2011年6月8日水曜日

市民運動はtwitterやSNSの積極的活用を:林田力

市民運動はツイッターを積極的に活用すべきであるが、市民運動家にはツイッターに否定的な感情も少なくない。この点について以下では考察する。
短い言葉を気軽に呟ける点がツイッターの人気の背景である。これに対して市民運動の抱えるテーマは複雑である。誠実に情報発信しようとすればするほど字数制限の壁にぶつかる。市民運動ではないが、大阪市の平松邦夫市長の反応が典型的である。大阪府の橋下徹知事がツイッター上での政策論争を呼びかけたが、平松市長は「字数が少なく議論に不向き」と拒否した。
ツイッターの字数制限は、複雑な問題を述べる上で短すぎることは厳然とした事実である。正確に説明するためには、相当程度の文章にならざるを得ない。
ネット上の口コミを商品購入の参考にする消費者は少なくないが、ツイッターによって手軽に感想を呟け、それが簡単に伝播するようになった。それは必ずしも悪いこととは断言できないが、心から揺さぶられるようなモノに出会った時の感想はツイッターでは書けない。字数制限のために手軽なモノの感想が多くなる。賢い消費者にはツイッターの感想とブログの感想を区別するリテラシーが必要である。
市民運動が抱えるような問題も字数制限のあるツイッターで書き込めるものではない。思い付きを垂れ流すような情報発信があふれる中で、それらとは一線を画したいという市民運動家の思いも正当である。
http://hayariki.net/cul/pjnews.htm
しかし、ツイッターを利用することはツイッターで完結させることを意味しない。極端な使い方をすればタイトルとリンクだけを呟き、自己のウェブサイトやブログ記事に誘導するだけでいい。あくまでツイッターは道具である。完璧を求めて全否定するならば市民運動にとって大きな損失である。
ブログによっては記事を投稿すれば自動的にツイッターにタイトルとリンクを呟いてくれるサービスもある。また、電子メールで記事を投稿できるブログもある。電子メールが使えるだけの人でも、最初に仕組みを構築できればブログやツイッターも可能になる。
市民運動家には短い言葉を呟くツイッター的情報発信に過剰な拒否感も存在する。この生理的な拒否反応には二つの背景がある。
第一にマルクス主義の翻訳文の影響である。学生運動出身者など日本の伝統的な市民運動家の多くはマルクス主義の洗礼を受けている。マルクス主義の邦訳文献の多くは長文で難解である。それに慣れ過ぎて、そのような文章表現が普通になっている市民運動家も少なくない。これは市民と市民運動が乖離する要因である。
この点で科学的社会主義の担い手を自認する日本共産党が機関紙・赤旗を「です・ます調」で統一していることは興味深い。新聞が「です・ます調」になっていることには違和感があるが、左翼に蔓延する難解なドイツ語翻訳調からの克服という点では意義がある。市民運動も難しい内容を難しく説明して仲間内で悦に入る自己満足は克服しなければならない。字数制限のあるツイッターの活用は、効果的な情報発信の訓練になる。
第二に小泉純一郎的なワンフレーズ・ポリティックスへの嫌悪である。小泉元首相は、「構造改革なくして景気回復なし」など短くて分かりやすい言葉で国民の支持を集めた。これは衆愚政治・ポピュリズムとして左派的な市民運動家の多数が反発した。正確な説明に欠けるツイッターの呟きが大きな反響を呼ぶことにも、ワンフレーズ・ポリティックスと同じ匂いを嗅ぎ取り、拒否感を示す。
日本には様々な保守反動勢力が存在するが、市民運動にとって当面の最大の敵は新自由主義・構造改革派である。新自由主義者は自らを改革者と位置づけるが、市民運動にとっては改悪であり、最大の反動勢力である。それ故に市民運動家が小泉構造改革を憎むことは正しい。田中角栄流金権政治の申し子である小沢一郎に期待することも、反構造改革の観点では合理性がある(林田力「尖閣弱腰外交が管直人を救う可能性」PJニュース2010年9月29日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20100928_16
しかし、小泉構造改革を憎むあまり、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の論法で、ワンフレーズ・ポリティクスという小泉元首相の手法までも否定することは不合理である。在特会などの行動する保守は街頭デモなど左派市民運動の手法を取り入れて成長した。市民運動も敵の効果的な手法を取り入れるべきである。
そもそもワンフレーズ・ポリティクス自体は左派にとって敵の手法ではない。憲法九条擁護や反原発など市民運動こそワンフレーズ・ポリティクスに親和性がある。1989年の参議院選挙で社会党が大躍進したが、それは消費税反対というワンフレーズ・ポリティクスの成果である。2009年の民主党政権誕生も「政権交代」や「コンクリートから人へ」という分かりやすいキャッチフレーズが原動力であった。
小泉元首相の手法としてワンフレーズ・ポリティクスを否定するのではなく、自分達の手法として奪い返すくらいの意識が望まれる。
市民運動はSNSの積極的活用も望まれる。国際的にはフェイスブックが有名で、チュニジア革命などでも活躍した。今後は日本でもフェイスブックがシェアを伸ばす可能性が高いが、現時点ではミクシィ、グリー、モバゲータウンの国産サービスが御三家である。このうち、グリーやモバゲータウンは積極的な宣伝広告が示すようにゲームをキラーコンテンツとし、未成年のユーザーが多い。そのために市民運動の情報発信ツールとして向いているSNSを一つ選ぶことになったら、国内向けはミクシィが最も適している。
SNSの特徴として足跡という機能がある。これは誰が自分のページを閲覧したかを教えてくれる機能である。少なからぬユーザーは足跡を定期的に確認し、足跡を付けたユーザーを訪問する。つまり、多くのユーザーに足跡を付けることが自分のページの宣伝になる。
但し、この性質を悪用して自動的に足跡を付けるソフトウェアも販売されており、システム側でも不自然な連続足跡を規制するというイタチゴッコが続けられている。
現実にミクシィ上での足跡による過剰宣伝が問題になった有名人に平沢勝栄衆議院議員と元刑事で作家の北芝健氏がいる。共にアカウントを他者に悪用されたと主張している。
平沢議員は2008年8月25日付のブログ記事「早急に対策。」で、ネットに詳しい人にミクシィの開設を依頼したが、議員の把握していない動きが出たために各方面に連絡し対策をとると表明した。その後、8月29日にミクシィのアカウントは削除され、当該ブログ記事も削除された。
北芝氏も2009年8月15日付のブログ記事「まだ梅雨が明けないのかな」で、勝手にミクシィのアカウントを開設した人物が、そのアカウントを他者の誹謗中傷やナンパの道具に悪用したために非承認としたと述べている。
このような問題があるものの市民運動が適切にSNSを活用すれば運動を広げることができる。
市民運動には住民運動のようにローカルな問題に取り組む活動も多い。そのような団体にとっては世界中に発信できるインターネットは必ずしも魅力に感じないかもしれない。それよりも街頭でビラ配りをした方が効果的との考えも出てくる。
しかし、そのような団体こそSNSは向いている。ソーシャル・ネットワークにはコミュニティーという同一のテーマで集まる機能がある。そこには江東区や世田谷区など地域のコミュニティーもある。地域のコミュニティーのメンバーの大半は住民であり、後は勤務先があるなど地域に関係・関心があるユーザーである。コミュニティーで呼びかければピンポイントで特定地域を対象とした情報発信が可能になる。
http://sites.google.com/site/hayariki4/
「『AZUMI−あずみ−』第8巻、泥まみれの下層民のリアルな描写」リアルライブ2011年6月4日
http://npn.co.jp/article/detail/53108228/
「『江〜姫たちの戦国〜』第21回、眉間にしわを寄せて悩む上野樹里」リアルライブ2011年6月6日
http://npn.co.jp/article/detail/35125879/
「『手塚治虫のブッダ』カースト制度の苛烈な現実を描く人間ドラマ」リアルライブ2011年6月6日
http://npn.co.jp/article/detail/96500462/

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