2012年1月1日日曜日

極北クレイマー

医師による小説。現役の医師として医療問題への鋭い見識は定評があるが、近年の作品では社会全般に問題意識を広げる傾向にある。
速水や清川、姫宮など過去の作品のキャラクターが顔を出す。姫宮の口を通して、白鳥の田口評も聞くことができる。作者が過去の作品を大切にしていることがうかがわれ、微笑ましい。
極北クレイマーは財政破綻寸前の北海道の自治体・極北市が舞台である。市長が独裁者として君臨し、客の来ない観覧車やゲレンデ、ホテルなど無駄な開発に税金が遣われ、財政を悪化された。その財政難を理由として市民病院の予算は削られ、外科部長も非常勤になる。財政において開発と福祉がトレードオフになる。
http://hayariki.net/
伝統的に開発に対抗する概念は自然保護である。この自然保護は良くも悪くも綺麗事である。江戸時代は自然が保護されていたが、それは御用林として領民の立ち入りを禁じていたから成り立った面がある。庶民の生活を犠牲にすることで自然が保護されていた。このように自然保護とは厳しいものである。戦後日本で開発によって豊かになるとの開発推進派の論理が幅を利かせたことは日本人の民度からすれば当然の帰結であった。
しかし、開発は自然を破壊するだけでなく、庶民生活も破壊する。東京都世田谷区の二子玉川ライズが典型である。開発によって古くからの住民は住めない街になってしまう。街づくりではなく、街壊しである。
そして開発予算をバラまく自治体は福祉予算を削るという相関関係にある。これは世田谷区長選挙に際し、「新しいせたがやをめざす会」が論じたことである。庶民が自らの生活を守り、豊かにすることを望むならば、開発に反対しなければならない。
極北クレイマーでは開発と福祉の対立関係を浮き彫りにする。著者は「夢見る黄金地球儀」で医療から離れた。そこでは無個性的な開発で活気を失った地方都市の現実が描かれている。その問題意識を極北クレイマーで発展させた形である。
但し、現役医師の作品らしく医療の窮状を強調するあまり、我田引水的な独善の香りも皆無ではない。医療が重要であることは否定しないが、その主張は住宅購入促進が日本経済の景気回復に貢献するから住宅ローン減税など政府は不動産業界を優遇すべきという類の業界エゴと重なる。主人公の医師は清掃員と同列に扱われ、不快に感じる。ここには職業差別的なエリート意識がある。
さらにタイトルの極北クレイマーもミスリーディングである。クレイマー化した患者や遺族が医療を潰すとの趣旨であるが、本書の遺族はマイナスイメージのあるクレイマーではない。真相を知りたいだけである。その遺族の思いに医療サイドは応えていない。遺族が何らかのアクションを起こすこと自体は正当である。権利主張した人が周囲から非難されるような状況は日本社会の後進性を物語る。そもそもクレイマーはマスメディアによってマイナスイメージが付されたが、英語では権利を主張する人という意味であり、市民として当然の姿勢である。林田力

0 件のコメント:

コメントを投稿