2012年7月19日木曜日

いじめ自殺問題への連帯を

いじめ自殺問題への連帯を訴える。いじめ問題で世論が加熱している。滋賀県大津市のいじめ自殺がきっかけであるが、埼玉県北本市の中一いじめ自殺裁判の東京地裁民事第31部判決も市民の怒りを増大させている。
いじめ問題に対して覚めた目で見たくなる人々の気持ちも理解できないものではない。放射能汚染という住民いじめ、消費税増税という庶民いじめを無視して、いじめ自殺ばかり取り上げることはどうか、という考えである。これは一つの価値観であるが、あくまで一つの価値観である。これを突き詰めると脱原発など自分の運動だけが価値があるという独善に陥る。実際、いじめに憤る側からは、脱原発集会に集う教職員組合はいじめ問題について考えているのかという批判が出されている。
いじめが非道であることは言うまでもない。日本社会には、もっと不正や悪があるという事実は、いじめの悪を免責することにはならない。そして好むと好まざるとに関わらず、多くの国民が、いじめに対して憤っていることも事実である。これに応えることも意義がある。逆に、いじめ問題に冷たい態度を採るならば、市民感覚から離れ、市民的基盤を失ってしまう。
いじめ問題の加熱から距離を起きたくなる理由として、いじめ防止を名目とした管理教育の一層の推進というシナリオへの警戒感もある。この点で埼玉県北本市立中学校で自殺した中一女子生徒の裁判は意味がある。学校のいじめ防止義務違反とともに文部科学省の成果主義などの政策の問題も追及するものだからである。
悪口を言われ、下駄箱に靴を隠されるなどの事実がありながら、東京地裁判決は、いじめを自殺の原因ではないとした。この判決への問題意識を広げたい。
http://hayariki.net/

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