2012年3月11日日曜日

不見当は卑怯な裁判用語

不見当は卑怯な裁判用語である。相手方から文書や物件の提出を求められた当事者が「見当たらない」という意味で使われる。自分にとって不利な証拠を出したくないが、そのような物は存在しないと回答したら、公開法廷で嘘をつくことになる。そこで不見当と、ごまかす。このように回答すれば、後で物の存在が発覚した時も嘘は付いていないと、言い訳することができる。
この不見当は主に弁護人から証拠となる物件の提出を求められた検察官の回答に使われる。たとえば冤罪事件の布川事件でも検察官が不見当と回答した。痴漢冤罪を取り上げた映画「それでも僕はやってない」にも不見当は登場する。弁護団から不誠実な回答として批判されている不見当を民事訴訟で嬉々として使用するところに被告代理人の弁護士としての社会性の欠如を物語る。腐っているどころか、液状化している外道ぶりである。
http://hayariki.net/

0 件のコメント:

コメントを投稿