2012年3月3日土曜日

被害者遺族の権利

被害者遺族の権利は難しい問題です。犯罪の被害者本人と殺された被害者の遺族は言葉としては区別されますが、それほど分けて考えられていません。この被害者・遺族の権利は相反する評価を下すことができます。
まず肯定的評価です。これまで被害者や遺族は刑事司法から疎外されていました。被害者・遺族の権利を保障することは、警察や検察の恣意性や秘密性に風穴を開けることにもなります。
次に否定的評価です。被害者・遺族の権利は厳罰化とセットで主張される傾向があります。厳罰化という政策達成の道具として利用されています。この点では司法への市民参加という肯定できる建前が掲げられた裁判員制度と共通します。
私は被害者と遺族を厳格に区別すべきかについては疑問があります。愛する人を亡くした遺族の痛みは社会として十分に考慮すべきと考えます。逆に被害者本人であっても「目には目を」的なストレートな復讐を肯定してよいかは別に議論すべき問題です。
復讐とは別に痛みを受けた人が加害者を批判し、社会的に発言し、司法を含む様々な制度を利用することは肯定できます。日本社会には私憤を出発点に正義を追及することに否定的な風潮がありますが、正義を追及する側ばかり過度な倫理性を要求することは二重基準です。林田力も社会性を深める契機は東急不動産だまし売り裁判でした。その点で被害者・遺族の権利を肯定的に評価しますが、厳罰化の道具に使われている現在の傾向とは距離を置きます。
光市母子殺害事件被害者遺族の本村さんも最近のインタビューではトーンダウンしています。自分が意図していない方向に利用されることへの戸惑いがあると思います。
http://hayariki.net/

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