2012年9月4日火曜日

J.K.ローリング『ハリー・ポッターと死の秘宝』

J.K.ローリングの『ハリー・ポッター』シリーズは、少年ハリー・ポッターの魔法使いとしての冒険や成長を描く。『ハリー・ポッターと賢者の石』から『ハリー・ポッターと死の秘宝』までの全7巻である。

子どもの活字離れに歯止めをかけたベストセラーとして話題になった『ハリー・ポッター』の魅力は語り尽くされている。そのために別の観点から指摘する。それは土着の神話に因む架空生物や魔法などが多数登場する点である。厳格な唯一神信仰のキリスト教世界では土着の神話は長らく日陰者の扱いを受けてきた。しかし、神話の世界には文学のネタが豊穣である。『ハリー・ポッター』が堂々と取り上げたことは、一部の宗教界からは批判があるものの、文学の可能性を広げるものである。

『ハリー・ポッター』シリーズは映画も原作の雰囲気に忠実であるが、小説では神話関連のネタは想像力で補いながら読み進めることで味わい深くなる。特に日本語版では賛否両論あるものの、スネイプ先生が「吾輩」(原文はI)と話し、「inn」を「旅籠」、「writing desk」を「文机」とするなど古色蒼然とした感があり、古き魔法世界を堪能できる。これは魔法学校にアフリカ系の生徒がいるなど現代英国事情が反映された映画とは対照的である。好き嫌いは分かれるだろうが、日本語版には日本語版の魅力がある。
http://hayariki.net/7/7.htm
最終巻のタイトルは「死の秘宝」であるが、死の秘宝の登場は下巻に入ってからである。物語の注目は憎まれ役の例の人物である。下巻ではハリー・ポッター達を妨害することもなく、良い面でも悪い面でも活躍せずに、あっさりと退場してしまう。ヴォルデモード卿に一矢報いるのではないかと期待していたために意外であった。

悪役風の人物が実は味方であったという展開は、ありがちなものである。そこでは当該人物の最後の行動によって、その評価が百八十度転換される。これは物語に意外性を持たせるための手法であるが、人物像に一貫性がなくなる危険がある。「終わりよければ全てよし」というナイーブな筋書きで喜ぶほど世の中の読者は愚かではない。

これに対して例の人物は、最後の最後まで本心を隠し通した。しかも、その行動は最初から一貫していた。登場人物に意外な行動をさせることで意外性を持たせるのではなく、後から一貫性を明らかにすることで意外性を持たせる。世界的ベストセラーに相応しい妙技である。(林田力)

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