2012年2月18日土曜日

あの時、ああ言っていた

これは考えさせられました。考えは、まとまっておりませんが、思うところがあります。
東急不動産だまし売り裁判は、まさに「あの時、ああ言っていただろう」の責任追及の世界でした。東急不動産住宅事業本部の課長は「裁判所でも、どこでも好きなところへ行って下さい」と言い放ちました。ところが、その後で卑怯かつ愚かにも話し合いを打診してきました。当然のことながら、「あの時、ああ言っていただろう」の精神で無視し、東急不動産を提訴しました。
日本の役所や企業は、その場しのぎの発言でごまかし、都合が悪くなると前言を翻す傾向が強すぎます。件の似非平等主義者も、過去をなかったことにし、やり直したがっているために粘着しているように見受けられます。自己の前言を反省しなければならないのに、それはないことにして、これからどうするか愚にもつかない考えを巡らします。
日本人全般を見れば「あの時、ああ言っていた」と追及しないで終わらせがちです。だから役所や企業は安心して不正を繰り返すことができます。特に不正を追及するジャーナリストに「あの時、ああ言っていただろう」の精神は求められます。周囲が、そのような方ばかりならば羨ましいほどです。
私が推奨するまでもなく、それなりに不正と闘ってきたならば欺かれた経験の一つや二つはあり、「あの時、ああ言っていただろう」と徹底的に追及できない不満が鬱積しているはずです。問題意識としては正しいですが、鬱積した不満が攻撃しやすい良心的なジャーナリストの失言に向けて爆発してしまうこともあります。
自己の過ちを直視できる人と、都合の悪い事実をなかったことにして話を続ける人は区別して対応したいと思います。
http://hayariki.net/

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