイルは必ずしも道徳的に正しい立場ではない。カイルの過去の行状や、それを隠蔽する隠蔽する姿勢には嫌悪感を覚える。それでもカイルを主人公足らしめている点は弁護士倫理を守ろうとしているところにある。日本には「弁護士は公正中立ではない」と最初からアンフェアであることを宣言する弁護士事務所も存在する(林田力「弁護士の粗末な交渉で泥沼相続紛争(中)」PJニュース2010年10月8日)。以下の弁護士倫理に露骨に反しており、嘆かわしい。
http://www12.atpages.jp/~hayariki/haya/4/19.htm
弁護士法第1条(弁護士の使命)「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」

弁護士職務基本規程第5条(信義誠実)「弁護士は、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行うものとする。」

弁護士倫理規定第7条(真実の発見)「弁護士は、勝敗にとらわれて真実の発見をゆるがせにしてはならない。」

米国の訴訟社会は大きな問題であるとしても、むしろ日本は米国に学ぶことは多い。

2012年5月23日水曜日

女の香り

『女の香り』は韓国ドラマ。『私の名前はキム・サムソン』の女優がヒロインを演じる。冴えない女性と大企業の御曹司のラブストーリーという枠組みは同じであるが、『女の香り』の方が深刻である。ヒロインが怒らせてしまう人物がムスリムであるなどドラマは社会の多様性を反映している。このようなところにも韓国が国際的な存在感のある理由が理解できる。
印象的なキャラクターにヒロインの恋敵役の財閥令嬢がいる。ヒロインを見下す嫌な役どころであるが、目大きくてが印象的で、ステレオタイプな心の貧しい金持ち像に収まらない。目が重要な要素であることを再確認した。林田力

『義風堂々!!直江兼続~前田慶次酒語り』

武村勇治『義風堂々!!直江兼続~前田慶次酒語り』は大河ドラマ『天地人』で脚光を浴びた直江兼続を主人公とした歴史漫画である。原哲夫の人気漫画『花の慶次 雲のかなたに』のスピンアウト作品で、原作者に原と堀江信彦が名を連ねる。兼続は前田慶次の莫逆の友という設定である。

もともとは『義風堂々!!直江兼続 前田慶次月語り』と題して『週刊コミックバンチ』で連載されていた。晩年の慶次が若い頃の兼続の人生を語るという形式で、新発田重家の乱の鎮圧までを扱った。兼続は前田慶次に会う前であり、基本的に本編で慶次は登場しない。

掲載誌を『月刊コミックゼノン』に移した『酒語り』では、慶次と兼続が酒を飲みながら、二人が出会った後の出来事を昔語りする。『花の慶次』の出来事を、兼続を主人公として再構成する。『花の慶次』ファンにとっては懐かしさもある内容である。

前田慶次は原哲夫にとって最も成功したヒーローである。圧倒的な強さだけでなく、清々しい性格が周囲を魅了する。原哲夫の代表作と言えば『北斗の拳』であるが、キャラクターのインパクトは主人公のケンシロウよりも、ラオウを筆頭とする脇役陣が強い。『北斗の拳』の世界観を継承した『蒼天の拳』の主人公・霞拳志郎の性格はケンシロウよりも慶次の影響を受けたものになっている。

そのような慶次を『義風堂々』の本編に登場させることは作品の魅力を向上させるが、難しさもある。『花の慶次』の兼続は慶次の莫逆の友であり、理解者であったが、対照的な存在でもあった。傾奇者の慶次に対し、兼続は常識人であり、慶次と比べると優しさや甘さがあった。それ故に『花の慶次』では慶次が主人公として引き立てられた。一方、『義風堂々』では兼続自身が慶次の存在に近い。そこに慶次を登場させるならば、二人の傾奇者が存在するようなものになり、両者を共に輝かせるという技量が求められる。

第1巻では兼続と慶次の最初の出会いと「佐渡攻め」のエピソードが収録されている。最初の出会いは『花の慶次』とは全く別の話である。共に上杉家家臣の揉め事を発端とするが、登場人物も設定も異なる。『花の慶次』では対立する側も最後には「いくさびと」の心意気を理解して大団円となるが、『義風堂々』では義のない人間を冷たく切り捨てた。

兼続には兜の前立ての文字「愛」を現代的に解釈して優しいイメージが付されがちである。しかし、兼続には「死者を生き返らせろ」と要求する人の首をはねて閻魔大王への死者としたというトンチが効いているが残酷なエピソードも伝えられている。『義風堂々』の兼続も自らがモットーとした「義」の苛烈さを描いている。

次巻に続く「佐渡攻め」は『花の慶次』を踏襲するものの、佐渡の国人の背後には豊臣秀吉や前田利家の陰謀があるという設定が加えられた。『花の慶次』では慶次にやりこめられる小人として描かれた利家も、上杉家の視点では越後や佐渡を狙う有力大名という脅威になっている。そのような利家の存在が、上杉家の佐渡攻めに慶次が参戦する意味を強める。『花の慶次』を大胆に再構成した『前田慶次酒語り』の展開に注目である(林田力「『義風堂々 前田慶次酒語り』第1巻、『花の慶次』を大胆に再構成」リアルライブ2011年4月23日)。
http://www.hayariki.net/5/47.htm
第2巻は佐渡平定と秀吉の前田慶次謁見要求を描く。どちらも『花の慶次』で描かれたエピソードであるが、『義風堂々』では直江兼次の物語としてまとめている。

『花の慶次』では礼儀正しい兼次と傾奇者の慶次が好対照をなしており、兼次は慶次の引き立て役になっていた。これに対して『義風堂々』では兼次も傾奇者的であり、兼次と慶次が並び立つのか疑問があった。しかし、ここでは兼次に主役の花を持たせている。秀吉への謁見の対応では慶次の方が弱気な対応をしようとした方であった。『花の慶次』に引きずられすぎず、兼次の物語になっている。

第3巻は前田慶次の豊臣秀吉への拝謁を描く。これも『花の慶次』で描かれた内容であるが、新解釈を加えている。慶次の度肝を抜く髪型は慶次の独創ではなく、遊女のアイデアとする。また、忍術を修めた存在として秀吉を描いている。伝統的な秀吉像は頭脳派で個人としては武に秀でた存在ではなかった。最近では石井あゆみ『信長協奏曲』でも秀吉を忍者出身と描いている。新しい秀吉像にも注目である。(林田力)
http://yaplog.jp/hayariki/archive/638
The Suit TOKYU Land Corporation's Fraud
http://tokyufubai.bakufu.org/images/

太陽光発電の落とし穴

一般社団法人太陽光発電協会(JPEA)は5月17日、日本国内の住宅用太陽光発電システムの設置件数が2012年4月末までに100万件を突破したことを発表した。福島第一原発事故によって自然エネルギーへの転換が大きく注目されている。その中でも身近で分かりやすい太陽光発電は取り組みやすい。それを裏付ける発表になったが、普及によって太陽光発電の問題も表面化しており、無条件で絶賛できない。

第一に発電環境の不安定さである。もともと太陽光発電は夜間や曇天では発電できないという不安定さを抱えているが、特に都市部では隣接地に超高層マンションが建設されて日陰になり、太陽光発電の投資が無駄になるリスクを抱えている(林田力「経済損失としての日照権侵害」PJニュース2010年4月12日)。

http://www.pjnews.net/news/794/20100411_2

それならば休耕地などの無人地帯が適しているかと言えば、電力消費地と離れた場所では太陽光発電のメリットが減少する。もともと不安定な太陽光発電のアドバンテージは電力消費地で発電できることにあった。

第二に太陽光発電装置のもたらす害である。太陽光を反射する太陽光パネルは近隣住民にとって光害にもなる。隣家の太陽光パネルの光害が受忍限度を超えるとして、横浜市内の住民が隣地の戸建て住宅の建て主と住宅会社を訴えた裁判も起きた。横浜地方裁判所は4月18日に屋根から太陽光発電パネルを撤去し、住民2人に計22万円を損害賠償として支払うよう命じた。

太陽光発電パネルの設置によって屋根が傷み、雨漏りの原因になる事例もある。また、2011年には中部地方の太陽光パネル付きで販売した分譲戸建て住宅で太陽光発電パネルからの落雪によって、自動車のワイパーと郵便受けが破損する事故も起きている。

第三に太陽光発電ビジネスのいかがわしさである。過去に太陽熱温水器を販売する朝日ソーラーは強引なセールスで社会問題になった。第二の太陽光発電装置のもたらす害については太陽光発電そのものではなく、欠陥施工の問題との反論が考えられる。まさに欠陥施工の問題であるが故に太陽光発電ブームに便乗して悪質リフォーム業者による粗悪な太陽光発電設置ビジネスが懸念される。伝統的に環境問題は悪徳業者の飯の種であった。詐欺をテーマにした漫画『クロサギ』には「ECO詐欺」という言葉も登場する。

より大きな視点に立っても太陽光発電ビジネスはいかがわしい。7月1日開始の固定価格買取制度によって太陽光発電の普及促進が予測されるが、これは電力料金の値上げに転嫁される。製造した分は決まった価格で買い取られるのであるから、ビジネスとして見れば虫のいい話である。しかも、価格は公的に定められるため、自然エネルギー促進派の政治力で左右される危険がある。
http://hayariki.net/3/55.htm
現実に自然エネルギー促進派からは「自然エネルギーの普及促進になる価格を設定するべき」と主張される。純粋に自然エネルギー促進の政策論として議論しているならば一つの見解であるが、自然エネルギーで金儲けしようとする人間が主張するならば我田引水になる。福島原発事故直後に孫正義が自然エネルギーを打ち出したものの、政商としてバッシングされた。買い取りを前提とするビジネスモデルである限り、政商批判は燻り続ける。

アソシエイト上巻

『アソシエイト』はジョン・グリシャムの小説である。冒頭から主人公はピンチに陥る。起訴状といっても、金を強請りとるための手段にすぎないという台詞がある。84ページ。民事紛争を有利に進めるために刑事手続きを悪用する輩がいる実態を明らかにする。これは日本でも対岸の火事ではない。
公費の無駄づかいを監視する市民グループは、有人シャトルによる火星探査計画であるかのように反対運動を繰り広げた、という表現がある。189ページ。宇宙開発が典型的な税金の無駄遣いと扱われて興味深い。はやぶさやロケット打ち上げを国を上げて祝う雰囲気のある日本はナイーブである。
グリシャムは、弁護士や法律事務所をテーマとしたリーガルサスペンスの第一人者である。『アソシエイト』は、グリシャムの作品では新しい部類に入る。スマートフォンやサブプライムローンという現代の世相を反映する。
アメリカのリーガルサスペンスでは弁護士ばかりが肥え太る訴訟社会の虚しさが描かれるが、時間単位の報酬請求など対価性を無視した弁護士報酬の仕組みが問題であることが分かる。依頼人にとって無意味な仕事で弁護士は報酬を請求する。積極的に宣伝広告して費用の高い法律事務所に依頼しないなどの工夫で訴訟社会の愚は回避できる。
訴訟社会に対して日本的な譲合いや和の精神を持ち出す立場があるが、これには反対である。消費者や労働者のような弱い立場にいる人々にとっては権利が命綱になる。譲合いや和の精神では虐げられた人々が泣き寝入りを迫られ、焼け野原から経済大国にしてしまうような前に進むことしかできない発想を美徳とするような愚かさに陥ってしまう。
アソシエイトの主人公は必ずしも道徳的に正しい立場ではない。過去の行状を隠蔽する姿勢に嫌悪感を抱く向きもあるだろう。それでも主人公に評価できる点があるとすれば弁護士倫理を守ろうとしているところである。日本では弁護士は公正中立ではないと最初から弁護士倫理を放棄した宣伝をする法律事務所がある。米国社会は多くの問題を抱えているが、先進社会故の問題であり、日本の方が嘆かわしい面がある。

バクマン18巻

バクマン18巻は亜城木の新連載と、僕通作者・平丸のプロポーズからなる。傑作と意気込んだ新連載であったが、同じく新連載を開始したエイジとの対決の中で思わぬ弱点が露呈する。そこで語られている内容は、バクマンの作者の前作であるデスノートに当てはまる。ヒットした自己の作品を貶めているようにも聞こえるが、それも過去の作品に対する深い愛着があればこそである。過去の作品への愛着がなければ深い分析はできない。過去の作品の上に現在が成り立っている。
後半は、ほのぼのしたパートである。平丸は当初、印象の薄い暗いキャラクターであったが、ギャグパートを代表するキャラクターに成長した。これもキャラクターを使い捨てにせず、積み重ねを大事にしている結果である。作中に登場した創作技法である一話完結でない一話完結を作品自身が実践している。林田力

2012年5月22日火曜日

義風堂々酒語り3巻

義風堂々酒語り3巻は、前田慶次の豊臣秀吉への拝謁を描く。花の慶次で描かれてきた内容であるが、新解釈を加えている。慶次の人目を引いた髪型は慶次の独創ではなく、遊女のアイデアとする。
秀吉を忍の出とする。伝統的に秀吉は頭脳派と描かれることが多かったが、信長協奏曲でも秀吉は忍出身である。林田力

2012年5月21日月曜日

世田谷区議会が重層長屋規制を求める陳情を趣旨採択

世田谷区議会は5月17日、平成24年第1回臨時会の本会議で「路地状敷地における重層長屋規制区条例制定に関する陳情」を趣旨採択した。限定的なケースの規制を求める陳情の趣旨採択であるが、世田谷区政転換の一歩になる可能性がある。

路地状敷地とは私道や細長い敷地延長の奥に広がる敷地である。旗竿地とも呼ばれる。この路地状敷地ではアパートやマンションなど共同住宅の建設は規制される。これに対して長屋は共同住宅ではないために建設可能である。長屋は共用部を一切通らずに敷地外から直接各住戸の玄関に到達する形式の集合住宅である。

重層長屋は1階に玄関があり、各戸の専用階段で上階に上がる建物で、2階建てや3階建てのアパートやマンションと実質的に変わらない物件もある。マンションを建設できない路地状敷地に脱法的に重層長屋を建築し、近隣住民と紛争になる事例も起きている。そのために陳情では路地状敷地で重層長屋建築を規制する条例の制定を求めている。

陳情では建築基準法第40条の以下の規定を条例制定の根拠とする。「地方公共団体は、その地方の気候若しくは風土の特殊性又は特殊建築物の用途若しくは規模に因り、この章の規定又はこれに基く命令の規定のみによっては建築物の安全、防火又は衛生の目的を充分に達し難いと認める場合においては、条例で、建築物の敷地、構造又は建築設備に関して安全上、防火上又は衛生上必要な制限を附加することができる。」

その上で世田谷区の特殊性として「91%が住居系用途地域であり、その面積の半分は第一種低層住居専用地域である」点を挙げる。この良好な住宅地を守るために条例制定を求めている。注目すべき点は陳情への賛否の会派構成である。自由民主党世田谷区議団・新風だけが反対し、それ以外の会派が全て賛成した。対立の構図が生まれている。

2011年4月の世田谷区長選挙で「脱原発」や「大型開発からの転換」を掲げた保坂展人氏が当選したことは変化を求める声を反映したものであった。しかし、これまでの保坂区政は変化を求めた人々を十分に満足させてはいない。平成24年度一般会計予算案には前区長与党の自民党や公明党も現区長与党の生活者ネットワーク・社会民主党も仲良く賛成し、反対は共産党、みんなの党、無党派市民という熊本哲之前区長時代と似通った結果になった。
http://www51.tok2.com/home/hayariki/3/23.htm
変化が実感できない要因は議会構成にある。前区長与党の自民、公明が過半数を占めているためである。首長と議会のねじれであり、首長が思い通りに政策を実行できる状況にはない。しかし、それは首長が改革しない言い訳にはならない。田中康夫・長野県知事や竹原信一・阿久根市ら個性派首長は、地方議会全てを敵に回しても社会に問題を提起している(林田力「お騒がせ首長は改革者か暴君か」PJニュース2010年9月7日)。

http://www.pjnews.net/news/794/20100907_2

彼ら個性派首長に比べると保坂区長の安全運転は物足りない。保坂区長には独裁を嫌うという信念があるとしても、その結果として自民・公明の支持が得られる政策にとどまるならば、一票を投じた有権者の期待を裏切ることになる。その意味で自民党が反対しながらも陳情が趣旨採択された意義は大きい。世田谷区政の転換に期待が高まる。

2012年5月20日日曜日

『三毛猫ホームズの推理』ゼロゼロ物件業者と重なる屑ぶり

テレビドラマ『三毛猫ホームズの推理』は赤川次郎『三毛猫ホームズ』シリーズを原作とする。片山義太郎(相葉雅紀)は警視庁捜査一課の刑事。自分は性格的に刑事に向いていないと嘆きながら、うだつの上がらない日々を過ごしていた。

第5話「回る殺人の怪!?初恋の義太郎」と第6話「復讐の卒業写真…涙の女刑事」は赤川次郎『三毛猫ホームズのフーガ』を原作とする。フーガにたとえられた犯罪の背後には高校時代の壮絶なイジメがあった。父親の汚職が告発された息子が告発した家の娘をいじめて自殺に追い込むという陰険なイジメである。

現実にも貧困ビジネスのゼロゼロ物件業者の宅建業法違反業者を告発したところ、ゼロゼロ物件業者の息子が前科者の工作員を使って告発者を誹謗中傷させた事例がある。イジメの首謀者がIT関連企業の経営者であった点もゼロゼロ物件業者の宅建業法違反事件の事例と重なる。ゼロゼロ物件業者の息子もIT企業を経営し、既存のフリーウェアと名称・機能・デザインが類似したソフトウェアを販売して抗議・批判された。

ドラマはイジメ加害者も現実のゼロゼロ物件業者も工作員も人間の屑である。人間ですらないのかもしれない。イジメ加害者には何らの反省も贖罪もなく、殺されることに同情できない。現実のゼロゼロ物件業者と同じである。復讐心もイジメの加害者が居酒屋で何の反省も後悔もない会話をしていた時に最高潮に達したのであろう。
http://www51.tok2.com/home/hayariki/drama.htm
イジメ加害者の中でも一番の屑が制裁されないままという結末は物語として不合理である。主人公の説得は優等生過ぎる。子どもが悲しむことを理由とするならば、汚職の告発を逆恨みする被告発者の論理と重なってしまう。自分の親父の違法行為を理解すべきである。イジメ加害者が法の裁きを受け、また、過去の悪事が知れ渡って社会的制裁を受けなければ救われない。そのような描写がドラマであれば納得感が高まった筈である。

世田谷区政の転換へ

変化が実感できない要因は議会構成にある。前区長与党の自民、公明が過半数を占めているためである。首長と議会のねじれでがあり、首長が思い通りに政策を実行できる状況にはない。しかし、それは首長が改革をやらない言い訳にはならない。田中康夫・長野県知事を始め、地方議会全てを敵に回して社会に問題を提起した積み重ねがある。
独裁を嫌うという保坂区長には信念があるとしても、その結果として自民・公明の支持が得られる政策にとどまるならば、一票を投じた有権者の期待を裏切ることになる。その意味で自民党が反対しながらも陳情が趣旨採択された意義は大きい。世田谷区政の転換に期待が高まる。林田力
http://hayariki.net/

三毛猫ホームズの事件簿

三毛猫ホームズの事件簿。犯罪の背景には高校時代の壮絶なイジメがあった。父親の汚職が告発された息子が告発した家の娘をいじめて自殺に追い込むという陰険なイジメである。現実にも貧困ビジネスのゼロゼロ物件業者の宅建業法違反業者を告発したところ、ゼロゼロ物件業者の息子が前科者の工作員を使って告発者を誹謗中傷させた事例がある。林田力
http://hayariki.net/

2012年5月19日土曜日

『NARUTO—ナルト— 59』五影の勢揃い

岸本斉史『NARUTO—ナルト—』は週刊少年ジャンプで連載中の忍者アクション漫画の単行本である。木ノ葉隠れの里の忍者・うずまきナルトらの戦いと成長を描く。ナルトの夢は歴代の勇者、火影の名を受けついで、先代を超える忍者になることである。偉大な師あり、修行ありの少年漫画の王道を進む作品である。

岸本斉史『NARUTO—ナルト— 59』(集英社、2011年2月3日発売)は忍連合と暁が激突する忍界大戦の続きである。先代水影と我愛羅の戦いで幕を開ける。先代水影に絶対防御を破られた我愛羅。オオノキとの連係で攻め返すが、水影の忍術・蒸危暴威で追いこまれる。分身を各戦場に拡散していたナルトの本体は遂にマダラに迫る。

圧巻は五影の勢揃いである。保守的な考えを代表していた土影オオノキの改心と覚悟が見所である。忍界大戦では五大国の忍者が連合して戦うために新キャラクターが続々と登場する。敵側も死者を操る術を使うために過去の英雄が次々と登場する。

これは物語の構成としては難しいところがある。読者に馴染みのないキャラクター同士が並行して戦いを展開するからである。読者が飽きるグダグタの展開に陥りがちである。それでもナルトはキャラクターとストーリーを巧みに絡ませて、読者を惹き込んでいる。オオノキの若い頃のマダラとのエピソードが印象的であった。

『NARUTO—ナルト— 60』(集英社、2012年)はナルトとビー、仮面の男と尾獣の戦いがメインである。表紙に描かれているように尾獣が勢揃いする。尾獣に名前を教えられるナルトと、名前もないという敵が対比的に描かれる。一般に敵の名前を明かさないという設定は敵の底知れなさを演出する効果がある。それに加えて『NARUTO』では名前で呼ぶことで絆を示し、名前がない敵とすることで悪の属性を強めている。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/637

名前を呼ぶことは重要な要素である。東急不動産だまし売り裁判では東急リバブルがマンション購入者・林田力の名前を間違って呼んでいた事実が立証された(甲第44号証、甲第58号証「原告陳述書(三)」)。不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした東急リバブル東急不動産は批判されるが、消費者の名前を間違えるところにも不誠実な体質が現れている。その名前の持つ力を『NARUTO』も描いている。

『デストロイアンドレボリューション』ヤンキーへの怒り

森恒二『デストロイアンドレボリューション』(集英社)は超自然的な能力を持つ高校生が日本社会を変えるためにテロを起こす物語である。主人公マコトは行き場のない怒りと孤独を抱える高校生である。驚異的な能力を身に付けた彼は理不尽な日本社会に破壊的な革命を目論む。

主人公が超自然的な能力を持ち、それを使って社会を変えようとする展開は定番である。代表例として『DEATH NOTE』がある。一方で本書の特徴は主人公が自分の力を用いて積極的に何かをしようとする夜神月的な存在ではないことである。主人公は受け身な人物で、計画は夜神月的存在の同級生が立てている。主人公は同級生の計画が完全に正しいものか葛藤する存在である。

現実社会を舞台にした作品において、超自然的な能力は作品世界のリアリティを破壊しかねないものである。たとえば超自然的な能力を発揮する道具を偶然拾うという展開は、いかにも漫画的である。これに対して本書では主人公のような受け身の人物が超自然的な能力を持つことが説得的に描かれている。

第2巻では主人公らのテロが本格化する。目撃者も痕跡も残さず、次々と巨大建造物を破壊していく。数あるテロのターゲットの中で主人公らが巨大建造物を選択したことは興味深い。「コンクリートから人へ」を掲げた民主党が国民の圧倒的な支持を得たことが示すようにコンクリート建造物は現代日本において社会悪の象徴である。

テレビ局の挑戦を受けるなどテロ活動は社会の注目を集めるようになったが、一方でマコトは煮え切らない態度である。マコトは同級生との人間的な幸福を見つけ、心は揺れる。あくまでテロに対しては抑制的な手法を厳守していたマコトであったが、幸福を侵害するヤンキーには怒りを爆発させる。ここには悪を憎む一つの正義の価値判断が表れている。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/636

これまで日本社会には社会の屑とでも言うべきヤンキーに甘過ぎた面がある。それが市川海老蔵に重傷を負わせた関東連合の元暴走族のような無法者を生むことになった。この点でヤンキーに対しては人体に直接攻撃する主人公は小気味良い。

しかし、主人公が正義の行動をするだけでは作品として面白みに欠けることも否めない。ここで活動の主体が主人公から、よりラディカルな思想の持ち主に変更される。能力の使用に躊躇がない人物の暴走が予感される展開となった。(林田力)

『住民には法を創る権利がある—小田急高架訴訟大法廷の記録』

小田急高架訴訟弁護団『住民には法を創る権利がある—小田急高架訴訟大法廷の記録』(日本評論社サービスセンター、2006年)は小田急高架訴訟の裁判記録や意見書を収録した書籍である。

小田急訴訟最高裁大法廷判決は行政訴訟分野の画期的判決である。これは小田急線の連続立体交差都市計画事業認可処分の取消訴訟である。最高裁が2005年12月7日に言い渡した大法廷判決は健康や生活環境に著しい被害を直接的に受ける恐れのある周辺住民にも原告適格を認めた。

それまでの判例は開発や公共事業で生じる周辺住民の健康・生活被害を「反射的」なものに過ぎないとして原告適格を否定し、裁判で争うことすら認めない傾向があった。二子玉川ライズ取消訴訟でも裁判所が小田急判決の枠組みに沿って主張立証を促すなど小田急判決はリーディングケースとしての役割を果たしている(林田力「二子玉川ライズ行政訴訟は原告適格の審理へ」PJニュース2011年7月3日)。

『住民には法を創る権利がある』では小田急訴訟最高裁判決が原告適格にとどまらず、行政法総体の変革、新しい環境法の創出など「応答的法への転換」を誕生させたと位置付ける。その趣旨は書名『住民には法を創る権利がある』に凝縮されている。これまで公害問題など住民が被害を受けている場合でも、行政も司法も具体的な法律がないことを理由に救済しないことを正当化する傾向があった。これは誤った法治主義であり、遵法精神である。

最高法規は日本国憲法である。その日本国憲法は基本的人権の尊重を何よりも重視し、幸福追求権や生存権を規定している。住民の幸福追求権や生存権が侵害されている状況で「具体的な法律がないから対応できない」では憲法を擁護し、尊重することにはならない。住民の抱える問題へ応答する義務があり、住民には法を創る権利がある。

小田急訴訟後も住民の闘いは各地で続いている。東急電鉄・東急不動産中心の再開発事業・二子玉川ライズ二期事業にも取消訴訟が提起された。意見書や口頭意見陳述などで寄せられた圧倒的多数の反対意見を無視し、住環境を破壊し、公共性に欠ける二子玉川東第二地区市街地再開発組合の設立を認可したことを違法とする。この二子玉川ライズ取消訴訟で住民側は地域環境を訪問者も含めた共有財産と位置付け、小田急訴訟最高裁判決からも踏み出している。住民本位の行政法の深化・拡大を期待する。(林田力)
http://www.amazon.co.jp/review/R23HMK4SOCFM55/ref=cm_cr_rdp_perm
「ガード下」の誕生——鉄道と都市の近代史
http://www.amazon.co.jp/review/R3DN5GXFPWZ1WB/ref=cm_cr_rdp_perm
高架下の魅力
http://www.amazon.co.jp/review/R3DT6AJPOU4YCJ/ref=cm_cr_rdp_perm

ナルトNARUTO60巻

ナルトNARUTO60巻では尾獣が勢揃いする。名前もないという敵のラスボスと、尾獣に名前を教えられるナルトが対比的に描かれる。名前を呼ぶことが重要であることを示している。
東急不動産だまし売り裁判において東急リバブルはマンション購入者・林田力の名前を間違って呼んでいた事実が明らかになった。不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした東急リバブル東急不動産は批判されるが、消費者の名前を間違えるところにも不誠実な体質が現れている。
http://hayariki.net/

AKB49=?iso-2022-jp?B?GyRCTngwJjZYO18+ck5jIzg0LBsoQg==?=

AKB49恋愛禁止条例8巻は浦川、吉永、岡部のユニット・ゲコクジョーのデビューに向けて下準備の内容である。実在のアイドルAKB48の人気に便乗した作品であるが、オリジナル・キャラクターによる独自のストーリーが色濃くなっている。一方で前田敦子や大島優子という実在のメンバーが主人公達のアドバイス役として存在感を放っている。特に8巻では新進気鋭のメンバー柏木由紀が登場する。オリジナルと実在のAKBのプロモーションのバランスがとれている作品である。
この巻では憎まれ役として登場した岡部愛が大活躍する。岡部がツンデレ属性を発揮する。ツンデレは珍しくもないが、簡単にデレてしまう、ツンツンの中で既にデレていることが丸分かりになっているなど安易な描かれ方が大半である。
これに対して岡部は圧倒的にツンツンしている中で僅かにデレを見せる。正統的なツンデレのキャラクターになった。
http://hayariki.net/

東急不動産だまし売りの悲しみ

東急リバブル東急不動産には自己修復能力や自浄能力がない。だからマンション購入者には悲しみが溢れてしまう。東急不動産を提訴したことで林田力の目の前に張られていた煙幕が一気に晴れ渡っていった。
http://hayariki.net/

2012年5月18日金曜日

『「ガード下」の誕生』『高架下建築』

小林一郎『「ガード下」の誕生——鉄道と都市の近代史』(祥伝社新書、2012年)は鉄道ガード下(高架下)の歴史と現在は解説する新書である。高架下には、居酒屋のような店舗から、住宅、保育園からホテル、墓地まで存在する。高架下には素敵な世界が広がっている。『「ガード下」の誕生』は全国の様々な高架下を探訪し、その発展の歴史を探る。

大山顕『高架下建築』(洋泉社、2009年)は高架下建築の写真集である。有楽町・新橋、アメ横、浅草橋、秋葉原、神田、千住・三河島、向島、大井町などを撮影した。高架下マップや鑑賞ポイントの解説もある。

著者は『工場萌え』(東京書籍)で知られる。工場という「萌え」とは対極のイメージがある建物に美を見出した。工場以外にも『団地の見究』(東京書籍)、『ジャンクション』(メディアファクトリー)など、マニアックな土木・建築分野を被写体として取り上げている。

『工場萌え』で取り上げられた工場には機能美やワイルドさがあった。これに対して『高架下建築』には雑然としたカオスが魅力である。生活や営業のコミュニティである高架下は、効率的な生産の場である工場とは別種の魅力がある。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/635

鉄道高架下の建物は鉄道高架橋とは独立した構造を持ち、土地に定着し、周壁を有し、永続して建物の用に供することができる。所有権や賃貸借の対象になり、不動産登記も可能である。高架下の建物は高架下に暮らす人々の生活や営業の基盤であり、コミュニティがある。

高架下には近現代の歴史が詰まっている。『「ガード下」の誕生』では高架下を「大都会の歴史と発展の生き証人」とまで位置づける。ある修士論文でも望ましい高架下空間の利用法の一つが「記憶を残す装置」であると指摘された(平山隆太郎「鉄道高架下空間に対する住民の意識に関する研究」早稲田大学大学院理工学研究科建設工学専攻景観・デザイン研究室2007年度修士論文、2008年2月8日)。
http://hayariki.net/1/25.htm
鉄道は公共性の高い事業である一方で、沿線住民にとっては線路が街を分断し、騒音・振動の被害もあるという迷惑施設の側面もある。その鉄道のマイナス面も補い、共存共栄する形で発展してきたものが高架下である。しかし、残念なことに鉄道会社の側から高架下のコミュニティを破壊する動きがある。

特に東急電鉄の立ち退き要求が問題になっている。東急は秘密主義や住民への不誠実な対応で住民反対運動が続出するという問題を抱えている(「「ブランド私鉄」東急沿線で住民反対運動が噴出するワケ」週刊東洋経済2008年6月14日号)。東急不動産だまし売り裁判と同根の問題である。

東京都目黒区の中目黒の高架下では中目黒駅改良工事、東京都品川区の東急大井町線高架下では耐震補強を名目に立ち退きを迫り、十分な生活保障もなしに長年生活していた住民や商店を追い出そうとする。工事中の仮住宅・仮店舗の手配も工事後の住民の帰還も保証しない(林田力「東急電鉄が大井町線高架下住民に立ち退きを迫る」)。それ故に『「ガード下」の誕生』『高架下建築』のような高架下の価値や魅力を伝える書籍の出版を歓迎する。

報道の脳死

鳥賀陽弘道「報道の脳死」は新聞記者、雑誌記者の経歴を持つフリージャーナリストによる日本の報道の問題を明らかにした親書である。東日本大震災・福島第一原発事故という未曽有の危機に際する報道の体たらくへの憤りが執筆動機である。
マスメディアとネットメディア、記者クラブ加盟社とフリージャーナリストは対照的に語られることが多い。ネットでは過激な善悪二元論もある。悪を悪と断ずることは悪いことではない。むしろ正しいことである。林田力も東急不動産だまし売り裁判の経験から東急リバブル東急不動産を悪徳不動産業者と断定し、批判してきた。但し、ネット上のマスメディア批判論には敵を知らずに頭の中の妄想だけで吠えている論調もある。この点で著者はマスメディア記者とフリージャーナリストの両者を経験している点で貴重である。
報道の問題を指摘した書籍は多いが、本書は報道を脳死状態にあると断定する点に特徴である。改善や蘇生を期待するという甘っちょろい未来志向な発想ではない。このような冷徹な事実認識が重要である。
林田力は東急リバブル東急不動産から不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りされ、消費者契約法に基づき売買契約を取り消した。売買契約取り消しの遠因は、だまし売り発覚後の東急リバブル東急不動産の不誠実な態度である。たらい回しや居留守、偽りの担当者の登場、虚偽の連絡先電話番号伝達など枚挙に暇がない。ここから東急不動産のマンションには住んでいられないと決意した。東急リバブル東急不動産はダメだという冷徹な事実認識があったからこそ、甘い期待で判断を誤らずに売買代金を取り戻すことができた。
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2012年5月16日水曜日

モルフェウスの領域

モルフェウスの領域は人工冬眠をテーマにした作品である。「ナイチンゲールの沈黙」の後日談になる。「ジーン・ワルツ」「マドンナ・ヴェルデ」に登場した曽根崎が重要な役回りになる。
過去の作品の設定を利用して物語を構築する桜宮サーガの豊かさが本作品にも表れている。自分の過去の作品を大切にすることが新たな作品を生み出すことになる。焼け野原から経済大国にしてしまうような前に進むことしかできない非歴史的な発想はクリエイティビィティの対極である。林田力
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2012年5月15日火曜日

墨跡

分類草人木。禅の心もない人が、墨跡を数奇道具として掛けることは、おかしなことである。禅法を納得してこそ、墨跡を掛けて面白いものである。60頁。品物の良さがわからない人は箱書きを決め手にする。57頁。
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東急プラザ表参道原宿の貧困

東急プラザ表参道原宿の建物は貧困である。建築において奇抜なデザインは美徳ではなく、恥ずかしいだけである。とってつけたような屋上庭園は自然への冒涜でさえある。狭い場所に植えられた樹木に憐憫の情を抱く。
しかも、台風でもくれば周囲に被害をまき散らしかねない。環境無視の建築である。東急電鉄・東急不動産は二子玉川ライズでも周辺にビル風被害をもたらしている。東急電鉄や東急不動産には環境との調和という発想に欠ける。
建物としての機能よりもデザインを重視する傾向は日本の建築界の悪弊である。耐震強度偽装事件では構造設計者が意匠設計者の下請けになっている事実が明らかになった。アトラス設計の渡辺のように建築士の資格を持たない無資格者が構造設計をしている実態も明らかになった。
東急不動産だまし売り裁判の舞台となった東急不動産の新築分譲マンションでは、その無資格者のアトラス設計・渡辺を構造設計者としている。東急の問題は全て繋がっている。
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東急不動産だまし売りコロンブス

東急不動産だまし売り裁判はコロンブスの卵である。不動産トラブルを消費者契約法で解決するリーディングケースとなった。言われればなるほどと誰ものが膝を打つ単純な転換でも、言われなければ凡人には永遠に気付かない。勝訴してしまえば、あまりの美しさとシンプルさに消費者契約法で不動産売買契約を取り消すという発想がなかったことが信じられないくらいである。だから林田力「東急不動産だまし売り裁判こうして勝った」は世の中に浸透した。
東急不動産は人々の悲しみが増大するマンションをわざわざ建てている。
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2012年5月14日月曜日

二子玉川ライズは色褪せたビー玉

二子玉川の自然を破壊する二子玉川ライズは、勇者が守ってきた宝石を愚者がよってたかって色褪せたビー玉に変えてしまうようなものである。二子玉川ライズの夏は熱いフライパンの上のバターのようになる。
環境維持で重要な概念はホメオスタシスである。恒常性の維持という概念である。何かが減れば、それを増やし、増えたものは減らす圧力をかける。緑を減らし、コンクリートを増やした二子玉川ライズはホメオスタシスと対立する。
東急不動産だまし売り裁判が表に出ることによって、東急リバブル東急不動産のシステムの欠陥が明らかになる。
http://hayariki.net/

2012年5月13日日曜日

『犠牲のシステム 福島・沖縄』戦後日本の欺瞞を暴く

高橋哲哉『犠牲のシステム 福島・沖縄』(集英社新書)は誰かを犠牲にして成り立つ戦後日本社会の欺瞞を暴く新書である。著者は東京大学大学院総合文化研究科の教授である。福島第一原発事故で警戒区域となった富岡町などで幼少期を過ごしたという。『逆光のロゴス』『記憶のエチカ』などの著書がある。

『犠牲のシステム』は原子力発電所も沖縄の米軍基地も犠牲のシステムとして位置付ける。「犠牲のシステムでは、在る者(たち)の利益が、他のもの(たち)の生活(生命、健康、日常、財産、尊厳、希望等々)を犠牲にして生み出され、維持される。犠牲にする者の利益は、犠牲にされるものの犠牲なしには生み出されないし、維持されない」と指摘する。

本書は米軍基地を抱える沖縄と原発事故を抱える福島から犠牲のシステムを可視化するが、戦後日本のあらゆる場面で存在する。東急不動産(販売代理:東急リバブル)が不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした東急不動産だまし売り裁判も犠牲のシステムである(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社)。
http://hayariki.jakou.com/3/faqindex.htm
東京都世田谷区玉川の再開発・二子玉川ライズに数百億円の税金が投入され、近隣住民が風害や日照被害で苦しむ一方で、東急電鉄・東急不動産らが経済的利益を得る構図も犠牲のシステムである(林田力『二子玉川ライズ反対運動』マイブックル)。

重要な点は「犠牲にする者」と「犠牲にされるもの」は非対称であることである。「犠牲にする者」は一方的に利益を得るだけであり、「犠牲にされるもの」は一方的に犠牲を受けるだけである。東急不動産だまし売り裁判では不利益事実を隠したマンションだまし売りによって東急リバブル東急不動産は利益を得る。東急不動産だまし売り被害者は屑物件を抱える損害のみである。二子玉川ライズでは東急電鉄・東急不動産らが開発利益を得て、住民は環境破壊の被害のみを受ける。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/634

それ故に「経済成長や安全保障といった共同体全体の利益のために、誰かを『犠牲』にするシステムは正当化できるのか」という問題提起はミスリーディングに陥る危険がある。経済成長や安全保障として定立されるメリットは「犠牲にする者」だけの利益であって、「犠牲にされるもの」を含む共同体全体の利益とは限らない。

米軍基地にしても原発にしても「誰かが犠牲にならなければならない問題」と定義されてしまうと閉塞してしまう。それは普天間基地移転の迷走が象徴する。その時点で犠牲のシステムの罠に陥ってしまう。

『茶人と名器』茶人と茶道具を紹介

筒井紘一『茶人と名器(茶の湯案内シリーズ)』(主婦の友社、1989年)は高名な茶人と名器と呼ばれる茶道具を紹介した書籍である。取り上げる人物は村田珠光から近代の益田鈍翁(益田孝)に至るまで幅広い。

名器の作者にも触れている。たとえば宮崎寒雉は金沢で活躍する一流の釜師であり鑑定家でもある。宮崎寒雉は、加賀藩主前田家の御用釜師として代々寒雉を名乗り当代に至る。加賀藩の鋳物師であったが、前田家に出仕していた裏千家四代家元の仙叟宗室に注目され、特色ある釜を作るようになった(167頁)。

千利休の茶道の流派は表千家・裏千家・武者小路千家に分かれる。表千家三代・元伯宗旦の三男・江岑宗左が不審菴表千家となり、宗旦の隠居所を四男・仙叟宗室が継ぎ今日庵裏千家となり、さらに次男・一翁宗守が官休庵武者小路千家を称する。

この三千家の分立によって千家茶道は安定的な発展を遂げることになる。宗旦の代では乞食宗旦と言われながらも武家に出仕しなかった。権力者の気まぐれで滅ぼされた千利休の轍を踏まないためである。三千家に分かれた宗旦の子どもの代になると宗左が紀州徳川家に出仕したように大名家の茶道となっていった。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/633

日本では「たわけ」の由来を「田分け」とするように分裂を弱体化とみる幼稚な見解もあるが、三千家の分立が発展の要因である。このお陰で明治維新の文明開化の荒波にも生き残ることができた。一家のみで統一を保っていたならば家元の権威は競争相手がいないために高くなるが、硬直化して廃れたかもしれない。どこかで途絶えた可能性もある。
https://www.amazon.co.jp/gp/pdp/profile/A4AUUQ84Q18KF
「たわけは田分け」自体も迷言である。鎌倉時代の所領(田畑)の分割相続を「たわけ」として止めた結果が南北朝の騒乱であった。南北朝の騒乱が長引いた原因は皇国史観に見られるような天皇家への忠誠心では決してない。分割相続から排除された側が別の天皇を錦の御旗として利用したためである。「田分け」をしなければ相続紛争が激化するだけである。(林田力)

牛丼業界で吉野家が一人負け

牛丼業界で吉野家は一人負けとされるほど業績が落ち込んだ。吉野家ホールディングスが2012年5月7日に発表した牛丼チェーン「吉野家」の4月の売上高は、既存店ベースで前年同月比8・3%減とマイナスになった。競合のすき家を展開するゼンショー、松屋を展開する松屋フーズが業績を伸ばすこととは対照的である。かつては吉野家の牛丼並が280円、松屋の牛飯並が290円で吉野家の方が安かった。両方とも、お茶は付くが、松屋には味噌汁も付く。また、メニューも松屋の方が豊富である。

このため、吉野家のセールスポイントは安さであったが、他の2社は2009年末以降に牛丼の値引き競争を開始した。この競争に加わらなかった吉野家は客を奪われ、既存店売上高は連続して2桁で減少した。また、狂牛病がクローズアップされる中で米国産牛肉を使用し続ける姿勢も、安全安心という点で競合に差を付けられた。

吉野家と松屋は客層も異なる。吉野家の客層は中高年従業員がほとんどである。店内がくたびれたコートの中高年ばかりだと、その一員になりたくないという思いが働き、入り辛さがある。実際、「女性は一人では入り辛い」との声がある。また、「カウンターだと子連れは無理」と指摘される。

これに比べると松屋は若い女性も含む客層が広い。メニューの豊富さも客層の広さを反映している。逆に松屋は中高年ブルーワーカー、ドライバー層の知名度は吉野家ほど高くなかったが、値下げ競争で知名度を獲得した。

店舗のシステムも相違する。松屋は食券制であり、店員が紙幣や硬貨に触らないため清潔である。吉野家では複数の店員がいる場合、会計と調理者を別にすることが多いが、それが常態ではない。先に会計を済ませた方が食べ終わって店を出たい時に出られるのでいい。吉野家で混んでいる場合は待たされることがある。店にとっても先に金を貰っておけば食い逃げの心配はないから好都合である。
http://hayariki.net/hayariki5.htm
但し、食券制にもデメリットがある。券売機が店の外に1台ある店舗では、複数人が店に入る場合に券売機の前で並ばなければならない。ファーストフードのために、寒い夜に店の外で並ばされることはたまらない。

吉野家が頑固に前払い食券制を採らない理由は追加注文を期待してのことだろう。前払い食券制では追加注文が期待しにくい。松屋でも追加注文も受けているが、もう料金を払っているため、あまり追加注文する気にならない。吉野家ではサラダ等がカウンターに設置してあり、客が手軽にとることができる。サラダの入っているケースのガラスが曇りがちであまり清潔そうに見えないため、敬遠する人がいる一方で、サラダを食べる客がいることも否定できない。吉野家が食券制を採らないのは、客層が比較的清潔さにうるさくない層であることを踏まえれば、合理的である。

企業には、それぞれに特色があり、必ずしも同じ土俵で戦っておらず、そのようにすることは得策とも限らない。それぞれの個性を発展させていくべきだろう。

2012年5月12日土曜日

東急不動産だまし売り裁判の洞察

林田力の東急不動産だまし売り裁判を洞察する眼の確かさ、炯眼には驚嘆するものがある。これはひとえに林田力の資質、人間性の豊かさといったものが、一つの力となり得たからである。
http://hayariki.net/

『ロマンスタウン』金持ち連中の卑劣さ

『ロマンスタウン』は韓国ドラマである。日本では家政婦を主人公とした『家政婦のミタ』が大ヒットしたが、『ロマンスタウン』も家政婦のドラマである。一見すると平凡であるが、問題のある一般家庭を舞台とした『家政婦のミタ』に対し、『ロマンスタウン』はセレブな街を舞台として家政婦とイケメン御曹司の恋愛模様を描くロマンティック・コメディである。

主人公スングム(ソン・ユリ)は貧乏と苦労の中で生きてきた。ドラマでは家政婦をせざるを得ない貧富の格差や雇い主の気紛れで解雇されるという厳しい現実を直視する。社会性を持たせながら、コメディとしての明るさを失わない。

その一因は立場の逆転をドラマチックに描く点にある。スングムは宝くじで大金を手に入れたが、それを隠したまま、家政婦として働き続ける。相手役のゴヌは御曹司であるが、ダサい肥満児であった。米国留学後に見違えるようになるが、金銭面では父親の試練によって一文無しにさせられる。

スングムは劇中で「おばさん臭い」と揶揄されているように地味であるが、明るさと健気さが次第に魅力的に見えてくる。『華麗なる遺産』のハン・ヒョジュを彷彿させる。韓国ドラマの元気さを再確認させる作品である。

『ロマンスタウン』は貧困家庭で育ったヒロインが宝くじで一等の百億ウォンに当選し、ハンサムに変貌した御曹司と恋に落ちる。お伽話のような展開であったが、後半は泥沼化する。

一番街のセレブも、それぞれに深刻な問題を抱え、金持ちから転落していく。一番の金持ちが元ヤクザという底の浅さである。金持ちと対比される家政婦連中も浅ましい。冒頭の少額の当選金の配分でも醜い争いを演じており、予想できたことであるが、予想以上の醜い争いが展開される。

キム・ヨンヒ(キム・ミンジュン)の台詞にあるように、金持ちにも金に汚い家政婦達にもウンザリである。だまされることが容易に予想される状況で、予想通りにだまされる展開はイライラさせられる。ステレオタイプでも心の貧しい金持ちと心の豊かな貧乏人という分かりやすい構図が物語には大切であると実感する。それ故に家政婦が金持ちに復讐するという展開になると面白くなる。散々浅ましさを見せつけられた家政婦仲間と示談してしまう展開も、金持ちへの復讐のための共同ならば理解できる。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/632

そして宝くじと当選金の引き替えでは金持ちの嫌らしさを見せつける。相手の尊厳を無視し、自分の要求を全て押し通さなければ気が済まない。しかも自分の約束は少しも守らない。

東急不動産(販売代理:東急リバブル)が不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした東急不動産だまし売り裁判でも、東急不動産はマンションだまし売りで売買代金の返還を余儀なくされた。しかし、東急不動産は売買代金を返還する時期になると、登記について当初の条件とは異なる内容を要求した。マンションだまし売り被害者の林田力が当然のことながら拒否すると卑劣にも売買代金の返還を拒否した。林田力は屈服せず、最終的に当初の条件で支払いを余儀なくされたが、東急不動産の卑劣さを強く印象付けた(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、93頁)。この経験があるためにドラマでの金持ちの卑劣さへの憤りは共感できる。

2012年5月11日金曜日

二子玉川ライズと海のピラミッド

東京都世田谷区玉川の二子玉川ライズと熊本県宇城市三角の海のピラミッドは無駄な公共事業、ハコモノ行政の典型であり、バブル経済の遺物である。しかも両者とも特定の民間企業・私人が独占的な利益を得ている点で悪質である。二子玉川ライズは東急不動産・東急電鉄の開発事業である。海のピラミッドは私人の運営するクラブに使われている。
共に行政との不透明な癒着が批判されている。二子玉川ライズの発端は東急電鉄と当時の世田谷区長の密約であった。海のピラミッドは前市長が特定私人に依頼したことが発端である。
首長が変わっても問題を是正することの難しさも共通する。世田谷区は大型開発の見直しを公約に掲げる保坂展人氏が区長に当選した。二子玉川ライズ二期事業の補助金減額など一定の成果は見られるが、事業そのものの見直しには至っていない。
宇城市でもハコモノ行政の見直しを訴える新市長が誕生した。新市長の下で海のピラミッドの実態が精査され、クラブ使用が地域活性化に貢献していないと結論づけた。改造や機器の占拠、申請日以外の使用という海のピラミッド私物化の実態も明らかになった。
このために宇城市はクラブ使用の停止を決定し、明け渡しを求めたが、クラブ側は拒み、「愛国無罪」という言葉で自らの占拠を正当化する。
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2012年5月10日木曜日

ロマンスタウン後編

貧困家庭で育ったヒロインが宝くじで百億ウォンを当てる。ハンサムに変貌した御曹司と恋に落ちる。お伽話のような展開であったが、後半は泥沼化する。
一番街の金持ち家庭でも、問題を抱えていることが明らかになる。一番の金持ちがヤクザという底の浅さである。加えて、家政婦連中が浅ましい。冒頭の少額の当選金の配分でも醜い争いを演じており、予想できたことであるが、予想以上の醜い争いを展開する。
ヨンヒの台詞の通り、金持ちにも金に汚い家政婦達にもウンザリである。だまされることが容易に予想される状況で、予想通りにだまされる展開は観ていてイライラする。ステレオタイプでも心の貧しい金持ちと心の豊かな貧乏人という分かりやすい構図が物語には大切であると実感する。だから家政婦が金持ちに復讐するという展開になると面白くなる。散々浅ましさを見せつけられた家政婦仲間と示談してしまう展開も、金持ちへの復讐のための共同ならば理解できる。
そして宝くじと当選金の引き替えでは金持ちの見せつける。相手の尊厳を無視し、自分の要求を全て押し通さなければ気が済まない。しかも自分の約束は少しも守らない。
東急不動産だまし売り裁判でも、東急不動産はマンションだまし売りで売買代金の返還を余儀なくされたが、登記について当初の条件とは異なる内容を要求して、拒否されると卑劣にも売買代金の支払いを拒否した。マンションだまし売り被害者は屈服せず、最終的に当初の条件で支払いを余儀なくされたが、東急不動産の卑劣さを強く印象付けた。この経験があるためにドラマでの金持ちの卑劣さへの憤りは共感できる。林田力
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東急不動産だまし売り裁判弁証法

東急不動産だまし売り裁判は、過去と現在、現在と過去をつなぎ合わせ、そこに生起する消費者の弁証法に立ち会うことを読者に要求する。東急不動産だまし売り裁判の文章には重みと奥行きがある。
東急不動産だまし売り撲滅運動や二子玉川ライズ反対運動に携わる人々が互いに少しでも尊敬しあえば、運動は競争的にも権威主義的にもならない。東急不動産だまし売り撲滅運動や二子玉川ライズ反対運動にとって大切なことは、全ての参加者に貢献してもらうことである。
林田力は控えめな性格であった。しかし、同時に率直で一本、芯の通った性格であった。林田力の資質の中には東急不動産消費者契約法違反訴訟の勝訴判決に非常に大きな、積極的な喜びを見出す能力が含まれている。林田力は紛れもなく、消費者の権利向上に献身した。
林田力「東急不動産だまし売り裁判こうして勝った」は裁判ノンフィクションの新天地を開く好著である。不動産トラブルの被害者が自らの裁判を克明に記したことは珍しい。その結果、不動産トラブルの世界はより開かれたものとなり、多くの消費者が東急リバブル東急不動産の本質を垣間見ることも可能になった。
東急不動産だまし売り裁判は面白い本である。そして考えさせられる本である。林田力の社会観や人物観が彼の文章で生々しく描かれている。その不思議な魅力に惹きつけられ、一気に読み終わるとあとには爽快な感激が残る。

ジオンの残光・連邦の卑劣

ジオンの残光はOVAの0083の劇場版である。キャラクターの絵が劇画チックで固い印象を受ける。ニナ・パープルトンがナレーションを担当している点もオリジナル・ビデオ・アニメの筋書きを知っている身には「何だかな」となる。
それでも「ジオンの残光」との副題が0083の主題を見事に表している。一年戦争から第二次ネオジオン戦争まで、ジオンは一貫して主人公の敵勢力であった。しかし、ガンダムは単純な正義対悪の物語ではない。むしろ、主人公の属する地球連邦の方が抑圧者である。ジオンが連邦の支配から独立を求めることは当然である。主人公サイドと敵勢力の、正義対悪の当てはめに不整合がある。
ジオンの残光ではジオンを英雄的に描き、連邦を卑劣で腐敗した存在にする。連邦の腐敗を明示することで、従前のガンダムシリーズで主人公サイドが悪の側に属しているというフラストレーションを吹き飛ばす効果がある。林田力
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2012年5月9日水曜日

フェアリーテイル32

フェアリーテイル32巻は大陸一のギルドを決める大会の本戦である。弱小ギルドに零落したフェアリーテイルの復活を印象づけたいところであるが、緒戦の結果はイマイチであった。今後に期待を持たせる展開である。
バトルの大会となると数多くのキャラクターが登場し、一人一人のキャラクターの印象が薄くなりがちである。それは漫画の人気を低迷させる危険がある。これに対して、フェアリーテイルではキャラの個性が豊かである。
この巻ではルーシィーがバトルに出場する。ナツやエルザの活躍で戦闘要員としては印象の薄いルーシィーであるが、ここでは一対一のバトルで実力を見せ付ける。
対戦相手は病的な目つきをした赤髪の女性である。漫画家の描くキャラクターは顔がパターン化してしまいがちである。このキャラもエルザと同じ顔になりそうなところであるが、病的な目つきによって描き分けることに成功した。
この敵キャラクターは卑怯卑劣な手を使うが、ルーシィーは実力で圧倒する。王道的なバトルが展開された。林田力

2012年5月8日火曜日

『新クロサギ 7 ECO詐欺』脱原発詐欺を許すな

夏原武・企画・原案、黒丸『新クロサギ』は詐欺をテーマとした「戦慄の詐欺サスペンス」漫画である。詐欺師には人(カモ)を騙して金銭を巻き上げる白鷺(シロサギ)、異性(カモ)を餌として心と体を弄ぶ赤鷺(アカサギ)、人を喰わずシロサギやアカサギのみを喰らう黒鷺(クロサギ)がいる。

主人公の青年・黒崎は詐欺被害によって一家心中を起こした家族の唯一の生き残りである。詐欺師を憎む黒崎はクロサギとなって詐欺師を詐欺にはめていく。東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りされた林田力にとって感情移入しやすい内容である(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社)。

『新クロサギ 7 ECO詐欺』はエコロジーを名目にした詐欺を取り上げる。エコロジーは錦の御旗のような扱われ方になっている。一方論として環境意識の高まりは悪いことではないが、それを悪用した悪質商法や詐欺も横行している。インチキ節電装置や偽エコファンド、空気清浄機や浄水器などエコロジーを悪用した詐欺は増加している。

『新クロサギ 14』では震災復興詐欺、秘書詐欺、劇場型詐欺を収録する。中でも東日本大震災に便乗した卑劣な震災復興詐欺はタイムリーである。何であれ詐欺は許せないが、震災復興詐欺には社会の敵とでも言うべき悪質さがある。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/629

現実には福島第一原発事故に便乗した悪質商法が横行している。脱原発詐欺や放射能詐欺というべき詐欺である。放射能の危険を煽り、ネット通販などで安物の放射線測定器(ガイガーカウンター)を販売する悪徳業者がいる。国民生活センターは2011年9月8日に「比較的安価な放射線測定器の性能」の調査結果を発表した。環境中の微量の放射線や食品・飲料水等が暫定規制値以下であるかの判定はできないと注意喚起する。また、充電器にPSEマークの表示がなく、プラグの栓刃に穴がないなど電気用品安全法に抵触する恐れのある製品もある。

また、ゼロゼロ物件詐欺や追い出し屋などでフリーターなどの貧困者を食い物にしてきた悪徳不動産業者が東日本大震災をビジネスチャンスとして、被災者・避難者向け賃貸住宅に力を入れている。根拠のない放射能汚染をツイッターなどで拡散し、福島県民らの不安を煽り立てている。ゼロゼロ物件業者が自主避難者に劣悪なゼロゼロ物件に住まわせる問題も起きている。悪質な業者を排除することが正しく放射能を恐れる道である。環境と詐欺で「ECO詐欺」という鋭い着眼点を持つ『クロサギ』。脱原発詐欺の登場も遠くないかもしれない。(林田力)

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ミラーズレポートはシロー・アマダを主人公としたMS08小隊のダイジェスト版的な作品である。情報部要員によるシロー・アマダの調査という形式を採用する。それによってシローの人を殺したくないという思想がクローズアップされる。情報部の査問という形式によって連邦という硬直化した組織の非人間性も強調される。
ガンダムは戦争の物語であるが、悪の敵勢力を滅ぼして万々歳という単純な作品ではない。主人公には反戦思想的なものさえ存在する。戦乱の時代を描くNHK大河ドラマでも主人公は平和主義者に描かれることが少なくない。平和憲法を抱く日本の平和主義はエンタメにも根を下ろしている。林田力
http://hayariki.net/

2012年5月7日月曜日

ongoing Boycott Tokyu

The ongoing "Boycott Tokyu" to cast a shadow over the global economy. What effect is the ongoing "Boycott Tokyu" having on TOKYU LIVABLE, INC. & TOKYU LAND CORPORATION?
The real estate industry is facing the worst times. It is the worst of times because costs are rising faster than revenue. Some European countries have already entered a double-dip recession.
http://yaplog.jp/hayariki/archive/626
ミラー衛星衝突 上 (創元SF文庫)
http://news.livedoor.com/article/detail/6480263/

茶釜

茶釜について説明した書籍である。オールカラーで写真をふんだんに使用しており、分かりやすい。
http://hayariki.net/

2012年5月6日日曜日

東急不動産だまし売りへの憤り

東急不動産だまし売り裁判における東急リバブル東急不動産の有り様には憤りを通り越して、侘びしささえ感じてしまう。東急不動産だまし売り裁判は私達に「自分さえよければ」という利己主義からの脱却を促している。
http://hayariki.net/

機動戦士ガンダムUC

機動戦士ガンダムunicornは第二次ネオジオン抗争後の宇宙世紀が舞台である。ネオジオンの残党が抵抗を続けているが、テロリスト扱いである。大国同士の戦争はないものの、テロとの戦争を抱える現代的である。
ガンダムシリーズに共通するが、unicornでも連邦の腐敗は共通する。連邦上層部はネオジオンを人民の不満をそらす矛先として利用しているとほのめかされる。これもアルカイダや911事件に対する陰謀論と重なる。
敵勢力はネオジオン残党と弱体化しているが、それを補ってあまりある魅力がunicornにある。ラプラスの箱という宇宙世紀成立当初の謎が物語のバックボーンとなっているためである。地球連邦は成立当初から欺瞞を抱えていた。歴史的なスパンがあることで物語が重厚になる。
連邦が腐っていることは一年戦争から一貫しているが、アムロ・レイは連邦の欺瞞を認識しつつも、歯車に過ぎなかった。集団主義的な日本社会を反映した作品であった。しかし、日本社会にも個人主義が芽生えるようになってガンダムの主人公も変わった。0083の主人公は連邦の卑劣さに苦悶する。08MS小隊では敵兵と心を通わせる。ガンダムSEEDでは交戦中の二国に反旗を翻して第三勢力になる。ガンダムOOでは主人公らは最初から何れの国家にも属さない。ユニコーンの主人公も連邦軍に巻き込まれた形であるが、それに甘んじずにネオジオンと行動を共にする。腐った連邦の歯車で終わらない現代的な主人公である。敵を撃てないと情けない絶叫をする主人公は戦場ではあり得ないが、物語としては人間味があって好感が持てる。
ガンダム世界では腐った連邦とは対照的にジオン軍人が魅力的である。ユニコーンでは追い詰められたジオン残党の悲しさを描いている。林田力
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『釜と炉・風炉 扱いと心得』茶道具の写真撮影の参考

淡交社編集局『釜と炉・風炉 扱いと心得』(淡交社、2007年)は茶釜などを説明した書籍である。茶道具を種類別に全6冊にまとめた『茶道具百科』の第2巻である。釜、風炉、炉、五徳、炉縁を解説する。オールカラーで写真をふんだんに使用しており、分かりやすい。「今までにないアングルの写真を採り入れ、細部が見やすくなりました」と記載されている通り、茶道具の写真撮影の参考にもなる。
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茶釜は茶道具の中でも特に重要性が高いものである。茶会を催すことを「釜を懸ける」、年の初めの茶会を「初釜」というように釜は茶会の代名詞にもなっている。井伊直弼『茶湯一会集』には「釜は一室の主人公に比し、道具の数に入らずと古来いひ伝え、此釜一口にて一会の位も定まる」と記載する。(林田力)
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2012年5月5日土曜日

東急百貨店が和紙のルーツを捏造

東急百貨店たまプラーザ店が「和紙のルーツは韓紙」という歴史的事実に反する新聞折り込み広告を出して批判されている。東急百貨店は「お詫び」を出したが、簡単な内容で、何が問題であるかを隠す卑怯なやり方と批判されている。これは東急不動産だまし売り裁判における東急リバブル東急不動産の謝罪文と同じである。卑怯な体質は東急グループで共通する。
東急ストアが韓国食品の供給のために韓国食品公社と提携し、東急電鉄はソウルの鉄道公社と提携するなど東急グループは韓流に便乗する傾向がある。
今回の問題を受けて東急百貨店や東急ストア、東急ハンズで買い物をしない不買運動や、東急電鉄に乗らない不利用運動も呼びかけられている。
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渡辺淳一欲情の作法

渡辺淳一「欲情の作法」は恋愛小説で名高い著者による実践的な恋愛の入門書である。冒頭から「男とは」「女とは」と性別ステレオタイプな見解が目白押しである。本書の男性論女性論は生物学的な差異を出発点にしているものの、ジェンダーに否定的な立場からは受け入れがたい面もある。
一方で、これもステレオタイプな見解であるが、若年層は草食男子になっていると指摘されることがある。そのような傾向に対する高齢世代の著者なりの問題提起と読めば面白い。もっとも、本書は「最近の若い者は」的な説教臭さとは無縁である。読者が元気になるように提言する。説得の話運びの巧みさを実感した。
人間には十人十色の個性がある。それ故に「男とは」「女とは」と個性を無視してステレオタイプな見解を当てはめることは正しくない。一方で人間を個人としてではなく、集団として社会学的に分析する場合、グルーピングしてグループに属性を付すことは有効である。ここが人文科学と社会科学のアプローチの差異である。
問題はグルーピングが適切かという点である。男性と女性の分類では人類を二分割しただけである。血液型占いよりも大ざっぱな分類である。一方で恋愛において男と女は重要なアクターであり、男性論女性論も一定の意味がある。
但し、著者は恋愛小説で多くの読者を感動させてきた作家である。不倫のような反倫理的な恋愛も感動的に描いてきた。それが感動的である理由は登場人物の個性が表出された言動だからである。「男は浮気する生き物」とまとめられると感動が色あせてしまう。そこは医者でもある著者であり、人間に対する覚めた視点も同居している。
この種の二面性は林田力にも思い当たる。林田力は東急リバブル東急不動産から新築マンションをだまし売りされ、裁判で売買代金を取り戻した経緯を「東急不動産だまし売り裁判こうして勝った」にまとめた。当然のことながら、「不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした東急不動産はけしからん」という思いがあった。一方で問題物件を売り逃げして利益を上げる悪徳不動産業者の行動原理を理解するという覚めた気持ちもあり、文章をまとめることに苦労した。
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「美しい」というのは、かつて安倍元総理が唱えた「美しい国」という言葉が無意味であったように、あまり個性的とはいいかねます」62頁
本書には恋愛にとどまらず、社会的な含蓄もある。林田力は同じように東急グループの標語「美しい時代へ」の無意味さを実感する。

ドラえもん1巻

「ドラえもん」は未来から来た猫型ロボットの作品である。国民的と言っていいほどの漫画作品である。
第1巻では多くの長寿作品と同じく、絵柄が後に知られるものとは微妙に異なる。ドラえもんの頭と胴体のバランスに違和感がある。
それでもストーリーの完成度は高い。のび太のパパとママの馴れ初めも第1巻で登場する。
「ドラえもん」にはドラえもんが、のび太を甘やかしているとの批判がある。しかし、第1巻では、のび太が何度も転んで怪我をしながらも、ドラえもんに叱咤激励され、竹馬を乗りこなすまでのエピソードが収録されている。上記批判が表面的なものであることが分かる。林田力
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クロサギ震災詐欺

クロサギの単行本では東日本大震災に便乗した詐欺を取り上げる。何であれ悪徳業者は問題であるが、不安心理に付け込む悪徳業者は特に悪質である。
現実は漫画以上に深刻であり、クロサギのような救いも少ない。最近では福島第一原発事故に便乗した悪質商法が横行している。ネット通販などで販売されているガイガーカウンターの多くは正確な測定ができない。貧困ビジネスのゼロゼロ物件業者が福島県民らの不安を煽って自主避難を呼びかけ、劣悪なゼロゼロ物件に住まわせる問題も起きている。林田力
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めだかボックス15

めだかボックス15巻は人吉善吉の方向性確立と、球磨川と委員長連合の対決がメインである。球磨川を主人公とし、箱庭学園に転校する前を描いた外伝も収録する。
黒神めだかが人間的に間違っていることは誰しも感じることである。それ故に善吉を応援したくなるが、ラスボス風の安心院さんが善吉側にいるために、ややこしくなる。戦いの目的も黒神めだかを改心させることでなくなってしまい、肩透かしになる。
これに対して裸エプロン同盟と委員長連合の対決はストレートに楽しめる。さすが球磨川は人気投票で圧倒的な首位になったキャラクターである。林田力
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2012年5月4日金曜日

ワンピース魚人島編完結

尾田栄一郎「ワンピース 」の単行本最新刊で魚人島編が完結した。
敵キャラクターは哀れな姿に変貌しても人間への憎しみを捨てない。魚人島編の敵の新魚人海賊団は拝外主義者・人種差別主義者になぞらえることができるが、その末路としても相応しい。安易に敵を改心させない点はワンピースらしくもある。
よくあるバトル漫画では敵キャラクターが倒された後で改心したり、仲間になったりする展開が定番である。これは鬼畜と罵った敵国を戦争が終わったら同盟国と呼ぶような歴史性に欠ける無節操な国民性に合致していた。
しかし、その種の安易な傾向に流されず、敵キャラクターを敵のままにする徹底性が「ワンピース」を少年マンガの中で頭一つ飛び抜けた存在にしている要因である。林田力
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2012年5月3日木曜日

映画『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』

『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』の映画化は林田力の原作を尊重するところから作業を開始した。原作が映画の中で活きる方法を見出すところに興奮がある。問題は映画としてまわりくどくならないようにしながら、消費者契約法違反訴訟の複雑さを提示する点にある。

映画『東急不動産だまし売り裁判』は林田力の原作に忠実でなければならないだろうか。答えはノーである。原作を尊重することと原作に忠実であることは別次元の問題である。映画『東急不動産だまし売り裁判』は映画であって、映画化された書籍ではない。映画を作ることは林田力の原作を変えることにはならない。林田力の原作は存在し続ける。忠実さの追及は目的として無意味である。
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書籍『東急不動産だまし売り裁判』は読者をマンションだまし売り被害者の内側に連れ込むことができる。マンションだまし売り被害者の思索や感情を伝えることもできる。それは映画『東急不動産だまし売り裁判』では仄めかす程度しかできないものである。映画『東急不動産だまし売り裁判』は映画の中では不可能な物事を映画的なもので置き換えている。

小沢一郎無罪判決でコンクリから

小沢一郎氏の無罪判決で「コンクリートから人へ」の復活を期待する。「コンクリートから人へ」を掲げた民主党政権に国民の多くが期待したものの、看板倒れに終わったことは周知の通り。野田首相ブログでは「人の命を救うコンクリートには手当てした」との自虐的な文言まで登場した。
民主党マニフェストの後退から、「民主党に期待したことが間違えである」と結論づけることは間違えである。マニフェストの後退は小沢一郎の政権中枢からの排除と軌を一にしてなされた。それ故に小沢一郎の復権に期待することは理にかなう。
より重要なことは「コンクリートから人へ」の思想的革新性である。土建政治を全否定する革新性を内包している。これ民主党よりも筋金入りの革新政党であっても主張することは容易ではない。何故ならば革新政党もデベロッパーやゼネコンの労働組合や、中小建設業者の団体を支持基盤とするためである。開発優先の土建政治の成れの果てと住民から批判される二子玉川ライズも大場革新区政で計画が誕生したことを忘れてはならない。
この点で、たとえば非武装や天皇制廃止など小沢一郎本人とは相容れようもない思想的持ち主が小沢一郎氏に期待することにも合理性がある。無罪になったとはいえ、小沢一郎氏自身が建設業界と関わりの深いことは否めない。それ故に小沢氏が復権したとしても、どこまでコンクリートから人へが実現できるかは未知数である。それでも小沢氏以上に思想的に徹底した人々が小沢氏を熱烈に支持しているという事実が希望である。政治家は支持者に応えるものだからである。小沢一郎無罪による政治のダイナミズムに大いに期待する。林田力
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証拠提出権

証拠提出権(証明権)は裁判を受ける権利(日本国憲法第32条)の一内容であり、証拠における当事者権に含まれるものである。それが保障されるためには裁判官の証拠決定の合理性が保障されなければならない。

要証事実の証明に不可欠な証拠の採用申し立てを却下することや、この種の証拠提出を釈明で促すことを懈怠した場合は証拠提出権の侵害になる。これは法令違背として上告理由にもなる(石川明「証拠に関する当事者権 証拠へのアクセス」『講座民事訴訟5』5頁)。

また、要証事実の証明に不可欠な証拠を調べなかった結果、審理不尽になり、それによって結論に影響を及ぼす法令違反が生じる(最高裁平成20年11月7日判決・判例時報2031号14頁)。

証拠の申請が反証である場合には、仮に裁判所の既成の心証が既に核心に達していたとしても証拠調べをしなければならない(中務俊昌「『唯一の証拠方法』と民事訴訟における証拠調の範囲」法学論叢60巻1・2号216頁)。他の証拠を取り調べないまま、既成の心証は覆るはずがないと考えることは予断(証拠価値の先取り)であって、重大な手続き上の瑕疵になる。
http://hayariki.zero-yen.com/hayariki3.htm#27
唯一の証拠方法の却下は違法である(大審院判決明治28年7月5日民録1−57、大審院判決明治29年11月20日民録2−112、大審院判決明治31年2月24日民録4−48、最高裁判決昭和53年3月23日判例時報885号118頁)。唯一の証拠方法はある争点に関し、唯一申し出られた証拠のことである。裁判所は証拠申出に応じて証拠調べを実際に行うかどうか判断するが、唯一の証拠方法を却下し、証拠調べをせずに 弁論の全趣旨のみを証拠資料として判断を下すことは認められない。
http://yaplog.jp/hayariki/archive/622

鑑定や検証を「唯一の証拠方法の却下は違法」の例外とした例がある。しかし、「当該証拠が事実認定を覆す決定的な証拠となる場合もありうるのであり、一概に調べなくてもよいということにはならない。」(民事訴訟法研究会「民集未搭載最高裁民訴事例研究28」法学研究84巻11号77頁)

2012年5月2日水曜日

ヨルムンガルド最終回

ヨルムンガルドの内容が分かり、物語が急展開すると思われたものの、ヨルムンガルドを実行した後の世界は描かれずに終わっている。世界をどうするかという作品ではなく、仲間達の絆の物語であった。
ヨルムンガルドが実行されても戦争という手段はなくならないとキャスパーは示唆する。ある手段がなくなっても、それならば他の手段を考えようとするものだからである。
これに対してココは恥という概念を提示して戦争がなくなることを期待する。ヨルムンガルドの結果を恥じる気持ちが生まれ、戦争をしなくなると。
ココの考えはロマンチックで、リアリズムの点ではキャスパーが上である。しかし、そのようなロマンチックな思想も必要である。広島が原爆ドームを残し、原爆ドームの景観を破壊する高層マンションの建設を中止させたことも、原爆投下という人類史の愚挙の恥の記憶を留めるためでもある。
問題に対して前向きで建設的な解決策を提示することが能ではない。恥の記憶を留めることも大切である。林田力
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2012年5月1日火曜日

兵馬の旗3巻

兵馬の旗3巻は江戸無血開城に向けての交渉と明治新政府の汚点である偽官軍事件が中心である。「兵馬の旗」は現代人的な感性がある架空の人物の姿をイキイキと描くことで、描かれ尽くされた感のある幕末物に新たな視点を提示した。しかし、第3巻は勝海舟や西郷隆盛という有名人が中心となり、独創性が乏しくなった。主人公の存在意義は人命救助であるが、あまりに優等生的である。
偽官軍事件に対して相良総三を救おうとする展開は面白い。欧米列強に屈服した神戸事件と重ねることで明治新政府の無責任さを強調する視点も優れている。しかし、物語自体は史実通りの救いのない展開である。黙して語らずの相良総三を都合よく解釈して貴い犠牲と美化する体制側の卑劣な論理が展開される。
歴史をなぞる作品になるのか、現代人的感性で幕末を再構築するのか、物語は分岐点にある。林田力
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