2012年7月5日木曜日

保坂区政と脱原発と住まいの貧困

脱原発を掲げることで注目された保坂展人区長であったが、直接的な原発批判ではなく、電力入札や独立系発電公社を前面に押し出した。元々、原発の立地自治体でもない世田谷区長が原発を批判したところで何ができるかというシニカルな見方があった。できることを行うという堅実な姿勢は評価できる。
自然エネルギーへの転換よりも電力独占の打破を重視している。これは保坂区長の応援者である宮台教授の考え方に合致する。
保坂氏も就任当初は「世田谷区には屋根がある」など自然エネルギーへの転換一辺倒の傾向が強かった。しかし、宮台教授の言うように現状の体制では自然エネルギーに転換しても独占的な村の利権になるだけである。自然エネルギーで発電した電気を買い上げる買い取り制度では、政治的圧力で買い取り価格を操作することで自然エネルギー利権ができてしまう。自然エネルギーを大々的に打ち上げた孫正義が政商と批判されることには理由がある。しかも自然エネルギー発電の買い取りは電気料金に転嫁される。結局のところ、低所得者が苦しむことになる。自然エネルギー利権は貧困ビジネスと同じである。
政治の場で脱原発を大きくアピールした政治勢力は橋下徹率いる大阪維新の会であった。社会への情報発信力という点で橋下大阪市長が脱原発を訴えた意義は大きい。平和運動などと脱原発運動を重ね合わせたい立場にとって橋下大阪市長の脱原発は認めたくないものである。最終的に大飯原発再稼働に転じた橋下大阪市長を「それ見たことか」と批判することは容易である。しかし、自分達の信奉する脱原発だけが正しい脱原発的な偏狭な発想は有害である。
実際のところ、橋下市長の再稼働容認にも狙いがある。ギリギリの局面で再稼働に応じたとは言え、原発による電力の安定供給が疑問視されたことは間違えない。土壇場で再稼働を容認するということは不安定さを一層増幅する。企業としては自衛のために自家発電に注力せざるを得ない。それは維新の掲げる分散型発電の実現になる。原発がなくなればよい、自然エネルギーに置き換えればよいというナイーブな発想だけでは市場経済以前の電力の利権構造は崩せない。そこを橋下維新は突いている。その点で保坂区長がナイーブな脱原発ではなく、電力の独占打破を志向することは革新の立場からの対抗軸として意義がある。
一方で放射能汚染対策の点では目立たなかった。就任当初は学校給食の問題を取り上げていたこととは対照的である。逆に会場から川場村の問題などが批判されるほどであった。しかし、この点も「放射能怖い怖い」的なナイーブな脱原発と一線を画し、電力独占利権を潰すことを前面に出す効果がある。
私自身は除染をすることで避難を不要とする見解を批判している。また、放射能は、ここまでなら安全という値はなく、避けられるだけ避けるべきと主張している。それでも、あくまで一部であるが、脱原発を唱える人々の中にいかがわしい連中がいることは事実である。上述の通り、自然エネルギー利権を獲得したいための脱原発派もいる。貧困ビジネスのゼロゼロ物件業者が福島県の放射能汚染の不安を煽り、自主避難を勧めて劣悪なゼロゼロ物件に住まわせる例もある。
九州などへの自主避難した人々は被害者であるが、残念なことに軽蔑したくなる言動が見られる。放射能の危険性を過大視し、福島に残っている人々を愚か者呼ばわりする。生活の拠点を捨てるという思いきった決断をした自主避難者は自己の決断が正しいと信じたいものである。それ故に東北や関東が放射能汚染で人が住めない土地にならなければ困るのである。自称自主避難者には自らの惨めな生活からの脱出願望を満たす口実として移転した輩もいる。避難というよりも夜逃げに近い。北九州市の過激な瓦礫搬入阻止行動も、その種の醜い自主避難者が見え隠れする。保守派からエゴイズムを批判されてもやむを得ない。世田谷を良くしたいと考える政治家にとって、この種の人々の支持を集めることにメリットはない。
一部の脱原発のいかがわしさの象徴は山本太郎の姉の覚醒剤使用である。脱原発運動に疲れて大麻を使用したという報道に原子力村の悪意を感じることもできる。しかし、「放射能怖い怖い」という人々の中には何かを盲信しなければ精神的な安定を得られない傾向があることも事実である。
保坂区長の発言では空き家問題にも注目する。増え続ける空き家をワーキングプアの若者などの住居として活用する構想である。空き家と住まいの貧困の解消という一石二鳥の政策である。NHKでは住まいの貧困の特集で、空き家を貧困層向け住居に活用するNPOを取り上げており、タイムリーである。
住まいの貧困問題は開発問題の抑制にもなる。新しいせたがやをめざす会の共同代表に二子玉川や下北沢の開発反対運動関係者が就任することが示すように世田谷区政において開発問題の比重は大きい。大型開発からの転換は保坂区長の公約である。
開発問題は住民追い出しの問題である。二子玉川ライズでは駅前の小規模店舗が追い出され、超高層ビル建設による住環境悪化によって周辺住民が追い出されようとしている。スクラップアンドビルドで存続している開発業者にとっては人も建物もコロコロ入れ替わらなければ成り立たない。また、開発業者の論理では企業に金を落としてくれる人に来てほしいとなる。開発業者の好きにさせるならば住民は追い出される。空き家を低所得者向け住居とすることは、開発業者の追い出しへの対抗軸になる。

会場からの意見では二子玉川ライズ以外にも梅ヶ丘病院跡地問題など個別の問題を抱える人々の切実な声が続出した。これらは選挙前の政策作りの段階から指摘されていた内容である。選挙前と同じ意見が続出したということは厳しい見方をすれば保坂区長就任による前進を実感できていないということになる。これは深刻な問題である。裏切られたと感じた支持者が強固な批判勢力になる例は珍しくない。最近の民主党が好例である。
その意味では、個々の問題を抱える人々を包含し、区長と対話する場を設けた「新しいせたがやをめざす会」の枠組みは貴重である。林田力
http://hayariki.net/

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