2012年12月16日日曜日

諌山創『進撃の巨人(9)』

諌山創『進撃の巨人』は『別冊少年マガジン』(講談社)で連載中の漫画である。人類が存亡を賭けて巨人と戦うサバイバル作品である。口コミなどで掲載誌購読層を越えて話題になり、コミックス2巻で累計100万部を突破した。宝島社のムック『このマンガがすごい!2011』(2010年12月10日発売)ではオトコ編首位に輝いた。

物語の舞台は近世ヨーロッパ風の世界である。但し、多くの架空歴史作品と同じく、習俗や技術が部分的に現代的になっている。世界は突如、出現した巨人に支配されていた。巨人は圧倒的に強く、人間を捕らえて食べてしまう。追い詰められ、僅かに残された人類は高さ50メートル以上の頑丈な城壁を作り、その中で暮らしてきた。しかし、その城壁をも破壊する大型巨人の出現により、人類は存亡の危機に追い込まれる。

当初は人間の論理の通じない巨人との弱肉強食のサバイバルという趣の『進撃の巨人』であったが、物語が進むにつれて巨人が人為的な存在であることが浮かび上がる。その謎を解く手掛かりが第6巻のラストで得られたかに見えたが、第7巻でひっくり返される。分かったことは敵勢力が想像以上に巨人を使いこなしていることだけであった。

巨人の謎解きは進まず、第7巻でも第6巻に続いて主人公エレンの決断をめぐる葛藤がメインテーマになる。第6巻では仲間を信頼することで好結果を得たが、第7巻では反対に悲惨な結果をもたらした。唯一絶対の正解を出さないところに『進撃の巨人』の面白さがある。

尾田栄一郎『ONE PIECE』に代表される現代の少年漫画は主人公が信念を貫くことを何よりも大切にする傾向がある。ニュータイプとしての素養を持ちながら地球連邦という腐敗した体制の歯車になる『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイのようなキャラクターは現代では流行らない。このこと自体は「長いものに巻かれろ」の日本社会において非常に好ましい傾向である。

一方で価値観の多様性に立脚しない信念は「俺の考えが唯一絶対」という幼稚でナイーブな独善に陥ってしまう(林田力「大卒から感じた 高卒のギャップ」PJニュース2010年11月23日)。唯一の正解を簡単には出さず、キャラクターに葛藤を続けさせる進撃の巨人はメジャー作品に対抗する価値を提示する。

この巻ではミカサとリヴァイ兵士長の共闘も見物である。天才的な戦闘能力を有するミカサと「人類最強の戦士」と呼ばれるリヴァイの何れが強いか、気になるところである。今回はリヴァイが冷静さを保ち、経験の差を見せつけた。
http://www.hayariki.net/5/32.htm
諌山創『進撃の巨人(8)』では女型巨人と壁の謎が明らかになる。冒頭では人間社会の体制側の腐敗が描かれる。エリート部隊であるはずの憲兵団は腐敗していた。まるで『機動戦士ガンダム』の地球連邦軍のようである。

『進撃の巨人(8)』は人類の敵である巨人と戦う物語であったが、その戦いが腐敗した体制の延命に寄与することになると考えるとバカらしくなる。この点も『機動戦士ガンダム』と重なる。初期ガンダムでは主人公が結果的に腐敗した連邦の歯車になっていることがフラストレーションのたまるところであった。このため、比較的新しいシリーズでは主人公が連邦軍を抜けるなど自立性を高めている。

『進撃の巨人』でもアルミン達はエレンを守るために独自の行動をとる。この点で組織に縛られない現代人的である。アルミン達の行動によって意図せず体制の欺瞞が明らかになる。但し、調査兵団の独断専行は結果オーライと扱われ、体制側との対決は回避された。モヤモヤ感が残るものの、人類は新たな巨人の脅威に直面するという続きが気になるところで終わっている。怒涛の展開に引き込まれる。

諌山創『進撃の巨人(9)』は壁を越えてきたと思われる巨人が内陸部を襲撃するという最悪な状況で始まる。しかし、物語当初のような迫力はなく、何か奇妙である。物語の当初は圧倒的な巨人に対し、非力な人間が生き残りをかけて戦う構図があった。人間を生きたまま食べるという原始的な恐怖と絶望感があった(林田力「『進撃の巨人』第5巻、原点回帰の緊張感」リアルライブ2011年8月18日)。

その後の展開によって、主人公エレンらが人間から巨人になることが明らかになっている。この巻で謎は解明されていないが、恐ろしい仮説が浮かび上がる。人間対巨人のサバイバルバトルとは異なる奥深さが予想される。

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