2012年2月28日火曜日

フランス政府のマドモアゼル廃止を歓迎:

フランス語は未婚女性の敬称をマドモアゼル、既婚女性の敬称をマダムと言うが、フランス政府はマドモアゼルを廃止し、マダムに統一すると2012年2月21日に決定した。行政文書を対象とするが、民間企業にも呼びかける。男性は未婚・既婚に関わらず、ムッシューで統一されているが、これまで女性は未婚と既婚で区別されていた。平等の立場からマドモアゼル廃止を歓迎する。

英語でも未婚女性はミス、既婚女性はミセスと分かれていたが、差別ということで既婚・未婚関わらず、ミズが政治的に正しい表現として定着している。フランス政府の対応は「今更」の感がある。実際に英語でコミュニケーションする場合、ミズでないと非常に不便である。未婚か既婚か分からず、そもそもコミュニケーションの性質上、未婚か既婚かは全く問題ならない場合も多い。ミスかミセスかとなると間違えたならば失礼であり、無駄なところで気を遣ってしまう。

マドモアゼル廃止は女性団体が求めていたものであり、それに対しては伝統の破壊、言葉狩りなどの反発も予想される。日本でもマドモアゼル廃止のニュースに対して言葉の豊かさが失われるとの反発がなされた。この種の反発は意外にも進歩的な立場からも共感される。中には昭和30年代の少年時代に観たフランス映画でマドモアゼルという言葉にトキメキを覚えたとし、それが同年代の男性の共通感覚でないかという意見まである。

しかし、今回の決定は行政文書からマドモアゼルをなくし、企業でも同様にするように呼びかけるだけである。未婚者と既婚者を区別する必要がないところで、区別する表現を廃止するだけであり、言葉が失われると騒ぐような話ではない。たとえば日本では「父兄」という言葉を問題視する意見が強いが、公立学校が保護者向けの配布物に「父兄の皆様へ」と書くことを止めることと同次元の話である。

マドモアゼルという言葉にトキメキを覚えるという意見も問題外である。少年時代に観た数十年前の映画でしか仏語を語らないような人物が、どのような意見を言ったとしても、フランスの現実とは乖離した主張である。現場の視点に欠けた意見に過ぎない。 私にとってマドモアゼルはミスと同じく、ありふれた言葉でトキメキは感じられない。一方で私にとってフランス語以上に馴染みの薄いドイツ語の未婚女性を意味するフロイラインという響きに美しさを感じる。それ故にマドモアゼルという表現にトキメキを感じる人がいることは想像可能であるが、特定世代の共通する感性として押し付ける考えはいただけない。全共闘世代など自分達の世代的価値観を押し付ける体質が、社会意識ある若年層を右傾化させてしまう要因になっている(林田力「若年層右傾化の背景と限界(下)」PJニュース2010年10月18日)。

http://www.pjnews.net/news/794/20101014_9

「ミス」「ミセス」や「マダム」「マドモアゼル」が差別になる理由は女性だけ未婚と既婚で分けられるためである。このためにマドモアゼル廃止を惜しむ立場からは男性も未婚と既婚で敬称を分ければ差別にならないとの発想が生じるかもしれない。しかし、これは未婚者と既婚者の区別を残存・増大させてしまう。

英語にミズが登場し、フランス語がマダムで一本化されたとしても、敬称の悩みは終わらない。相手が男性であるか女性であるかで敬称を使い分けなければならないためである。この点で「さん」で統一する日本語は中立的である。日本は男女平等の後進国であるが、それは主として近代に作られたものであり、日本語には平等を実現する豊かな可能性がある。
http://hayariki.net/index2.html

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