2012年12月8日土曜日

大高忍『マギ 15』林田力facebook書評

大高忍『マギ』はアラビアンナイト風の世界を舞台としたファンタジー漫画である。『週刊少年サンデー』(小学館)に連載中である。アニメ化もされている。

『マギ 2』ではダンジョン攻略が完結する。物語の冒頭でダンジョンという大きな謎が提示されながら、僅か2巻目で完結することは意外である。しかも、見どころはダンジョン攻略そのものよりも、領主一行との対決である。自分では有能と思っている領主のメッキが剥げていく様が見物である。アニメでは現在の出来事だけが描かれたが、原作では登場人物の背景が説明されており、奥深い。漫画とアニメの表現手法の差違を実感する。

アラジンが領主に下す「すごい人には見えない」との評価が印象的である。自己責任が強調される新自由主義経済において、金を稼げる人が立派であるとの風潮が生まれた。しかし、そのような人々が人間的に立派であるとは限らない。高級マンションに居住し、高級レストランで食事し、高級車に乗っても、値段が高いだけで一般人の消費活動の延長線上にあり、新しい価値を生み出していない(林田力「『紅い棘』 奥菜恵著」オーマイニュース2008年5月1日)。
http://hayariki.net/7/47.htm
それよりも主人公アリババのような行動こそが心に響く。現代社会に置き換えるならば虐げられた人々、マンションだまし売り被害者やゼロゼロ物件被害者との連帯である。東急不動産だまし売り裁判原告として闘い、二子玉川ライズ反対運動と連帯する立場として(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』)、アラジンの人物評は共感するところ大である。

『マギ 15』では主要登場人物が各々の旅を続ける。アリババはレーム帝国の剣闘士となり、モルジアナは暗黒大陸に向かう。アラジンはマグノシュタットで魔法を学び、白龍は煌帝国に帰る。

奴隷を解放するというアリババの活動はレーム帝国で人間以外の存在にも拡張された。伝統的なヒーロー像は弱者を助ける者であるが、それだけでは構造的な問題は解決しない。特に現代日本では格差が固定化し、反貧困が重要な課題になっている。目の前の問題にだけカッコ付けても救われない。奴隷を解放するアリババは格差社会のヒーローに相応しい。

後半は中華帝国風の煌帝国が舞台である。皇帝が亡くなり、皇后の陰謀が露骨になり、宮中が穏やかではなくなる。現代でも相続紛争の深刻化の原因は配偶者の不当な野心と指摘される(林田力「『相続の「落とし穴」親の家をどう分ける?』灰谷健司著」オーマイライフ2009年3月12日)。典型的な紛争の雰囲気である。

『マギ』には様々な国や民族が登場するが、基本的に同じ言葉を話す。これは現実の世界と異なり、フィクションならではの御都合主義である。しかし、『マギ』では同じ言語であることに意味があることが登場人物の口から仄めかされる。

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