2012年4月22日日曜日

ミラー衛星衝突下巻

上巻のラストで陰謀の存在が明確化するが、下巻に入ってもアクションやミステリー色以上に生活臭さが濃厚である。故郷の惑星から持ってきて壊された鉢植えに対してマイルズは感傷的になる。81頁。それはSF作品である必然性がないほど、普遍性のある心理描写である。SFと言っても技術を描くことが目的ではなく、小説は人間を描くものであると再認識させられた。
「ミラー衛星衝突」は洋書の翻訳作品である。現在の国境や民族とは別次元を舞台としたSF作品であっても、作者の頭の中で作られた作品である以上、作者が生活する分化とは無縁ではない。日本人にとっては異文化体験が可能である。
本書に描かれる欧米文化としてファーストネームを短縮してニックネームで呼ぶ風習がある。たとえば、エカテリンとエティエンヌの夫婦は互いをカット、ティエンと呼び合っている。その息子ニコライはニッキと呼ばれる。一般にニックネームで呼ぶことは親しみを込めたものと解説されるが、その距離感が非ネイティブには難しい。親しくない人間が勝手に名前を短縮して呼べば侮蔑になる。本人は「親しみを込めた」と言い訳しても意味がない。分かりやすい例を挙げれば日本人を意味するジャパニーズJapaneseをジャップに短縮すれば蔑称である。
ミラー衛星衝突では夫が妻を短縮した愛称で呼ぶことについて、妻に好意を寄せる主人公が妻を大切にしていない現れと受け止める。相手を愛しているならば相手の名前を正確に発生し、その語感を味わうべきという発想である。欧米諸国におけるニックネームの奥深さを実感した。
http://hayariki.net/

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