2011年10月29日土曜日

相棒10=?iso-2022-jp?B?GyRCPWkbKEI=?=回

満を持して登場した人気ドラマシリーズの10作目は初回二時間スペシャルである。相棒は文字通り相棒となった警視庁特命係の二人の活躍を描く刑事ドラマであるが、シリーズ途中で相棒が交代するという驚きの展開を成し遂げている。新相棒の神戸には、寺脇の方が良かった的な批判が当然のことながら寄せられる。この種の批判は通常でも発生するが、当初の神戸はスパイ的な役回りであったために尚更である。シーズン9では相棒ぶりが板についてきたものの、初回では神戸の今後に不安が残る結末になった。
相棒の大きな魅力は社会性である。初回スペシャルでは近年無罪判決が相次ぐ冤罪をテーマとしたが、異色な切り口になった。冤罪では人生をメチャクチャにされた冤罪被害者の苦しみがクローズアップされる。しかし、相棒では冤罪被害者が早々に退場してしまう。代わりに真実を隠蔽しようとする刑事や検事、裁判官、真犯人の法を悪用した悪辣さが前面に出る。ドラマでは冤罪被害者の無念は忘れ去られた形で展開する。
警察の発表を鵜呑みにし、まだまだ冤罪被害への理解が乏しい日本社会では冤罪被害者に厳しいシナリオである。冤罪被害者も疑われて当然の行動をしていたと描かれており、本人に落ち度があるから冤罪被害に遭う的な冤罪被害者へのステレオタイプな偏見を助長しかねない。この冤罪被害者への冷たさは前クールのアリアドネの弾丸にも共通する。アリアドネの弾丸では冤罪被害者本人や支援団体の代表、代理人弁護士が真犯人候補として演出された。相棒もアリアドネの弾丸も共に娯楽性と社会性を両立させた好シリーズであるが、そこで冤罪被害者に冷たいシナリオが共通することは興味深い。冤罪が次々と明らかになる現実に対する反動か、冤罪被害が広く受け入れられつつあることの裏返しか注目していきたい。
冤罪被害者の無念を置き忘れて進行したドラマであったが、最後の最後で登場する。他にも捜査のきっかけが神戸と大河原の会話で、ラストも二人の会話で締めるなどストーリーが練り込まれている。
さらに警察官である神戸の過去の犯罪が明らかになるというサプライズも用意されている。冤罪で非難されるべきは予断や勇み足によって無実の人の人生を破壊した警察であるが、刑事ドラマでは正義の刑事が悪い刑事を糾弾するという展開に陥りやすい。その点でラストを警察官である神戸の痛恨と反省でまとめた筋運びは、冤罪を扱う刑事ドラマとして秀逸である。
単発ドラマとしては見事な筋運びであるが、連続ドラマとしては不安が残る。神戸の犯罪が明らかになったことで、正義を語る刑事ドラマの主人公として相応しいかという問題が生じる。神戸は不都合な過去を水に流す無反省なキャラではないが、それでも次回から何事もなかったように正義を語るならば白々しくなる。
杉下右京は罪を免れた真犯人に対しては、収監された方がましと思わせるような厳しい状況に立たせている。神戸の犯罪を「細かなところに気がつくのは私の悪い癖」で終わらせるならば、身内をかばう警察の悪い体質そのものになる。シーズン10は神戸の今後から目が離せない。林田力
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