2012年9月16日日曜日

マリー・アントワネットの料理人

白川晶・原作、里見桂・作画『マリー・アントワネットの料理人』(集英社)はマリー・アントワネットの専属料理人を日本人に設定したグルメ歴史漫画である。磯部小次郎は田沼意次の料理番として仕えていたが、料理の道を極めるために狭い日本を飛び出した。オーストリアでマリア・テレジアに宮廷料理人として仕え、マリー・アントワネットがフランスに嫁ぐ時にマリア・テレジアの頼みで共にフランスへと渡る。

ナイーブなフランス革命観ではマリー・アントワネットは国家財政を傾けた浪費家であるが、無邪気な性格ながらも民衆に近い存在として描いている。マリー・アントワネットやフランス王国に持ち込まれた難題を小次郎の奇抜な料理で解決する。料理が政治問題を解決するという展開は梶川卓郎・原作、西村ミツル作画『信長のシェフ』と共通する。

また、小次郎が生み出した新作料理がクロワッサンなどフランス料理の礎になるというユニークな結末がフィクションとして面白い。世界に冠たるフランス料理も日本人が作ったという展開は日本人の民族的自尊心をくすぐるものである。ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』も古代ローマ市民にも通用する日本の風呂文化を描いた点が人気の一因である(林田力「『テルマエ・ロマエ』第4巻、長編化に賛否両論」リアルライブ2012年1月5日)。

一方で『マリー・アントワネットの料理人』には日本文化万歳作品の卑小さはない。それは主人公の小次郎が日本人離れしているためである。小次郎はサムライを体現した人物として描かれるが、そのサムライは現実の日本には存在しない海外から偶像化されたサムライ像である。小次郎の料理が当時のヨーロッパの料理水準よりも優れていたとしても、それは小次郎個人の才覚である。自民族中心主義の偏狭さなく楽しめる作品である。

『マリー・アントワネットの料理人 2』は英国植民地アメリカの使節との駆け引きが見所である。当時のアメリカは宗主国イギリスの圧政に苦しめられていた。独立戦争前夜であり、フランスの支援を望んでいた。フランスも仇敵イギリスに一矢報いるためにアメリカの独立を応援したいところであるが、植民地人を見下し、アメリカを対等の同盟相手として認めようとしない意識もあった。
http://hayariki.jakou.com/7/4.htm
反イギリスという利害関係が一致するにもかかわらず、両者は険悪な雰囲気になり、料理対決となった。料理対決に持ち込むアメリカ使節の動機が素晴らしい。洗練されたフランスの宮廷料理に対し、新興で貧しい植民地のアメリカ料理は一般論では勝ち目が薄い。

それにもかかわらず、アメリカ使節は「戦争では相手の強いところを叩く」と料理対決を提案した理由を説明する。「相手が一番ダメージがある部分も『セット』でやるから『仕返し』とか『報復』だと思う」と呟く卑怯者とは対照的である。後に超大国になるアメリカの矜持が現れている。史実に反する荒唐無稽な内容を持ちながらも歴史ファンからも支持される要素がある。(林田力)

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