2012年7月16日月曜日

北本中学校・いじめ自殺裁判 東京地裁判決出る!

【転載】三上英次「北本中学校・いじめ自殺裁判 東京地裁判決出る!」
 「不当判決です!」——判決を言い終えた裁判長が退廷し、傍聴人らも席を立ち始めた時に、提訴以来5年にわたり原告・中井夫妻とともに裁判を闘って来た児玉勇二弁護士は、傍聴席に向かって怒りの声をあげた。

 「原告の請求を棄却する。裁判費用は原告の負担とする」

 これだけを言って姿を消した舘内比佐志裁判長(他に杉本宏之、後藤隆大、両裁判官)に、児玉弁護士が怒りを向けるのも無理はない。小学校時代、繰り返されるいじめを担任との「交換日記」につづり、2005年10月11日に飛び降り自殺した中井佑美さん(当時中学1年生)のために、弁護団は丹念に証拠を整理し、証人尋問では学校や教育委員会のウソを裁判所に示して来たのである。

 弁護団によれば、判決文は96ページ、その大半が原告と被告、それぞれの主張の紹介に費やされ、裁判所の判断が示されているのはたかだか15ページほどである。原告の訴えである(1)小中学校でのいじめについて(2)学校の調査報告義務について(3)国(文部科学省)の責任について、の3つの争点のうち、(2)は2ページほど(3)についてはわずか1ページ程度の言及ということだ。

 舘内裁判長は、佑美さんの残した遺書について、自殺の理由についてはっきりと書いていないことから、それだけでは不十分とする。そして、複数の佑美さんに対する行為、たとえば「『中井くん』と呼ばれていたこと」「靴かくし」「うちまたを指摘されたこと」「入塾強要の手紙」「美術部の『ホンネ大会』」といったことについても、佑美さんが「思い悩み、気持ちがゆれ動いていたこと」は認めつつも、「自殺するほどのいじめがあったとは認められない」という論法で、原告の主張を退けた。

 佑美さんは「思い悩み、気持ちがゆれ動いていた」かもしれない、しかし、それが自殺を決意するほどのものであったかはわからない、佑美さん自身が「いじめ」と認識するようなできごとがあったとしても、そうしたことが継続的に行なわれ自殺を決意するに至ったとは認定できない。そして、そのような視点に立てば、北本中学校のいじめ調査についても、注意義務違反は認められない——簡単に言えば、裁判所の論法は、このようなものだ。

 佑美さんは小学6年生の時に、担任教師と交換日記を交わしており、そこにはいじめの事実が書かれていた。児玉弁護士が「小学校時代のいじめだけでもきちんと認定すべきだ」、「それだけのいじめを受けていたのだから、調査報告義務違反も認めて当然だ」と憤るのも、むしろ当たり前だろう。

 それを「本人が"いじめ"と考えるような相応のできごとはあった」「その"いじめ"が継続的なものであったとは言えない」「自殺を決意するほどの"いじめ"を受けていたとは認定できない」と、「いじめ」をかっこ付きで表記して、学校や市の責任を一切免責するようなことは、〈詭弁〉以外のなにものでもない。

 児玉弁護士は「決して負ける裁判ではなかった」「結論ありきだ」と地裁判決を批判したが、会場からも「何もこちらの提出した証拠を読んでいないのではないか」「ひどい」と声があがった。

 記者がひとつ不可解に思うのは、直前の裁判長の交代だ。裁判は提訴から27回(2012年4月9日に結審)を数えたが、本来はその前の1月(26回目)に結審の予定であった。それが裁判長の交代によって、4月に期日がもう1回設けられ、今回の判決を迎えた。当然のことながら、舘内比佐志裁判長は、一連の証人尋問に立ち会っていない。まったく直前に、本裁判を引き継いだわけである。

 証人尋問では、当時の担任や教育委員会関係者が法廷に立ち、弁護団からの質問には答えに窮し、苦しまぎれの嘘を繰り返し、矛盾を突かれその場でしばしば沈黙した。法廷でそれらを実際に見聞していれば、今回のような判決文はとうてい書けなかったはずだ。

 「いじめの防止と調査報告について、適正な判決を求める要請書」は総計で7400筆を超える署名が集まっている。この裁判で「意見書」を書いた専門家も「裁判長は本当に(意見書)読んだのか?」と報告会では首をかしげるばかりであった。中井夫妻は、このあと控訴の予定だ。

 報告会の最後に、佑美さんの母親は参加者らに「このような判決でせっかく支援してくださったのに申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げた。しかし、本当に、このような判決で土下座すべきは、舘内比佐志裁判長らではないだろうか。
http://www.janjanblog.com/archives/76324

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