2012年8月18日土曜日

なさざる人々の嫉妬v林田力Wiki記者

「なさざる人々の嫉妬」という点は面白いです。デモが警官隊と衝突した方がニュース記事になります。だから主催者が解散を宣言して散会してしまったならば、自分達の活躍の場はなく、嫉妬するしかないとなります。あれだけの規模のデモが行われたことをストレートに評価するなど書き方はいくらでもあります。
デモ参加者は主催者のために集まった訳ではないという意見があります。しかし、これは現行のデモの制度を無視しています。主催者の立場では散会を求めることは当然になります。
デモ参加者が数で警官隊を圧倒していたのだから、大人しく解散する必要はなかったとの指摘もありますが、その考えでは警官隊が優勢な通常のデモでは警官隊が好きに弾圧しても文句を言えなくなります。デモを否定する危険な論理です。
海外では大規模デモが起きれば警官隊との衝突の一つや二つ起きてもおかしくないことは確かです。日本が異常であり、日本人の奴隷根性を批判することはできます。しかし、問題は扇動者に自分自身が逮捕されて投獄される覚悟があるかという点です。何度も逮捕されている活動家の批判ならば説得力があります。一方で自らをジャーナリストという傍観者と位置付ける人々の批判ならば、そもそも次元が異なります。
藤本ひとみのフランス革命の小説を連想します。民衆を「武器を取れ」と扇動し、バスチーユ襲撃の火付け役となったデムーランという革命家が登場します。しかし、彼自身はバスチーユには向かいません。「殺されるのは民衆の役目」と高みの見物を決め込みます(尚、これは小説で描かれたデムーランの話です。史実のデムーランはロベスピエール独裁に抵抗するリベラルな面があります)。デモ解散批判者の主張には、この種の嫌らしさを感じます。林田力
http://hayariki.net/

0 件のコメント:

コメントを投稿