2012年10月20日土曜日

場のまちづくり研究会v林田力wiki

専修大学法学研究所主催法学ワークショップ研究会が2012年10月16日(火)に専修大学神田校舎1号館13A会議室に開催された。報告者は岩見良太郎氏(埼玉大学名誉教授)で、報告テーマは「場のまちづくりの理論ー現代都市計画批判」である。司会は白藤博行氏である。
現代の都市計画は住民要求を原理的に排除している。現代の都市計画は機能的都市計画言語によって支配されている。そこでは都市計画は理性によって作るもので、住民参加は悪となる。独裁者が都市計画を立てることがいいとなる。社会変革主体変革を伴う都市計画言語こそ求められている。それが場のまちづくりである。
場の特徴として、対話を強調する。場は単独で自己完結するものではなく、周辺によって作られるものである。それ故に開かれたものであることが重要である。総有など所有権を制限することで街づくりの問題解決を考える傾向があるが、開かれた場という観点がなければ、強力な私的所有権に悪用されることになる。
反対運動は素晴らしい街づくりの運動である。場の悪化を食い止めることが出発点であるが、縁をつなぎ、深めることになる。強固な街づくりの主体を育成する。反対運動について「反対から街づくりへ」と言われる。むしろ「反対という街づくりから街づくりへ」である。
場や縁を重視すれば超高層マンションにはならない。ヨーロッパでは減築が行われているが、高層建築では場を壊すためである。
林田力「総有批判は納得できる。総有に理解のある行政担当者の問題意識は『維持管理されない空き家が放置されているから、所有権を制限して適切に管理しよう』というものであった。また、総有的な土地所有として紹介された例も、昔ながらの形態を維持するというものであった。特殊日本的ムラ社会の復活強化にしないためには『開かれた場』という視点は必須である。再開発や区画整理の横暴も一旦所有権を否定して集団所有にすることで成立している」
これまで建築紛争の被害者は自然や景観を名分として掲げる傾向が強い。とものうら裁判は、その論理の大きな勝利である。しかし、建築紛争の現場で守るべき自然は、とものうらほどネームバリューのないものの方が多い。自然や景観だけを価値とする場合、人々の生活は守れない。場の論理は開発への対抗価値となるものである。
元々、マンション建設反対運動に携わる人々が総有や建築許可に活路を見いだすことには違和感があった。デベロッパーの建築自由という名の横暴に苦しめられた人々が規制に期待することは自然である。しかし、総有や建築許可という形で全ての土地所有権を規制することは当然の結論ではない。問題はデベロッパーによる開発であって、その規制が求められている。勿論、デベロッパー的土地所有と個人の土地所有を峻別することは法技術的には容易ではない。それでも全ての土地所有を一律に規制することは、個人所有者を敵に回し、わざわざハードルを高くすることになる。地区計画的な発想では自己の土地所有権を規制対象とすることは当然であり、自らも規制してこそ開発業者にも規制を要求する発想は高尚である。しかし、個人の土地所有者は小なりとは言え、自立心がある。地区計画的な規制強化の進め方は理解が得られにくく、つまづきの石になりやすい。デベロッパー的開発をピンポイントで規制する法理論を構築した方がマンション被害者の問題意識にはストレートである。
建築許可にも疑問がある。許可という行政の裁量に委ねてしまうことで果たして住環境が守れるか、甚だ疑問である。むしろマンション建設反対運動に取り組んでいた人々ならば行政に委ねられないことは肌感覚で分かるのではないか。二子玉川ライズのように世田谷区が東急電鉄という開発業者と密約して高層化を推進した事例もある。林田力
http://hayariki.net/

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