2011年6月6日月曜日

佐藤賢一『象牙色の賢者』の感想:林田力

本書(佐藤賢一『象牙色の賢者』文藝春秋、2010年2月10日)はフランス歴史小説を得意とする著者によるデュマ三部作の最後の一冊である。
最初の『黒い悪魔』はフランス大革命期に活躍したアレクサンドル・デュマ将軍が主人公である。次の『褐色の文豪』ではデュマ将軍の息子で、『三銃士』や『モンテ・クリスト伯』で有名なアレクサンドル・デュマ・ペール(大デュマ)が主人公である。締めくくりの本書は大デュマの息子で『椿姫』を代表作にするアレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)を主人公とする。
本書は形式及び内容面で前二作と比べて大きな特徴がある。形式面では本書は小デュマの過去を振り返る語りで進行する。内容面では前二作には心躍る冒険活劇があったが、本書では小デュマの内省や父親・祖父・文学・フランス社会などへの観察が一人称の語りで続いていく。
著者の作風として『小説フランス革命』シリーズに登場するロベスピエールのような熱血漢のモノローグがあるが(林田力「【書評】『議会の迷走 小説フランス革命4』の感想」JANJAN 2010年1月31日)、本書の語りはタイトルの賢者らしい落ち着いた深みがある。これは三部作としての統一感は壊されるが、デュマ・フィスの人生や作風に合致する。
小デュマの祖父のデュマ将軍も父親の大デュマも波乱万丈の人生であった。デュマ将軍はフランス革命期の大混乱の中を一兵卒から将軍まで上り詰めた軍人である。数多くの戦場を駆け抜けた人生であった。
http://www.hayariki.net/cul/books.htm
大デュマも七月革命やガリバルディのイタリア統一運動を支援するなど作家にとどまらない活躍をした。貧しい子ども時代を送り、ベストセラー作家となってからはモンテ=クリスト城などで散財し、後に破産するという浮き沈みの激しい人生であった。自身の人生も小説と同じように冒険に満ちていた。
彼らの物語が冒険活劇になることは当然の成り行きである。それに比べると、小デュマの人生は作家一筋で地味であった。また、小デュマの作風も大デュマの冒険活劇に比べると私小説風である。その点で深い内省に基づく一人称の語りという展開は小デュマらしさが出ている。
前二作と趣の異なる本書であるが、『黒い悪魔』との共通テーマも存在する。小デュマの語りの中で大きな場所を占めたものが父との葛藤であった。これはデュマ将軍の葛藤でもあった。大デュマにとって幼少時に没した父親・デュマ将軍は憧れの偶像であっても、葛藤の対象にはならなかった。それに比べると『象牙色の賢者』は親子の葛藤という原点に回帰する。三部作を締めくくりに相応しい小説になっている。

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