2012年3月17日土曜日

ハングリー十話の立ち退きの残念

ハンガリー十話は最終回を前にして急展開になる。東急不動産だまし売り裁判のような不動産トラブルに苦しむ人々にとって残念な展開になってしまった。
ハラペコキッチンに解散の危機が迫る。危機の要因は麻生(稲垣吾郎)の誘惑ではなく、大家の立ち退き要求であった。この大家は味覚音痴という点で料理をテーマにしたドラマの価値の対極にある。立ち退きを迫る人物にネガティブなイメージを与える効果的な演出である。
主人公(向井理)達は別の場所で営業を続けようと物件探しを続けるが、家賃や開店費用の問題で思うようにいかない。立ち退きによって営業者の夢や生活が潰れてしまうことも、立ち退かされた後に心機一転できないことも日本社会の現実を反映したリアリティがある。
東京都世田谷区では東急電鉄・東急不動産らの進める二子玉川ライズによって数多くの商店主が閉店を余儀なくされた。品川区の大井町の東急大井町線高架下の店舗が東急電鉄が立ち退きを迫られ、路頭に迷わせられようとしている。
しかし、ドラマのストーリーにはリアリティはない。店を潰すために画策した麻生の筋書き通りで終わってしまう。もともとフランス料理の格式を無視したロッカーのフランス料理という点がドラマの魅力であった。フレンチの形式無視は中盤の麻生との食事対決で酷評され、それに主人公も心を動かされて仲間との関係にひびが入ったが、自分達の原点に立ち戻ることで危機を乗り越えた。それにも関わらず、最後で麻生の計画に乗るならばドラマの論理矛盾になる。麻生の立ち位置は主人公の厳しい導き手よりも、主人公を潰しにかかる本人は大真面目な道化役がふさわしい。麻生の渾身のプロポーズも主人公が歯牙にもかけないから笑いになるのであって、主人公が受けてしまったら二人して気持ち悪い精神世界に突入することになる。それを周囲の登場人物も応援するならば、カルト的な自己啓発の世界になる。
チエの最後の食事のシーンは心温まる感動的な展開になったが、それは主人公の営業するカジュアルな店だから成立する。麻生コーポレーションの経営する店では無理である。金持ち相手に高級料理を提供することが料理人の価値ではない。庶民的な食いしん坊のチエを喜ばせることは料理人の価値である。麻生の計画に乗ってハラペコキッチンを閉めることは、もっともらしい言い訳で取り繕っても、自分達の提供した価値を失う敗北である。救いは閉店後に主人公が悔し涙を流したことである。焼け野原から経済大国にしてしまう前に進むだけの愚かなガンバリズムに囚われていない。林田力
http://hayariki.net/

0 件のコメント:

コメントを投稿